16. 基地内 イーストサイドパーク
自販機で買ったペットボトルのコーラを飲みながら、包み紙を開いてハンバーガーにかぶりつく。
フィリップの言いたいこともわからなくもない。
(だけど、あそこまで言わなくても……)
表情が見えないから信用できないなんてよく言う。だけど、それもまた一般的な反応だというのは理解できないわけでもない。口にこそ出さないが、フル・サイボーグにそのような心象を抱く人間は多いのだ。しかも、フィリップは自分より警戒心が強い。
これが爬虫類と鳥類の遺伝子がなせる違いだろうか。爬虫類は決して人間に懐かない。だが、慣れはする。一方の鳥類は簡単に餌づけされてしまうし懐きもすると聞いたことがある。下手すると、飼い主である人間を自分のパートナーとして求愛する、と。
確かあれは実験室から出てすぐのこと。ミラの遺伝子検査をしてくれた鳥類研究所の人間が言っていた。君は酷い目にあったけど、きっと人間を好きになる。友達もいっぱいできるよ。その男は微笑んでいた。
「砂漠の虎」それがミラを生み出したテロ集団であるアナーキストたちの掲げる名前であった。
ドルフィンは、自分がテロリストの工作員として育てられたと知ったらどう思うのだろう。いや、彼ならば知っているのではないか。いい加減調べているだろう。
ミラはもぐもぐとハンバーガーを咀嚼した。この香ばしいチキンが好きだ。ガッツリと塊の肉を食べている食感。コクのある醤油だれの甘味。シャキシャキのレタス。
「お、ミラじゃないか」
よく知っている声にミラは視線を上げた。ジェフリー・セキである。久しぶりだ、ドルフィンの家のリビングで突っ伏しているのを担いで寝室のベッドに送り、その翌日は自分がソファベッドで惰眠を貪っている間に遅刻する! と慌てて出て行ったらしいとは聞いている。
「あれ、ドクター。ランニングですか?」
ハーフパンツにTシャツ姿。首にはタオル。
「ああ、運動しろって零に怒られるからな。ランニングマシンは好きじゃなくって……隣、いいか?」
「どうぞ」
ミラは快く承諾した。
「いや、普段患者に道端で会っても職業柄声かけないんだが……」
ジェフは困ったようにそう言った。確かに、医療従事者はその辺も気にして生活しなければならないだろうなとは思う。だが、一応ここは基地内だ。しかも自分たちはもうドルフィンの家で一緒に酒を飲んだ仲である。
「もうプライベートでも会ってますからね」
「そう! いやー、この前は申し訳なかった。まさか意識を失うとは」
「ドクターは疲れてたってドルフィンが言ってましたよ」
「そうだけど、すまんな、君に担がれて運ばれたって聞いて申し訳ないなと」
ミラはくすりと笑ってコーラを一口飲んだ。
「いえ、慣れてますので。ドクターくらいの体重なら大丈夫ですよ」
自分より5センチくらい身長は低いだろう。中肉中背。なんたることはない。こちらはもっと重い荷物を背負っての訓練もしょっちゅうなのだ。
ミラは右手に残っていたハンバーガーをほおばった。
「それならいいんだけど……ところで、それ、テリヤキチキン?」
もぐもぐと咀嚼して、飲み込んだのちに口を開いた。
「そうです。これ、好きなんですよね」
「十年前、あのテロの後、ブラボーⅠとⅡはしばらく共同航行してただろ? その時にこっちに広がったんだよ。テリヤキチキンの醤油と砂糖での味付けは日本料理の特徴だ。この前俺たちがブラボーⅠの日本人街出身って言ったけど、共同航行が解かれるってなって、こっちに船籍を移動した」
十年前、「砂漠の虎」はブラボーⅠの核実験施設と原子力発電所を強襲するテロ行為を行なった。ブラボーⅠ船団は工業地帯となっていた地区を重度の放射能汚染によりやむなく切り捨て投棄することとなった。
ブラボーⅠ船団もここブラボーⅡと船の構造はほぼ同じだ。メインアイランドを中心に、いくつもの浮島を橋で繋げたような形である。その浮島のうち、三つを放射能汚染でやむなく切り離したと聞いている。大量の被害者や犠牲者、そして物資の不足で喘いだブラボーⅠは近くを航行中であった姉妹船、ブラボーⅡに助けを求めた。十年前のテロ。十年前の事故。どこかで聞いた言葉が耳の奥に蘇る。パズルのピースがカチリと嵌った。
ミラははっとして目を見開いた。
「十年前の事故って……もしかして、ドルフィンはあのテロの……?」
半分、己に言い聞かせるように。ジェフの目が泳いだことをミラは見逃さなかった。
「すまん、あいつは友達だけど、患者でもあるから俺の口からは言えない」
言えない。そうは言いつつも、その言葉は全てを物語っていた。
ジェフは一休みしてランニングに戻っていった。ミラは食べ終わったハンバーガーの包みをぐしゃりと潰してゴミ箱に放り、コーラ片手に宿舎に戻った。
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