15. 基地内 ハンバーガーショップ

「フィリップ、どうした? なんか変だぞ」


 基地内、行きつけのハンバーガーショップ。一番奥のボックス席が彼らの定位置であった。

 ドルフィンとの模擬戦の後、ブリーフィングに演習、それから偵察業務やら盛り沢山で、久しぶりに落ち着いてありつける食事であった。


 ミラはトレーの上のテリヤキチキンバーガーとダブルチーズバーガーのどちらから手をつけるか迷った挙句、後者を手に取りかぶりつく。口の中に溢れるパティの肉汁、追って広がるチーズのコク。そして、肉とチーズのしつこさを和らげるさっぱりとしたトマト。

 最高だ。いつ食べても最高に美味しい。宇宙を飛び回って疲れ切った身体に肉と油と炭水化物が染み渡る。

 ハンバーガーは、至高の食べ物だと思う。


「隊長、ドルフィンとプライベートでも会ってるんですか?」


 フィリップが咎めるような視線を向けてきた。いったいなんなんだ、とミラは訝しげに思いながら、手元の紙コップのストローを咥えてコーラを吸って、ごくりと飲み下してもったいぶって口を開いた。


「隊長じゃない。ミラだ。もう仕事は終わり」


 血は繋がっていないが、フィリップは弟のようなものである。ミラの言葉に、どこか困ったような、戸惑ったような顔をした男を見つめた。

 褐色の瞳で気づきにくいが、その瞳孔は縦に細長い。彼はニシキヘビの遺伝子が組み込まれている。彼は自分と違って一見普通の容姿だ。口を開けても尖った牙もなければ、見える範囲では鱗ひとつない。よく彼はジムのプールで泳いでいるし、人に溶け込んで生活が可能である。


「ミラ」

「うん?」

「ドルフィンと仲がいいのか?」

「そうだね、家に呼ばれる程度には」


 目の前の男はムッとしたように見えた。先祖は地球のアフリカ大陸出身に違いないだろう、浅黒い肌に焦げ茶色の髪、きりりとした眉、がっしりとした顎。パイロットらしい太い首。

 視線を下げていけば、広い肩幅に分厚い胸板。結構男前ではないかと思う。いい加減姉離れをして欲しいものだ。


「何が気に食わない?」


 ミラは率直に問いかけ、ストローを咥えた。炭酸の刺激と甘味。鼻に抜けるシナモン。うん、ハンバーガーにはコーラが最高に合う。MサイズではなくてLサイズを頼むのであったと少し後悔。


「あんな、得体の知れないやつに気を許して大丈夫なのか? あいつはフル・サイボーグで顔も見えないし表情もわからない。何考えてるかわからないだろ」


 今度はミラがムッとする番であった。彼女は元来短気な性格である。


「お前、私がエリカ……カナリアとも仲良いの知ってるよな? みんな好きであの身体になったわけじゃない。わかってるだろ、私たちと同じだ。むしろ親近感が湧くくらいだ。しかも彼は成人してからあの身体になって、それでも過酷なリハビリを乗り越えてパイロットとして第一線で活躍してる。模擬戦でドルフィンに即座に撃墜キルされてよく賞賛以外の言葉をよく向けられるな?」

「ミラ、俺は別にサイボーグを下に見てるわけじゃない。少しは警戒しろって言いたいんだ。俺たちは良くも悪くも世間知らずだ。ひょいひょいくっついていくと痛い目見るぞって言いたいんだ」


 世間知らずというのはミラ自身よくわかっていた。親や家族に育てられたわけでもない。彼女も、フィリップも実験施設で生まれて育った。いずれ、その身体能力を活かしてテロ活動をするための工作員になる実験動物。専任の教師から教育は受けたけれど、それは頭脳強化された思考回路を育てるため。運動場での体力作りも、十歳から始めた射撃も、何もかも、将来人殺しをするため。


 今や組織は解体され、トップは軒並み逮捕。ミラやきょうだいたちは保護されて、しばらく施設で世話をされ、そうしてミラはハイスクールに編入後士官学校に入った。そんな仲間たちも今やこの宇宙で散り散りだ。


 軍に入ったのは悪くない選択だったと思う。自分の腕力を封じることなんてできないし、自分には捕食動物としての獰猛性が隠れている。それを軍という規律社会で抑えることに成功した。この有り余る腕力も脚力も、日常生活には役に立たない視力も瞬発力も誰かのために役立てることができる。


 自分は未だに世間をよく知らない。編入したハイスクールも単位制だったため、皆が経験するはずだった同じクラスの友達、というものも正直よくわからない。一般家庭がわからない。普通の親、きょうだいもわからない。

 一般人と比べれば明らかに世間知らずだ。それはこの男の言う通りだ。だが、でも。


「私がプライベートで誰と付き合ってようが、お前には関係ない。帰る」


 ミラは急いで手袋をすると立ち上がって、トレイに置いてあったテリヤキチキンバーガーをむんずと掴んだ。これはミラのお気に入りだ。

 ミラはそのままずんずんと出入り口に向かった。


 弟をぶん殴りたいくらいには怒り心頭であった。だが、ここで手を出してはいけないということはここ数年でよくよく学んでいたミラであった。

 テリヤキチキンバーガーは、公園のベンチで食べよう。

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