14. アイランドシックス 実験室
(さてと、マツヤマか……)
演習やら訓練やら、ラプターとの模擬戦も終え、やっとまとまった時間が取れた零はラプターが生み出されたという人体実験事件のことを調べてみることにした。
ミラ・スターリングにそれほど興味が湧いてしまったのだ。もう目を逸らすことなんて到底できそうになかった。
世間的には大々的に報道されていたようだ、とラプターも言っていた。もちろん己のウイングマンであるソックスも知っていた。
そうだ、こそこそ「インターネットストーカー」をしているわけでもない。自分が事故の後意識不明だったから知らなかったわけであって、普通なら誰しも知っている事件を調べることに後ろめたさを感じる必要はない。
漢字で書いたら「松山」だろうな。そう思った零であったが、とりあえずアルファベットで入力して調べてみることにした。まあ、ニュースになったのが十年前の事件である。必要な情報が手に入らなければ奥の手ハッキングという手段もある、というものだ。
***
「あれ、ケイサツじゃないか?」
明け方のことであった。季節は春。
自分たちの父親を自称する男は日系人で、だからかなんだか知らないが、その建物の周りは桜が咲き誇っていた。でも、少女は彼が本当の父親でもないことはわかりきっていたし、ここが普通の家でないこともわかりきっていた。
たまに見るテレビには自分たちのような手に鱗があったり、羽が生えていたり、目が金色に光る人間なんていなかった。学校、とかいうところも行ったことがない。
外からは白っぽい光線状のライトが煌々と屋敷に突き刺さっている。桜がはらはらと散っていて幻想的な風景だ。一人の女性が男たちに囲まれている。
「ユキ!」
少女は声を上げた。実験に次ぐ実験。次々と死んでいくきょうだいたち。それから、処分と言われて帰ってこなかったきょうだいたち。
父親は信頼していなかった。でも、彼女は別だ。いつも温かい食事をくれた。ミサンガやビーズアクセサリーの作り方を教えてくれた。それから、友達もくれた。抱えるほどの真っ白なフクロウのぬいぐるみ。名前はニコ。他にも色々なことを教えてくれた。そして、自分には「ミラ」という名前をくれた。その彼女を男たちが連行していく。
「だめだ、声を抑えろ」
ミラのかたわらにいた少年が言った。ここはその少年の寝室だった。今年で十五。ミラよりふたつ下だが聡明な彼は、皆のリーダーのような存在である。コードネーム、05-Lb。ユキ以外の大人たちは彼をゴゴウと呼んでいた。金色の目に、黄褐色の髪。人にしては鋭い犬歯に大きめで動かすことも可能な耳。ライオンの遺伝子を組み込まれた獣人だ。
彼にも名がある。ユキがつけてくれたレビという名前が。
「だけど、ユキが!」
「落ち着け。俺たちまで何されるか分からないぞ」
「そう、後から取り返せばいい。ミラとレビならできるはず。ミラはガラス破ったって手に怪我もしないんだから」
別の少女が言った。ミラよりも少し濃い灰色の髪をした彼女は、オオカミの遺伝子が組み込まれていた。04-Wa。ウルフの四番という意味だ。末尾のaは性別を表す。ヨンゴウとあの男は呼んでいた。皆はワッカと呼んでいた。
彼女とそっくりな少女が二人いたことを知っていたけど、彼女たちは半月前に姿を消した。
「ワッカもそう言ってるだろ。落ち着け」
種類を詳しくは知らないが、家畜の遺伝子が入った兄や姉もいた。ミラは、二人の骨が全身を突き破り死んでいくのを見た。今にして思えば、成長速度の問題だったのだろう。あまりにも骨の成長が早すぎだのだ。コブラの遺伝子が入った少女が、自身の毒でのたうち回って死ぬさまも見た。全身の皮膚が剥がれ落ちて死んでいったきょうだいも、それから鼻や目、口など身体中から出血してどこかに回収されていったきょうだいもいた。
もう感覚が麻痺するくらい見送ってきた。大切なユキをここで失ったら、次会えるかどうかわからない。
彼女、ミラには昔、ナンバリングが01と02の兄と姉がいた。二人は手ではなく翼があった。兄には羽も生えていて、姉には足に鱗があった。彼らはある日姿を消した。そして、あの男が言った。奴らは失敗作だから処分したと。
彼らみたいに、ユキも処分されてしまうかもしれない。「猛禽類の3号。お前は成功だ。鳥の翼から恐竜時代の手を再現して見事常人を超える腕力と握力を得たのだ」あの男がそう言ったことを覚えている。
03-Ra、サンゴウ。それが、ユキが現れるまでのミラの名前だった。
金色の目で周りを見渡せば、部屋の奥には隠れて震えている弟と妹がいた。この状況をなんとかしなければ。
「だめだ、私は表に出る」
「この人数じゃ負ける」
レビが言った。ミラは首を縦に振った。近くにいた弟分に、ユキからもらった宝物のシロフクロウのぬいぐるみを押し付けた。
「ああ。どうせ負けることはわかってる。向こうに行って、ここの生活よりもましな生活を送れるかどうかどうかもわからない。なら私は連中に一泡吹かせてやる。殺されたって知ったこっちゃない」
ミラは制止を振り切って窓から外に躍り出た。
ミラは知らなかったが、一部の警官は拳銃や散弾銃くらいなら弾き飛ばせるライオットシールドを構えていた。
「止まれ!」
ミラに気づいた警官が声を上げる。ミラはシールドも気にせずに右手に爪を構えて振り上げ、ライフルのように突っ込んだ。
シールドは手首のあたりにまでめり込んだ。警察官にまで爪は届かなかったが、シールドがぶつかった反動でひっくり返っている。
ミラは真横に右手を振り抜いた。シールドがバウンドしながら地に落ちる。
指先に痛みを感じた。流石に爪に亀裂が入ったか。武装した大の男たちがあっけに取られているさまに快感すら覚える。
ミラは拳を握って構えた。近くにいた警官が盾を構えた。そこに、拳を叩き込む。
警察官が二、三人まとめて吹き飛んだ。一人が銃を構えて発砲したが、銃を構える瞬間から彼女にはスローモーションのようにゆっくりと見えた。難なくかわして銃ごとその手を捻りあげる。ばき、と音がした。どうやら警官の手だか腕の骨が折れたようである。
警官が喚いたので死なない程度に蹴りを一発入れて大人しくさせる。
ミラの脚力ももちろん常人を超える。猛禽類は足で獲物を狩る。その常人を超える脚力を彼女も有していた。
「ユキをどこに連れていく気だ! いいか、変な動きをしてみろ。こいつを殺す」
ミラは若い女にしては低めの声を響かせた。左手で警官の首を掴む。
警官に囲まれていたユキが声を上げた。中年のアジア人女性がそこにいた。
「ミラを撃たないで! ミラ、落ち着いて、大人しくして。みんなあの男から救いに来たの」
ユキがこちらを見ていた。どうしよう、どうすればいい? 何を信じたらいい?
「そんな、信じられるか! 言わされてるんだろ? ユキを離せ!」
「ミラ! 信じて。私が告発したのだから抵抗しないで。その人を離してあげて」
「本当に?」
「本当。信じて。みんな、あなたを心配しているの」
その時、ボンッと何かが爆発するような音が聞こえて後ろを振り返る。研究所から火の手が上がっていた。こちらに駆けてきた一人の弟の姿が見えた。
「フィリップ!」
ミラは驚いて声を上げた。
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