13. 宇宙空間 ポイントT28 模擬戦

 ウイングマン、つまり同じ編隊の仲間であり己を補佐する僚機はとうにドルフィンに撃墜されていた。


 今日は模擬戦の当日。二機対二機で上がり、互いにすれ違ったところからスタート。ミラはドルフィンよりも先に彼の僚機を落とすことに専念した。

 模擬弾のミサイルをロックオンして発射。模擬弾なので実際には発射されないが、模擬弾に搭載されているコンピューターシミュレーションでヒットが確認されて、ミラは相手に撃墜キルコールをした。


 己の僚機がドルフィンに落とされたのはそれとほぼ同時であった。

 わかっていた、ここからが勝負である。互いの背後を追うようにぐるぐるとお互い旋回する。なかなかの速度と機動だが追い縋る。

 急激なターンに身体が軋むような悲鳴を上げる。喉の奥で呻いてそれをやり過ごし、必死に相手の動きを読んで追う。


「よし!」


 ミラはドルフィンの背後をとった。一般的にはこれで半分勝ったようなものである。視界に入った相手をロックオンしようとするがレーダーが定まらずぬるぬると避けられる。


「なんてステルスだ!」


 通常レーダーで追えないなら赤外線レーダーと支援AIのシステムでロックするしかない。それか目視によってレーザーガンで撃ち落とすのみ。ミラはさらに接近しようとレーザーガンを連射しながら加速した。実際に発射されたわけではないが、お互い擬似映像で見ることはできる。ドルフィンはそれを上下左右、旋回と方向転換を繰り返して優雅に避ける。後ろに目でもついているのだろうか。いや、実際のところついているのだろう。首をいちいち振らなくとも彼にはそれができる。カメラを切り替えてこちらの動きを完璧に見ているのだ。


 しかし、それでもなおミラはドルフィンの背後を取っていた。猛禽類ラプターを簡単に振り切れるとは思わないことである。


(今だ!)


 さらに加速。ドルフィンの機体をひと睨みすれば、支援装置が自動で相手をロックオン。

 しかし、その時にドルフィンが視界から急に消えた。ディスプレイ上、ミサイルの擬似映像が宇宙の彼方にすっ飛んでいく。


「しまった!」


 相手は減速と同時に急旋回したのである。後ろを追いかけていたはずのミラが、ドルフィンを追い越してしまったのだ。ミラも慌てて速度を抑えて急旋回を図る。こちらが加速をしたと同時にこれをされると痛い。ドルフィンはこちらの行動を確実に読んでいる。その才能にゾクゾクした。


 今度はこちらが背後にぴたりとつかれる。警報が鳴り響いた。

 慌ててバレルロールで回避するが、コックピットが真っ赤な光に染まった。被弾したサインだ。ああ、やられたか、と思ったその時に、ドルフィンから通信が入った。


「こちらドルフィン。ラプター、君を撃墜した」


 一瞬の沈黙。


「私の負けだ、ドルフィン」


 その一言をなんとか絞り出した。

 その後、四回やって三回撃墜をコールされた。文字通り、ボッコボコにやられたのである。



 コックピットから降りてウイングマンと合流した。


「隊長! すみません、早々に撃墜されました」


 自分と変わらないくらいの身長の浅黒い肌をした男。中尉のフィリップ・サンダースが心底申し訳なさそうに謝ってきた。


「私も全く歯が立たなかったから気にするな」

「向こうは偵察帰りだってのにとんでもないですね」


 見上げれば、自分たちの愛機であるアマツカゼの向かいにケーニッヒが二機首を並べていた。どちらもブラボーⅠ船団に本社を有する東方重工が開発した現役最高峰と言われる機体である。

 ケーニッヒの片方から一人の男が格納庫の床に降り立った。人好きのする笑みを浮かべた黒髪の男である。


「改めまして、ドルフィンのウイングマン、第二十七飛行隊所属のエルソイ中尉です」


 ドルフィンと彼のウイングマンは偵察帰りそのままにミラたちと合流、そのまま模擬戦に突入したため、顔を合わせて直接会ったのは初めてだった。


「先程は模擬戦ありがとう。タックネームを伺っても?」

「タックネームはソックスです」

「ソックス……」


 タックネームは下ネタ気味のものからかっこいいものまでなんでもござれだが、流石に靴下には驚いたミラである。


「話せば長いんですが……ははは」


 苦笑したソックスにミラは慌てて自己紹介を始めた。


「あ、こちらも改めて。第十八飛行隊のスターリング大尉。ご存知の通りタックネームはラプター。彼はウイングマンのサンダース中尉だ」

「ダガーと呼んでくれ」


 握手する二人を視界の端に置いたまま、ミラはもう一機のケーニッヒを見上げると、機外スピーカーから声が響いた。


「ラプター! 君、すごいな! 振り切れると思ったし、そもそも尻尾を掴ませないつもりでいたからびっくりした」


 いやいや、何を言っているんだ。散々だったではないか。ミラは苦笑せざるを得なかった。


「いや、さっさと撃墜キルされてしまった。つまらなかっただろう?」

「そんなことない。あそこまで追いかけてくるとは。ゾクゾクした」

「だが一戦目早々にオーバーシュートしてしまうとは。気が急いた。パイロットなんて、撃墜されたらなんの意味もない」


 オーバーシュート。つまり追いかけている機体を追い越してしまって背後につかれることである。ミラはそれを一番嫌っていた。自分のスピードに自信があるから尚更であった。追い越したらなんの意味もないのである。


「ラプター、こっちは楽しかったのにそう卑下するんじゃない。君は生身の身体でそこまで戦えるんだ、もっと誇りを持つべきだ。生身の身体を持ってしての君の才能は賞賛に値する」


 合成音声は抑揚に欠けるが、それでもドルフィンの機嫌があまりよろしく無いことに気がついた。流石に自分を卑下しすぎたか。


「あ、ああ」


 ミラは困ったように相槌を打つ。ソックスも自分の隊長の様子に気づいたらしく、すかさずフォローする。


「そうですよ! 隊長に追いつける人なんて初めて見ました! 自分、手に汗握りながらラプターの応援してたんですから!」

「お前ー! 毎回早々に撃墜されてなんだそれは!」

「す! すみません!」


 肩を叩かれてミラは視線を上げた。かたわらで己のウイングマンが微笑んでいた。


「隊長、そう気を落とさずに」

「そうです。うちの隊長はアグレッサーを瞬殺する常習犯なんですから。本人はワクワクしてるはずです。多分。見えないけど再戦ウェルカムって顔してます。多分」

「多分ってなんだ!」

「だって顔見えないじゃないですか!」

「俺の実際の顔なんて見たって表情どころか直視もままならん有様だ!」


 仲がいいのだな、とミラは率直に思った。なおもわいわい騒いでいるドルフィンとソックスを横目にダガーが言った。


「ドルフィンはアグレッサーにすら恐れられているって有名ですよね。アグレッサーがそんなんじゃダメだろうと自分も思ってたんですが……正直納得しました」


 アグレッサーとはアグレッサー部隊のことだ。戦闘技術を研究・開発し、演習や訓練において仮想敵として教官側にまわる専門の部隊である。プライドの高いパイロットたちの鼻っ柱を折るのが仕事の彼らは超エリートが揃えられ、常に各飛行隊に恐れられている。

 ドルフィン、有名だったのか。いや、彼の実力からすると当たり前なのだが、どうもミラはその辺疎かった。噂話をするようなパイロット仲間がいないのもある。食事に行ったり、飲みに行ったり、あまりそのような交流も持たなかったからだ。自分が異端だという引け目があったからであるし、他人にあまり興味がない。


 実の所、ミラもアグレッサーには好敵手と思われているふしがある。それは彼女自身よく知っていた。戦績は五分五分。彼女でそれなのだから、ドルフィンなら余裕で圧勝確実だろう。

 背筋がぞくぞくした。そんなパイロットと仕事だけでもなくプライベートでも仲良くなっているなんて、一体何がどうなっているのだろう。


「アグレッサーの奴らなら、そもそも俺の背後を取れない。ラプター、君には恐れ入った。ああくっそ! 俺に手があったら死ぬほど握手を求めるのに。やっと俺はライバルを見つけた」

「では! 自分が代わりに握手しておきます!」


 ソックスが右手を上げる。


「ふざけるな! 今度撃ち落とすぞ!」

「なんで握手くらいでピリピリしてるんですか? ラプターが家に泊まったって噂、やっぱり本当なんですか?」

「はぁ? 隊長、そうなんですか?」


 ソックスと己のウイングマンであるダガーの視線が突き刺さった。


「ちょ、誤解しないで! あの時は友達もいたし!」

「そうだな。言われてみれば、一つ屋根の下で夜を明かした仲だった」


 ドルフィンも楽しそうに火に油を注ぐ。


「ドルフィン!」


 ミラは結局あの夜のみんなで飲んで二人も潰れたことを説明し、介護要員として残ったことをこんこんと説明することになった。

 握手の件は、初対面の健常者男性相手にグローブを外して手を晒すのは気が引ける。しかも握手となれば尚更。ソックスには丁寧に断りを入れた。


 一方で、ドルフィンだったら握手も歓迎である自分に気づいた。この人外の手を格好いいと言ってくれた彼ならば。

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