11. 官舎 ジェフの部屋

 夜。ジェフは仕事が終わって帰りにハンバーガーをテイクアウトし、官舎へ。帰宅して軽くシャワーを浴びると、早速冷蔵庫から缶ビールを取り出してプルタブを起こし、数口煽った。


 少々、昔を思い出した。零はいつも自分の先を行っていた。ジュニアハイスクールでは自分はいつも彼の二番手の次席。彼を追うように入ったハイスクールも結果は同じ。

 この成績なら、彼はきっとブラボーⅠ最高学府の医学部に入るだろう。そう思っていたのに彼は士官学校に進んだ。度肝を抜かれたとはこのことである。


 きっと彼が軍に入ろうと思ったのは政治的な意味もあってのことだ。地球でも王家の人間が軍に入り、国民に奉仕するというのは聞いたことがあった。こちらでは零は出自を秘密にしているが、朝倉一族はブラボーⅠ船団においては王族にも匹敵するくらい社会貢献度の高い一族である。


 数年後、医師として歩み始めたジェフを襲った出来事は、そのいつも追いかけ続けていた彼がテロに巻き込まれ、大量被曝して大学病院に運ばれたということであった。

 原子力施設の視察で、その時公務中だった。祖父母は学会、母親も仕事で多忙だった。だがアピールとして政府関係者はどうしても朝倉一族の誰かに来てもらいたいと訴えたらしく、ならばと公務員で融通のきく彼が現場に赴いたのだ。そして、まさかのテロに遭ってしまったのである。


 当時新米で救急医療に携わっていたジェフの生活はガラリと変わった。同時に運ばれてきた患者は皆全力の治療にもかかわらず死亡。零自身もいつ死んでもおかしくない。だが彼は生命維持装置の中でなんとか生きながらえた。治療のための強制的に昏睡状態から目覚めた彼は肉体の大部分を失った状態であったが、脳のシナプスを直接出力装置に繋いだことで、つまりモニターやカメラを経由することで、こちらとコミュニケーションを取ることができた。


 そこからが第二の地獄の始まりであった。

 連日連夜、零はジェフに言った。同期のよしみだ。殺してくれ、と。


「そこのスイッチを切るだけでいいんだ、頼む」

「できない」

「なぜだ」

「できるわけないだろ!」


 それが一月続いて、流石のジェフも限界だった。華麗なる出自。容姿にも恵まれ、成績も優秀。憧れていた男がこうも懇願してくる。後から聞いた話では、自分は相当精神的にキていたようである。


「わかった。お前を殺してやる」

「やってくれるのか?」

「ああ、だけど、そんなことをしたら俺は医者として終わりだ。だからお前を殺して俺も死んでやる。ただし、俺も片付けなきゃならんこととか色々ある。だから一週間後だ。俺を殺すことへの罪悪感にしばらく苦しむといい。いいな? あと一週間だけ我慢しろ」


(あの時、医者として最低だったな……いや、今もか)


 ジェフはハンバーガーの包み紙を開いて一口かじりついた。

 その時、端末がかすかに震えた。そちらに目をやれば、零の名前が表示されている。ジェフは口の中のものを嚥下し、スピーカーをオンにして迷わず電話に出た。


「おう、どうした?」

「今大丈夫か?」

「ああ、家だ。飯食ってるけど」


 そう言って、ポテトをつまんで口に放り込む。


「あの、昼間は悪かった」

「いや、大丈夫だ。気にするな。俺も悪かったよ。プライベートに足突っ込みすぎたな」

「いや、お前は悪くない。俺、ちょっとどうかしてた。すまん」

「なんかあったのか? 別に無理して話さなくてもいいけど」


 ジェフは缶ビールに手を伸ばした。


「いや、実は昨晩ラプターと……エロい事してる夢を見てしまった。俺最低」

「お……おう、そういうことか……」


 一瞬ビールがおかしなところに入ってむせそうな気がしたが持ち堪えた。なるほど昼間の挙動不審具合を理解した。言葉に迷った彼はハンバーガーにかじりついた。


「身体がなぜか復活してた。絶対に無理なのになんで夢ってこうも……こうなんだ? 参った」

「夢って絶対に無理なことも実現してくれちゃったりして残酷だよな」


 ジェフリーは缶ビールのプルタブを右手で弄んだ。


「ああ。俺ってこんな状態になってもまだ男だったんだな……ってなんだか疲れた」

「お前、どう考えても男だろ!」

「そうか?」

「そうに決まってんだろ。大丈夫か? 出来るだけもうあの子に会わない方がいいんじゃないか?」


 一瞬沈黙が室内を支配した。


「……いや、会うよ。あの子と会うようになってから久しぶりに生きてるって感じがする。今度模擬戦もあるし。今後の関係を望めないから思うところもあるけど、でも実際会ってると楽しいんだよな。次は散歩にでも誘うかな」

「宇宙空間の?」

「ああ」


 軍所属のサイボーグシップは輸送機や航空管制機が多いが、皆自由に宇宙を散歩する時間を与えられる。船体そのものが肉体であるとして自由時間を認められているのだ。もちろん零もそうである。そして、散歩のお供を呼ぶこともできる。試験に通った民間人の随伴人を機体に乗せることもできるし、同じパイロットなら肩を並べて飛ぶことも出来る。これは彼らだけの特権だ。


「普通のパイロットは自由に飛べないだろうから喜ぶんじゃないか?」


 ジェフはそう言って、二本目のビールを開けた。プルタブが爽やかな音を立てた。


「うん、きっと。……今のビール? いい音してるな」

「ああ、二本目」

「そういえば今日何食ってんの?」


 ジェフはぎくりとして一瞬黙った。


「……ハンバーガーとポテト」

「またかよ! そんで明日はピザか?」


 言葉に詰まって押し黙った。


「お前医者だろいい加減にしろ。明日の夜うちに来いよ。なんか食わしてやる」

「おっしゃ、和食が食べたいでーす!」

「はいはいわかりましたよ先生」


 零が自殺しないように監視する役目から近いうちに解き放たれるのではなかろうか、と淡い期待を抱いたジェフであった。

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