9. 官舎のはずれ コンビニエンスストア

「二人とも大丈夫?」

「今のところ大丈夫そうだな。ジェフは死んだように寝てる。キャシーは気持ちよさそうに寝てる。まあ、何かあればカナリアが教えてくれるだろう」


 カナリア、つまりエリカに二人を見ておいてくれと言って、ドルフィンとミラは数百メートル先、ドルフィンの部屋を出たすぐそばのコンビニに向かっていた。結局ミラは泊まることにしたのである。たまに彼は視点を切り替えて自分の部屋の状況を確認しているようだ。


「キャシー、そんなにアルコール弱いわけじゃないんだけど、最近仕事忙しかったみたいだから多分酔い潰れた。というより睡魔に負けたんだと思う」


 このような夜間にすれ違うのは清掃用ロボットばかりである。


「ジェフもここのところろくに寝てないって言ってたからそれだ。多分明日になったらケロッとスッキリした顔で起き出すと思う。泥酔したというより力尽きたって感じだし」

「ならよかった」


 急性アルコール中毒など笑えない。ミラは安心したように笑みを浮かべた。


「それにしても君は本当に酒に強いな。昔の俺と変わらないくらいかもしれない」

「ドルフィン、酒好きだったの?」

「よく飲んでたなぁ。ワインだったら一人で二本くらい平気で飲んだ」


 ええ? ミラは素っ頓狂な声をあげた。ものすごく強かったのか、この男。


「私はワインなら、そうだな……一本半くらいで限界だ」

「それでもかなり強いよ。君とならこっちが無理してペース上げずに楽しく飲んで同じくらいの酔い加減でおしゃべりに集中出来そうだ。ああ、俺も飲めたらなぁ……」

「わかる。同じペースで飲むと向こうが明らかに酔い始めて心配で集中できなかったりする」


 彼が言いたい意味はよくわかった。自分よりも明らかに弱い相手と一緒にワインや日本酒、ウイスキーなんかのそこそこ度数の高い酒を開けると、一緒に飲んでいる人間先に泥酔してしまうこともしばしばだ。


「こっちの酔い具合を合わせなければ! とウイスキーダブルで頼んでハイペースで飲んでみたりしたなぁ……もう十年以上も前の話だけど」


 そんな話をしていると、無人の売店が見えてきた。24時間営業なので便利である。

 ドルフィンは表で待っていると言ったので、ミラは急いで買い物を済ませた。

 そもそも一人で来ても良かったのだ。玄関を出て一本道。迷うこともない。


「こんなに近いなら一人で来ればよかった」

「基地の中とはいえ、こんな夜中に慣れない場所を女性一人で歩かせるのはね」


 前方斜め前を先導するかのように飛ぶドローンを見上げた。


「私、強いけど?」

「君が強いのはもちろん理解してる。でも、それとこれとは別だよ。今日はプライベートで会ってるから。でも、仕事中だったら性別関係なく一軍人として扱う。だから模擬戦の日は容赦しないよ」

「望むところだ」


 ぞくぞくするほどの喜びである。その言葉はミラにとってこの上ないほど最高の言葉だった。ブラボーⅡの軍において、女性パイロットは未だに珍獣のように扱われる。


「楽しみだな。こんなに楽しいのはこの身体になって初めてだ。今日も本当に楽しかった」

「私も楽しかったし美味しかった」

「そう言ってもらえると、作りがいがあるというものだ」


 自分が食べられもしないものを定期的に作っているらしいこの男はなんなのだ? と思わないところもない。ないが、自分も同じようなものかと思った。自分のような普通ではない人間など周りも扱いにくいことこの上ないだろう。だけど、自分は宇宙を飛びたい。

そんな自分を重ねて、なんとなく、彼に親近感を持った。


「少し、突っ込んだ話をしてもいいか?」

「ああ、なんでも聞いてくれ」


 そう言われて、でも少し戸惑いが生じた。だがミラは意を決した。


「料理、昔からの趣味?」

「そう。家族と住んでた昔から食事を用意するのが好きだった。この身体になってからは、最初はリハビリのために始めたんだ。最初はパズルとかプラモデル組み立てたりとかしてたんだけど、食事だと消費してもらえるからね」

「そうだったのか」


 一瞬の沈黙ののち、彼が話し始めた。


「食事ができないのに、なぜ料理を? と思ったんだろう? ……こればかりはどうにもならないから、もうどうでも良くなった。それ以上に、遊びに来てくれた人が、俺が作ったもので喜んでくれて、普通に生身の人に接するみたいに話して、楽しく過ごしてくれたら嬉しい。それに尽きるな」


 その発言から彼の悲哀が読み取れた。ああ。きっとこの身体になってから苦労を重ねているのだ。戦闘機の操縦だって相当な訓練を重ねたのだろう。


「そうか……」

「変に気を遣われるより、こうして気になったことは訊いてもらったほうが楽だな」

「私も腫れ物に触るような扱いを受けるのにいい加減うんざりしているからね」


 すぐ右肩のあたりにぴたりとドローンが並んだ。


「食事もそうだけど、この人と一緒に酒飲んだら楽しいんだろうなって思う時がある。例を挙げれば君なんだけど」


 ミラは隣のドローンに首を向けた。このような時に表情が読めないのは困ったものである。この男はタラシか何かなのか? 動揺を隠しながらも当たり障りのない返事をしておく。


「……それは光栄だ」

「でも、今はそれ以上に君と飛びたい」


 彼は言った。


「模擬戦のこと?」

「ああ、楽しみで仕方ないよ」


 ミラにとってはプレッシャーである。背中に嫌な汗が滲んだ。この男に比べたら、自分は大したパイロットではない。コンビニで買ったビニールの持ち手を掴んだ手がびちゃびちゃになった。


「あまり期待されると困るな」

「俺は期待しているよ」


 そこそこ酔っていたはずだが、酔いが一気に消し飛んだ。


「どうした? 鼓動も体温もすごいぞ?」


 ドルフィンが面白そうに言った。この男、サーモグラフィーカメラか何かでこちらを見ているのか? そして、どこで心拍数を知った?


「いや、ご期待に添えるか少々不安に感じただけだ……あの、もしかして……」

「ん?」

「サーモグラフィーか何かで見てる?」

「ああ、このドローンに標準搭載だからね。機械の身体も悪くない。触れ合えない孤独はあるが、便利さはある」


 体温まで見られていたのか、とミラはひっくり返りそうになった。

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