7. 官舎 零の部屋 ダイニングルーム

 ミラは感嘆のため息を漏らした。

 外周壁に近い、第三格納庫ハンガー。普段ミラが飛ぶのもここからだが、今日は彼女の愛機がある第三格納庫第三ブロックからは少し離れた第一ブロックに来ていた。


 彼女の目の前にXW-27ケーニッヒの壮麗な姿があった。青鈍色に光る外骨格はステルス機ならでは。ゴツく男性的ながらも艶かしい曲率を描いている。背面には特殊兵装のレールガンを載せていた。エンジンは翼に二発、胴体に二発。大気圏内でも活躍できる変形型デルタ翼、斜めに伸びた垂直尾翼。垂直尾翼には銀色でメカニカルにデフォルメされたイルカのエンブレムがペイントされている。


「格好いいな、私はアマツカゼ専門だから、こうまじまじと見るのも初めてだ。触れてもいいか?」


 隣でキャシーが言った。彼らは先程の自己紹介早々、お互い敬語はよそうと約束を交わしていた。


「ああ、構わないよ」


 機外スピーカーから零の声がした。この機体の中に彼がいるのだ。ミラはなんだかドキドキと心臓が高鳴った。

 キャシーがボディに手を伸ばして優しく触れた。全方位ステルス設計の計算し尽くされた美しい機体だ。


「君はこの第三格納庫の整備士だろ? いつも俺のアマツカゼを整備してくれてありがとう。6号機だ。あの遠隔操作式の試験型アマツカゼは実は専用機なんだ」

「あら、キャシーも知らず知らずのうちにドルフィンと知り合いだったのね」


 小型ドローンがミラの肩の斜め上を飛んでいる。エリカである。


「意外と世間は狭いもんだ。じゃあ、三人ともそこのエレベーターから一番上まで上がってくれ。部屋は3号棟の105号室」

「じゃ、上がりましょうか」


 エリカが言うが、キャシーは未だぼうっと立ち尽くしている。


「6号機の持ち主だったなんて……」


 ミラは生まれて初めて整備士を羨ましく思った。彼の機体のメンテが出来るだなんて。


「行くわよ、キャシー」

「あ、ああ」


 エリカの操るドローンのアームがキャシーの肩を小突いた。

 仕事が終わったあとすぐだし基地内なのでグレーとシルバーの制服のまま来てしまったが、私服に着替えてくればよかったと後悔した。なぜそう思ったのかは自分でもわからないが。


 エレベーターで地上に上がると、軍人用官舎が並んでいた。格納庫と直結なので、緊急発進にも即座に対応可能である。最も、三分以内に出撃できる待機室勤務というものもある。

 完全にオフの人間がスクランブル要請されるなんて紛争状況でもない限りはない。目当ての部屋はすぐ見つかった。アサイと表札がある。

 インターホンを押すとガチャリとロックが解除され、扉も開いた。ドルフィンの声が聞こえた。


「どうぞ上がって。もうジェフ来てるから」


 部屋はとんでもなく広そうだった。普通はサイボーグの部屋は狭い。現実のものをあまり所持していないし、その必要もないと思っているサイボーグが多いからだ。現に、エリカの部屋もワンルームの倉庫のようなものである。


「広いだろ?人が呼べるようにでかい部屋を貸してもらったんだ。その右手のドアを開けると洗面所とバスルームと手洗いがある」


 天井付近のスピーカーから声が降ってきた。

 目の前の扉が開く。広大なリビングルームとダイニングルームがあった。ミラがよく見知った男性がダイニングにいた。ほとんど黒に近い焦げ茶の髪、同色の目。ミラより十くらいは歳上だろう。中肉中背で、よく見るとなかなか男前と言える顔立ちで眼鏡をかけている。だがそれよりも、ミラは普段彼の白衣の姿に見慣れていたので、黒いラフなシャツ姿に違和感を覚えた。


「あ、ドクター!」

「よう! 元気そうだな」

「俺とラプターの主治医でもあるジェフリー・関。軍医少佐。ジュニアハイスクールとハイスクールの同級生。ジェフって呼んでる」


 友人とは聞いていたが、同級生なのか。ミラは驚きを隠せなかった。


「零と同じブラボーⅠ日本人街の生まれなんだ」


 続いてエリカとキャシーが自己紹介した。


「キャシーは俺の遠隔操作してるアマツカゼの担当なんだ」

「まさか自分が日頃ドルフィンのアマツカゼを整備していたなんて驚いた」

「まさか君が来るなんて驚いたよ。とても仕事が丁寧だ。隠れてないで話しかけておけばよかったなぁ」


 目にこそ見えないが、ドルフィンは今きっと微笑んでいるに違いない。ミラはそう思った。



 前菜のサラダが出てきたところで、キャシーが持ってきた貴重な生ビールでまずは乾杯した。


「なんにも考えないで主催のドルフィンが飲めないもの持ってきてしまった……申し訳ない」


 壁についた青いランプをキャシーが困ったように見上げている。そこに、ドルフィンの目であるカメラがついているのである。キャシーの言葉に応えるようにランプがチカチカと光った。


「みんなが楽しんでくれればそれでいい。考えてもみろよ、俺は自分が食えもしないのに飯を作っているんだぞ!」

「こいつ本当にこういうタイプだから気にしなくていい。みんなが飲んで食べて楽しそうにしてるのが最高らしい」


 そう言ってジェフはビールを飲み干した。


「私もこの場に呼んでもらえるのが嬉しいから気持ちがわかるわ。やっぱり飲食の場だと遠慮されて生身の友人とどんどん疎遠になるのよね。ドルフィンもそうでしょ? しかも、あなたは成人後サイボーグになったわけで、色々考えるところも多いんじゃないかしら」

「そうそう、気にしないで好きなだけ飲んで食べてほしい。とりあえず今日は餃子をいっぱい焼くから」

「餃子! ジャパニーズ餃子といえば焼き餃子! 日式中華好きなんだ!」


 キャシーが興奮気味に言った。


「そう、焼き餃子! いろんな種類焼くからちょっと待ってくれ。まあ、マイクとスピーカーをここに繋いだまま台所に視覚をつなげて料理できるからそのままおしゃべりくらいはできる」

「チャイニーズは水餃子が多いんだっけ?」


 ミラはキャシーに問いかけた。キャシーは孤児で、中華系の夫婦の里子に出されたのでその辺はプロだ。


「うん、茹でたやつが多いかな。皮は結構厚めで主食ってイメージ」


 それからありとあらゆる餃子が出てきた。オーソドックスな挽肉とキャベツ、にらの入ったもの。確かに、皮が薄めでパリパリだ。口の中で肉と野菜の旨味がジューシーに広がる。率直に思った。美味しい。


「これ、ソイミートじゃなくてもしかして本当の豚肉?」


 ミラが言うと、ドルフィンがファンファーレのような音を出した。


「正解! さすがラプター! 肉食! 獣脚類!」

「獣脚類?」


 ミラが疑問符を浮かべていると、ジェフが助け舟を出してくれた。


「恐竜の中でも、ティラノサウルスとかアロサウルス、小型種はヴェロキラプトルあたりの二足歩行する肉食系の恐竜が多いかな、それらを構成する分類だよ。それらが現代の鳥類になったって言われてる。今や、恐竜は非鳥類型恐竜なんて呼ぶし、鳥も恐竜の一部って扱いだな。学者は」

「確かにそう言われると、鳥って羽が生えているから翼には爪もないし鱗もないけど、この手を恐竜って言われると納得」


 この前、ドラゴンみたいと言われた時も実はこっそり嬉しかったりした。目に見えて異形なので皆言及することを避けるのだが、彼はそれをしなかった。彼自身があの身体だからということもあり、その辺は一般人と感覚も違うのだろう。


「ちゃんとした肉の入った餃子なんて……! 究極の贅沢! 最高に美味しい」


 キャシーが感動に打ち震えている。そりゃあそうだ。合成ミートでもソイミートでもない本物の肉のひき肉料理なんて、外食や高級デリカテッセンならばともかく、普段の食卓に上ることなどなかなかない。


(今日の参加費でこれ買えなくない?)


「こういう時でもないと金使わないから豪華にしてみたよ! 大丈夫、半分はそこのドクターが払ってくれたから問題ない」

「零の作る餃子なら本物の肉じゃなきゃな、と思ったんだ。最高だろ? 下手な飯屋に行けなくなるぞ」


 それからありとあらゆる変わり種餃子が出てきた。白菜入り、しそ入り、チーズが入ったもの。

 酒が進んだキャシーとジェフは最近近くにできた商業施設の話をしている。エリカもドローンを飛ばしてキャシーと一緒に遊びに行ったらしく、三人で盛り上がっていた。


「ドルフィン、何か手伝おうか?」

「ありがとう。そうだな、とりあえずそこの二人に水を出そうか……カメラをドローン視点に切り替えるからついてきてくれる?」


 ドルフィンが飛ばすドローンに大人しくついていく。キッチンの壁からいくつもアームが伸びていた。これで作っていたのかと関心する。


「あの餃子はこれで包んでいたんだ。同時に三品くらいは余裕で作れるから便利だよ」


 アームが動いて、食器棚から器用にグラスを取り出した。ミラはそれを二つ受け取る。別のアームが盆を取り出してサイドテーブルに置いたので、ミラはその上にグラスを置いた。


「あと君の分も」

「ありがとう」


 追加のグラスも盆の上に置いて、ミラは両手で盆を持ち上げた。ドルフィンのドローンはどこから取り出したのか水の入ったペットボトルをぶら下げていた。


「いつも味見はどうしてるの?」


 ミラは素朴な疑問をぶつけてみた。


「味覚センサーを突っ込んでる。多少ないよりはマシかな。でも食感はわからないからそこは勘だね。まあ、初めてのものを作るときには大抵あそこで飲んだくれてるドクターに味見させる。飯は作れないくせに舌は割と繊細だから重宝してる」


 ダイニングに戻って絶賛酒盛り中の二人に水を出した。ミラも自分の分のグラスに水を注ぐ。


「ラプター、ちょっと向こうで話さない?」


 ドルフィンの提案に、ミラはもちろん、と頷いた。

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