6. 予定航路 パトロール

「ミラ・スターリング? あの模擬戦の撃墜王ですか?」

「知ってんの?」


 パトロール中、零は己のウィングマンの言葉に素っ頓狂な声を発した……つもりであった。実際にスピーカーから出たのは平坦な声。いわゆるロボットボイスであったが。

 戦闘機乗りと言えば、華やかなドッグファイトを思い浮かべる民間人が多いかもしれないが、普段は訓練に次ぐ訓練、それからパトロールに大半の時間を費やされる。

 要するに、ただ飛んでいるだけの時間というものが多くを占めるのだ。


 この日、零は自身の肉体が収まっている大型多用途戦闘機XW-27、通称ケーニッヒを飛ばしていた。


 統合軍の戦闘機は基本二機一組単位以上で行動することが決まっている。彼は多数機による編隊を率いる資格を有していたが、今日この日は最小単位である二機編成で飛んでいた。予算削減の余波を受けてのことであった。ここ数年未確認飛行物体の脅威もはるか昔に忘れさられ、テロリストの暗躍も聞かない。


 斜め後ろの零の相棒は、ウイングマンのアハメット・エルソイ。トルコ系でタックネームはソックス。靴下に穴が空いていたことをネタに上官からタックネームをつけられた哀れな男である。


「ラプターですよね。有名人じゃないですか。隊長、ご存知ないとは」

「マジか……あの子そんな有名人だったのか。引きこもりだから知らなかった。今度模擬戦することになったからそのつもりで頼むぞ」

「え、もしかして二機対二機ですか?」

「そう。だからお前の責任は重大だ。俺かラプターを先に落としたチームが勝ち」

「……足を引っ張らないように頑張りまーす」


 ソックスが死んだような声で言う。


「ラプターは動体視力もこっちの機動を読む能力も高すぎる。おまけに動きも早い。シミュレーターでは勝ったけど実戦形式だとさてどうなるか」


 零は実に楽しそうである。ソックスはうめいて見せた。

 普通の人間ならば、フライトスーツの上に対G装備を身につけてコックピットに座り操縦桿を握っているだけでそれなりの疲労を感じるが、神経が直接制御系に繋がり機体に組み込まれている零は大して疲れるわけでもない。

 偵察飛行など身体が戦闘機である零にとっては散歩しているのとあまり変わらないのである。暇なことこの上なかった。そうすると必然的におしゃべりも多くなる。

 本来、私語は厳禁。しかしながら、彼らの上官はそれに対してどうこう言うような無粋な男ではなく、事実上黙認されていた。


「ラプターってケーニッヒライダーじゃないですよね?」

「アマツカゼ乗りだ」

「このケーニッヒとどちらかと言えば制空戦に特化したアマツカゼで戦り合うんですか? はぁ? 何考えてるんですか?」


 勝てっこない! とソックスの声がひっくり返った。

 ミラの乗るアマツカゼは偵察などもこなせるが、小型で小回りの効く空戦が得意な機体だ。対してケーニッヒは超大型。多任務戦闘機とも呼ばれ、搭載する兵装によってはアマツカゼ以上に多岐任務に投入可能である。

 零自身、今は小型のレールガンこそ積んでいるが、空戦も可能な身軽な装備である。一方、今日のソックスは背中に巨大なベレー帽のようなレーダーを背負っている。彼自身、ドッグファイトに電子戦、制空管制もこなせる万能パイロットである。模擬戦当日、流石にオプションレーダー兵装は外す事になる。


「だが俺が遠隔アマツカゼを本気で飛ばしたら20Gの方向転換も余裕だぞ。ラプターからすれば勝負にならん」

「いや、そりゃそうですけど」


 零がアマツカゼを飛ばすとなると、遠隔操作で飛ばすことになる。ドローンと何も変わらない。肉体という脆弱部品を搭載していないため、高G機動も余裕で行えるのだ。シミュレーターでは機動力を設定可能な上限にしていたが、実際の対Gはもっと高い。

 だが今回は違う。本気の勝負をしたいと思っていた。すなわち、肉体を乗せたまま対等に戦うのである。


「ま、お前が先にラプターにキルコールされたら敵を討ってやるから安心しろ」

「二対一になっても勝つ気でいるんですね……このデカくて鈍足のケーニッヒで」

「確かにアマツカゼに比べてケーニッヒは足が遅いかもしれないが、ステルス機能とレーダーは戦闘機の中では現役最高峰だ。おいそれとはアマツカゼのレーダーでロックオンできない。それに俺は普通の人間じゃない」


 人体はある一定以上の高機動で飛行すると脳に血液循環がうまく行われず酸欠状態になり、場合によっては失神する。

 これを防止するには心臓の位置が機動方向に応じて動けばいいのだが、彼はそれができるのだ。心臓と脳、最低限の臓器の収まったチタンカプセルが機動方向に応じて回転する二重の機構になっている。つまり、あっちこっち方向転換をするたびに、零の身体は戦闘機の中でぐるぐる回転している。普通の人間がこれをされたら正面を向いて操縦できないが、彼の目はコックピットに設置されたカメラや機体に設置されたカメラが担っている。ゆえに、一般人ではできない高機動飛行が可能だ。もちろんその機動が実現できるように三次元ノズルやエンジン、そしてボディの一部も改造されている。


「サイボーグってその辺り反則級ですよね」

「宇宙空間は自由自在だ」

「そこまで飛べたらさぞかし気持ちいんでしょうね、っていつも思います」

「この身体になるのは勧められないが、この快感は病みつきになる」


 零はひたるようにしみじみと言った。

 結局、予定航路に異常は発見されなかった。管制に通信をすると、二機共に帰投命令が下ったのでメインアイランドの格納庫に戻った。

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