5. 官舎 ミラの部屋

「ちょっと待って、いきなりおうちにお呼ばれってどういうこと?」


 エリカが早口でまくし立てた。


「ただの社交辞令だと思うけど、一応報告」


 一方のミラはそっけない。


「社交辞令で呼ぶような性格には思えないわ、彼。言った通り、シャイだし結構無口だし」


 無口。あれほどよく喋る男が無口。どういうことだろうか。ミラは不思議に思った。


「彼、すっごくよく喋ったけど」

「個人的に興味持たれてるんじゃなくって? だって自分と肩を並べられる女性パイロットってそりゃあ私たちサイボーグシップからすれば、もう楽しくてたまらないわ」

「そういうものか?」


 黙ったままだったキャシーがボソッと言った。三人はグループ通話していたのである。


「そうよ、だって私たちは一緒に並んで歩くこともままならないけど、宇宙空間なら自由に飛べる」

「なるほどね~、イルカとワシは普段は空と海で生活区域が違うけど、宇宙なら並んで飛べるわけだ。あっちからすれば、会ってみたら妙齢の女性だったし興味を持ってもおかしくない。ミラも気になってるみたいだし、ロマンスの気配がするなぁ」

「ちょっとキャシー、ドルフィンがそんな下心丸出しなわけないだろ!」


 ミラの声がひっくり返った。向こうがこっちをどう思っているかなんて知らないが、こちらがちょっと気になっているのは事実である。

 なぜだ、なぜバレている。


「とりあえず、五体満足だった頃のドルフィンの写真とか動画とかゲットしたから見てみましょうか? 画面共有するわよ」

「え、ちょっと、待って待って待って!!」


 近所迷惑になりかねない大声を出してミラはエリカを止めた。


「あら、どうかした?」

「いやほら勝手にそういうのを見るのは……」


 ミラは狼狽えながら言った。ちょっと気になる。いや、本心を言うなら、結構見たい。だけどどうなんだ!


「ブラボーⅠ船団は表彰式の動画を公式サイトに過去に二十年分くらい載せているから別に何も違法なことはしてないわ。まず写真ね」


 出てきたのは集合写真だった。その年の表彰者全員が礼服姿で並んでいる。


「これは十年前。ドルフィンが二十五歳の時の写真ね。さて、どこにいるでしょうか!」

「こんないっぱいいてわかるかよ~」


 キャシーがだるそうに言った。


「アジア系をまず選別……とはいえ日系人多くない? さすが日本人街のあるブラボーⅠ船団」


 ミラは努めて冷静にそう声を出す。心臓は口から飛び出しそうなほど暴れている。この中にドルフィンがいる。その事実に変な声を出しそうになった。


「じゃあ三択ね」


 その中の三人がピックアップされ、一画面に三人の男性が分割して写された。胸元の階級章を見る限り、皆中尉。この年齢だと考慮するに、相当に優秀である。


「この三人はこの日中尉に昇進したらしいわ」

「ううう~ん……わ! か! る! か! ……にしても、真ん中、ものすごくハンサムだな? 身体も陸軍並に鍛えてそうな逆三角だし」


 キャシーがまたしても非難じみた声を上げる。ミラは三人の男性をつぶさに見つめた。

 皆軍人らしい黒髪の短髪である。キャシーが言った通り、真ん中の男性はものすごくクールだ。格好いい。極東人にしては彫りが深めで整った目鼻立ち。目はよく見ると明るめのブラウンだ。これは確実に混血の顔だろう。

 礼服を着ていてもわかる、見事な逆三角の筋肉質の体格。ドルフィンは水泳をやっていたと言っていた。え、もしかして、と一瞬期待する。


「身長は画面向かって左から大体170過ぎくらい 、185とちょっと、180ギリギリいかないくらいってとこかしらね? 誤差はあるけど」


 ミラは目に見えて狼狽えた。


「これ、真ん中だったらかなりやばいだろ。身長もいい感じだし。え? ミラ、超好みじゃない?」

「いや……ほら人間見た目だけじゃないから! むしろ外見が派手すぎるとちょっと」

「真ん中に一票! ミラは誰選ぶ?」


 まさかな、などと思ってミラは口を開いた。


「水泳をやってたって言ってたし、混血って言ってたから真ん中っぽいけど……あれほど女性に優しくて気遣いができる人がこんっなに見た目がいいとは思えない……」

「ミラのイケメンに対する評価がひどい……」


 キャシーがうんざりした声で言った。


「小さくて可愛い女性じゃないとクソみたいな態度をとるクソ野郎っていっぱいいるのよね。私もサイボーグだからわかるわ。ま、クソ野郎の話は置いておいて、とりあえず正解発表するわね」


 可憐な声と女性らしい口調で「クソ野郎」と連呼するエリカが面白くて仕方ないが、どうやら正解発表の時間らしい。画面が点滅してドラムの音が鳴り始める。


「凝りすぎだろ」


 と、キャシー。ド派手な音とともに真ん中の男性の周りが輝いた。ミラはうめき声をあげた。


「やっぱり……」

「うっわ、期待どおりこの真ん中か! よかったなミラ! 身長もミラより大きいし! ミラってでかい男が好きだろ?」


 このイケメンが、先日公園でおしゃべりしたあのドローンと全くリンクしない。


「まあ、今もこの外見があるわけじゃないから……キャシー、興奮しないで」

「ええーそりゃそうかもしれないけど、どっちもドルフィンであることは変わらないんだ、楽しいじゃんこういう話題」

「クイズにしては簡単すぎたかしらね? 動画もあるわよ、喋ってるやつ。士官学校パイロットコース卒業時のスピーチ。成績はもちろん首席、優秀ね」

「首席とか凄すぎる」


 ミラはそうこぼしてため息を吐いた。ミラも首席だったが、組み込まれたワシの遺伝子による並外れた身体能力や視力、それから強化された頭脳があってこそ成し遂げたものである。反則技と言ってもいい。今でも部隊で彼女が後ろ指さされているのはそういう理由だ。同じ土俵に上がって比べられたら一般のパイロットからするとひとたまりもないのである。

 しかし、ドルフィンは人間の両親から生まれた普通の人間だ。


 現在の操縦テクニックも状況判断もすごいが、首席で卒業ということは昔から実技も座学も完璧ということだ。

 確かに、フル・サイボーグになるには最低でもIQが120以上であることが求められる。その上サイボーグシップになるにはIQ130以上を要求される。だから元から頭はいいのだ。

 だがそれにしても、首席はすごい。


「え、まじかよ首席? 今サイボーグシップだからIQは高いはずだけど実技もトップってことだろ? やばい、女に困ってなさそうすぎて怖い。え、ミラ、大丈夫? なんでこんな完璧野郎がホームパーティに誘ってくる? なんか絶対裏があるだろ!」

「友達も呼んでって言われて、エリカとキャシーを呼ぶって宣言しておいたから逃げられるとは思わないことだ!」


 ミラは腕を組んで不敵に笑った。もうこうなれば二人を巻き込むしかない、と思ったのである。

 続いてエリカが流れるように動画を再生し始めた。ミラは声を上げる。


「え! ちょっとちょっとちょっと待って!!」

「え、ミラは見たくないの?」


 不満げにエリカは動画を一時停止した。もう彼の過去を暴くようなよくわからないおふざけタイムはやめてほしい。


「だって、お呼ばれしてるのよ? 私は彼のところまでドローンを飛ばすか、モニターとかなんらかの出力機を借りるかで済むから何かあっても大して実害ないけど、二人は生身の肉体なんだから少しは相手のことを調べておかないと。変な野郎で監禁とかされたらどうするの? 今時相手のSNSのアカウント見ておくなんて普通でしょ」

「ごもっとも……ミラ、私もよくわからん野郎のホームパーティには行けないぞ」

「うちの軍所属なんだからそんなやましい男じゃないのわかってるでしょ! 大体エリカの知り合いなんだから! キャシーだって普段友達の友達が開催するホームパーティとかバーベキューとか行ってるくせに!」

「いやほら、おかしな性癖とかあるかもしれんし。淫行で検挙される小学生教師とか、ニュース見てるとごまんといるし」

「たとえドルフィンが公表できないような性癖なやつだったと仮定して、卒業スピーチ見てそれがわかるわけがない!」

「二人とも、近所迷惑よ。とりあえず再生再開するわね」


 もうミラは諦めた。心の中でドルフィンに謝罪を繰り返す。アサイ大尉、ごめんなさい。でも、こんなに格好いいとは思わなかった。


 スピーチを三者三様に眺めて、最初に声を発したのはキャシーだった。


「眼福だしいい声~、ちょっとアジア訛りなのがまたエキゾチックでいいなぁ。今はどんな声なの?」

「声紋再現したんじゃないかしら、ほとんど同じね。今の方がちょっと人工的かもしれないけど、それは技術的に仕方ないんじゃないかしら」

「前から思ってたんだけど、エリカは割と普通の声だけど、サイボーグってものすごくいかにもロボットボイスって人もいるだろ? あれ、何が違うの?」


 キャシーの問いかけに、エリカが答える。


「私は自前の声帯を使って声を発しているの。でもドルフィンは自前の声帯を使って声を発せないからもっと人工的な声なのよ」

「ああ、そういうことか。知らなかった!」


 キャシーは感心したように言った。ミラも、ああなるほど、そんな違いがあるのか、と頭の片隅で思いつつも、大袈裟にため息をついて顔面を覆った。自分の友達ども、つくづく吹き飛んでいる。

 まあ三人とも軍属だ。軍人なんて有事でもない限り普段から訓練に次ぐ訓練のルーティーンの日々。刺激的なことなんてありはしない。エリカも言われるがままに人や物資を運ぶだけ。キャシーもひたすら機体の整備をして宇宙に送り出す日々。格好いい異性は垂涎のネタである。ましてやその男が声も姿もいいとなれば盛り上がらない理由もない。


「声がいいのは認める。話してみて人工的だけどすごくいい声だなと私も思った。だけど実際に口から出る声も本当にいい声だとは思ってなかった! もう無理! お呼ばれの件は二人とも強制参加だ! 私の主治医も来るって言うし多分問題ない! なんかあったら私が暴れて全部ぶっ壊すから大丈夫! ハンドガンくらいは立場上普段から携帯してるし」

「念の為、こっそりバールも持っていく? 私の使う?」

「いや、それは殴り込み行く人だよ、遠慮しておく……」


 キャシーの提案を、ミラは丁重に断った。

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