4. ウィーンブロック パーク・フォルクスガルテン

 ミラは驚きを隠せなかった。成人してからのフル・サイボーグ化。電子制御義手や義足、それから臓器の一部を機械化したセミ・サイボーグ化ならば成人後でもよく聞くが、フル・サイボーグとなると全く別だ。それもサイボーグシップの戦闘機だ。


 輸送機ならエリカが身近にいるが、戦闘機なんて聞いたことがない。きっと苦労しただろう。エリカと仲良くなって失礼がないようにサイボーグ化については色々と調べたし、場合によっては本人から色々と教わった。

 しかもドルフィンは十歳近くも年上だった。驚きである。


「生まれもブラボーⅠ船団?」

「ああ、母親と祖父母がブラボーⅠにいる。日本人街で育ったんだ」


 人工的ながらも耳に心地いいバリトンの声だ。話し方も軍人にしては優しい。思わず聞き入ってしまう。


「やっぱり日系人! アジア系なんだろうなあとは思っていたんだけれど」

「生粋のジャパニーズではないけどね。父親はアメリカ人。と言ってもうちの母親が精子バンクから取り寄せて生まれたらしいから、遺伝子上の親父のことはよく知らないんだけど」

「私も母親は誰だか知らない。私の創造主は日系人だからおんなじようなものだな」


 確かにそうだね、と相手は笑い声をあげた。普通の身体でない者同士、変な気遣いをせずに肩の力を抜いて会話ができる。

 二人は公園に移動して、ミラは木陰のベンチに腰を下ろした。ドルフィンも隣に着地した。


「公園に来たのは久しぶりだ。この前なんてカラスに襲われて地面にキスして、それからしばらくトラウマが消えなくてな」


 そりゃあそうだろうなとミラは納得した。パイロットがカラス相手に撃墜されるなんて屈辱でしかない。地球の空軍では、撃墜されることを地面にキスしたと言うのである。


「その時は買い物に行く途中で公園に寄って……あ、不思議だって思ってる? 俺の本体は外壁層近くの格納庫ハンガーに停泊してるんだけど、そこの真上に住居もあてがわれてる。そこによくうちの小隊メンバーや知り合いを呼んで宴会やらホームパーティやらするんだ。基本飯は俺が作ってる。だから自分の目で買い物をすることも結構あるんだ。今度おいで」


 パーティだと? 自分はあまり社交的ではない性格なのだが、と少々狼狽える。


「医務局のジェフリー・セキ、って知ってるだろ? 彼を呼ぶから、よかったら君の友達何人か呼んで来るといい」


 ドクター・セキ。自分の担当医だ。人とは違うので定期的に検査をお願いしている。ドルフィンはミラの表情を見て全てを悟ったようだ。


「実は俺の主治医でもあるし、同じ日系人同士で仲がいいんだ。ラプターからラブコールが来たって言ったらハーピーイーグルだよってジェフが教えてくれたんだ」


 この男が料理をすることにも驚くが、ドクターの患者であることにも驚く。世間は狭い。


「仲良いのは整備士の友達とあとはあなたと同じサイボーグ船のエリカ。よく三人で飲み会するんだ。って言っても実際飲むのは二人だけど。呼ぶならその二人くらいかな」

「エリカ……カナリアか! 知ってる知ってる! サイボーグ同士のコミュニティでたまに話をする。なかなかテンションが高くて面白いお嬢さんだよね。その整備士さんが和食系大丈夫なら呼んで」


 カナリアとはエリカのタックネームのことだ。戦闘機ではなく輸送機であるが、彼女ももちろんパイロットなのでタックネームがある。

 ミラは口元に手を当てて逡巡した。問題ないのではなかろうか。


「多分大丈夫じゃないかな。養父母は中華系って言っていたからちょっと違うけど同じアジアンだし大丈夫だと思う。アレルギーも特になさそうだし」

「君はアレルギーとか好き嫌いはある?」

「特にない」

「気が向いたら来てくれ。その前にまずは模擬戦だけど」


あ、そういえばそうだった、とミラははっと思い出した。ドルフィンは続けた。


「うちの相棒と上官に話をつけておく。少し先になると思うけど」


***


 零はミラと別れたのち、速攻で電話をかけた。


「よう、どうした?」

 通話はツーコールで繋がった。返ってきたのは流暢な日本語だ。相手はジェフである。


「今大丈夫か?」

「ああ」

「やっちまった」

「一体どうした?」

「ご飯作るからうちにおいでって言っちまった。ジェフも来るから友達も呼んでねって。いくらなんでも早すぎるだろ!」


 電話口の向こう側のジェフは呆れていた。とりあえず模擬戦をするんじゃなかったのか、色男はやることが違う。そんなふうに思われているとは露とも知らぬ零はなおもまくし立てる。


「ケーキ、ものすごく美味しそうに食べるんだよ! 俺のご飯食べてほしいなって」

「まあお前の作る飯は最高だが。恋愛初心者の俺には展開が早すぎてついていけないよ……で、彼女はなんて?」

「明確にイエスとは言ってくれなかったけど、呼ぶならサイボーグシップの女性と整備士の友達だって言ってた……調子に乗りすぎた」


 零はその間もドローンを飛ばす。自分の本体がある外壁区のドック真上に併設された居住区に戻り自室の扉を開けると、充電器の上にドローンを着地させた。


「模擬戦は?」

「向こうはもう上官に話をつけてた。やばいどうしよう」

「よかったじゃないか」

「お前も最初っから女性だって教えてくれれば良かったのにあんなにニヤニヤしやがって。さぞかし面白かっただろうな!」

「超面白かった。言った通りの強くて美しいワシだっただろ?」


この電話の向こうで、ジェフはまた面白そうにニヤニヤ笑っているのだろうな、と零は呆れ返った。


「ああ、言う通りだったよ」


 他の男から見たら獰猛な猛禽類ラプターに見えるのかもしれないが、零にとってはかわいい灰色の小鳥に見えた。


「なんかこう、アマゾンの珍種インコに餌づけしてるみたいでかわいかった。いや、文鳥っぽいかもしれないな。シルバー文鳥」


 ブフォ、と電話の向こうで何かを吹き出したような音がした。


「て、テメェ、ビール吹き出しちまったじゃねぇか!」

「そりゃあ、ざまあないな。晩酌中だったか、悪い悪い」

「お前悪いと思ってないだろ。いいか、引きこもりだし他人に興味ないから知らんのだろうが、ミラは実践形式の模擬戦でも撃墜王だって有名だぞ。俺だって知ってる。明日自分のウイングマンにでも聞いてみろ。それをかわいい小鳥ちゃん扱いするのなんてお前くらいだぞ!」

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