第7話 意図しない逢着

 領主や役人たちに一通りの報告を済ませた後、私はひとまず自分の部屋に戻ることを許された。どうやら私はこの領地付近には自分の家を持ってはいないようだった。

 そしてこの場面、何か怪しい行動や頓珍漢な発言をしてしまったら最悪、尋問にかけられかねない。何せ私は騎士ヴァンに意識が乗り移っただけの、ただの学生なのだから。


 疲れている、少し頭を打ってしまった、など、どうにか誤魔化してその場を切り抜け、さらに上手い具合に召使いの人物に部屋まで誘導させ、当面の間休息を取らせてもらうことに成功した。


 私が思っている以上に、この騎士の今回の功績は大きいらしく、後日、報酬やら褒美に装備を授けるなどの話や、盛大な祝勝会なんかも考えられているらしい。


 「(不都合な指摘を食らって化けの皮が剥がれてしまう前に、どうにか状況を整理して、50回目の征伐戦での惨劇を回避すべく…いやそんなことを今誰かに伝えても、皆笑って相手にしないだろう…どうにかしなくては…)」


 しかしどうもこの体はかなり疲労が溜まっていたらしい。最低限の身軽な衣類だけ着替えてベッドに横たわると、私は眠りに落ちていた。


 

 何時間ほど眠ってしまったのだろうか。わからない。外はまだ暗く、ほんのりと月の光が差し込む程であった。


 騎士となった私の体、そして直感が危険を察知し、すぐベッドから飛び上がり、剣を取った。

 魔法使いだった頃の私ならばとっくに殺されていただろう。


 そこには、暗くて細部まではよく見えないが、私と身長がそこまで変わらない程の人物が立っていた。


 「…誰??」

 大声で叫びそうになるところを、必死に噛み殺し、小声で問う。

 「あまり大事にしたくないのはそっちもでしょう?場所を変えましょう。」

 

 一瞬でも気を抜いたり間合いを一歩間違えたりしたら即座に殺されそうな…そんな雰囲気がその人物からは漂っていた。


 月明かりを目印に、その人物は窓からまるで飛ぶかのように身軽に外に出た。


 その顔がほんの少し、月光によって見えた。


 「えっ……」


 思わず言葉にならない声を上げていた。


 ほんの一瞬だけたじろいだものの、すぐ彼女の後を追いかけた。真実を知るために。


 彼女はとても身軽で素早かった。何度も戦った時を思い出した。そして剣を握ると恐ろしく強い。性格も変わる。


 街外れ、誰もいないところで、彼女は待っていた。


 「ここなら誰の邪魔も入らないし、誰にも見つかることなく処理にも困らないね。」


 「あなたは…一体…」


 「さぁね、私も私のことはよく分かってない。でも、上から命令が下ってるんでね。」

 私のよく知る彼女…フレイにそっくりの人物はどうやら私を始末しにやってきたようだった。


 「ちょっと待って!何がなんだか…さっぱりなんだけど!」

 何がどうなっているのかさっぱりわからかった。ただでさえこの体に意識が憑依してしまってから訳がわからないこと続きというのに。

 

 「…?口調…?対象人物は………」

 何か彼女が呟いたように聞こえたが、小声すぎて聞き取ることが出来なかった。


 「とりあえずよく分からないなら分からないで結構よ。まぁ、悪く思わないでね。」


 そう言い終わるやいなや、彼女は剣を振りかざして攻撃してきた。一定あったはずの間合いも、気がつけばあっという間に詰められていた。

 咄嗟に剣を構えるも、防御で手一杯だった。だが想像以上にこの私の体は動いた。どうやらヴァンという私が乗り移っている人物は、やはり相当な手練れだったようだ。


 しかし、攻撃に転ずる隙が見当たらない。だがジリ貧なのは向こうも同じようで、彼女にも少しずつ焦りが見え……



 突如、離れたところから剣を振ったかと思えば斬撃が私の髪をかすり抜けていった。


 「…魔法剣ね…」


 間違いなくフレイが得意としていた技の一つだった。


 中距離からの斬撃を加えつつ、一気に距離を詰めての近接攻撃。その手数の多さもさながら、一撃の威力も無視できないレベルであり、凌ぐので精一杯だった。


 気がつくと、私の思考はただ彼女の攻撃をかわすことに集中しており、頭の中が想像以上にすっきりとしていた。

 その影響か、私はとあることを思い出してしまった。


 「(…ずっと頭の中でモヤモヤしてたこと…そうだ…この騎士ヴァンは48回征伐戦の後忽然と姿を消す…そう書かれていた…)」



 思い出すのが遅すぎた。いや、この瞬間に思い出してしまったことが最悪だった。


 意図せず体が硬直してしまう。


 その隙を彼女は見逃すはずが無かった。



 「…さよなら。」



 私の体が切り裂かれる瞬間、不思議なことに痛みは無かった。

 「(一流の武人ともなると相手に痛みを感じさせることなく殺すことができる…昔読んだ本にそんな事が書かれてたっけ…)」

 

 

 意識が消えゆく中で最後に見たのは、彼女のどこか悲しげな顔であった。

 

 

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