第176話 魔王エルムグラム(4)





原初の魔王エルムグラムとの死闘あそびから数日が経った。

窓から差し込む朝日を眺めながら、ベットに寝転んだ俺はぽつりと一言。



「全身が痛い…………」



そう、まさかの全身筋肉痛になってしまったのだ。

異変を感じたのは二人の大技が衝突し、もつれ気味に地面に転がってすぐの事だった。

エルムの笑い声につられてケラケラ笑いながら"神威解放"を解いた瞬間、全身をかつてないほどの疲労感が襲ったのだ。


少し体を動かすとピキッとくるあの感じ。

完全に筋肉痛のそれだった。

まぁ厳密に言うと筋肉痛ではないそうなのだが、こうなった原因は"急に力を酷使しすぎた"とのことで、結局はほとんど大差なかった。


いやー、まさかこの肉体になってからもこんな思いをする事になるとは…………。

実に二百数年ぶりの筋肉痛。

もはや懐かしささえ感じられる。

だけど歓迎はしないからさっさと治って欲しい。


今はだいぶマシになってきた方だけど、最初はもっと酷かった。

指先すらまともに動かせない、と言ったら分かりやすいだろうか。


おかげで俺が抵抗できないのを良いことに、ノエル達に散々可愛がられた。

食事だったり移動だったり、お風呂さえも全て一緒。

ひたすらに恥ずかしいことこの上なかったが、正直本当に一人じゃ何も出来ない状況だったのでありがたくもあった。

ただ家事などを全て任せっきりな上に、何をやるにおいても皆に手伝ってもらうorやってもらっていたのは、さすがに罪悪感が止まらなかった。


もはやあれは完全にヒモそのもの。

でもそれを言えば言うほどさらに堕落させようと皆は甘やかしてくるし…………。

ある意味大変だった。


あと全身筋肉痛のせいで夜の相手ができず、皆からのブーイングが鳴り止まなかったのもある意味では大変だった。

特にアイリスとノエルはいかにも「私、欲求不満です!」と顔に書いてあって圧力が凄いのなんのって。


仕舞いには動けない俺をベットに寝かせ、そのまましっぽり────────────こほん。




話を戻そう。



ともかく、そんなこんなでここ数日はほとんど寝てた。

さすがにそろそろ暇になってきたので、今日は頑張ってリハビリも兼ねて軽い運動をしようと思う。

あ、そう言えばストレッチも良いらしいね。

ついでにやるか。


コンコン!



「お?」



うっすら玄関の戸が叩かれる音がした。

こんな朝早くに誰だろう………………って、悩む必要ないなこれ。

向こうからビンビン感じるデカすぎるこの気配、俺が知ってる限り一人しか当てはまらない。

てか少しくらい隠せばいいのに…………と言うか隠して欲しい。

こんな威圧感ある気配直に浴びたら、たぶん村人とか卒倒してしまうのではないだろうか。



「あてて………やっぱり立つのだけでもまだ痛いな…………」



なんとかベットの縁に掴まりつつ立ち上がると、よろよろと産まれたての子鹿のようなおぼつかない足取りでドアの前まで進み、部屋の外に出る。

ここからリビングまで行くのも一苦労だ。

壁を支えに小刻みに歩く。


…………………あー、予想通り騒ぎ声が聞こえる………。

今日もノエル荒ぶってるなぁ。

若干リビングの扉を開けるのに気が引けてきた。

いや、ここは収集がつかなくなる前に仲裁すべきだよね、うん。


────────ここ数日、特にノエルが荒ぶっていた。

なぜか。

それはこの扉を開ければすぐ分かるだろう。



ガチャっ。



「おーい。皆、喧嘩しないd」


「あっ!お兄ちゃーん!」


「ぐふっ!?」




突如としてみぞおちに走った衝撃。

やれやれと肩すくめながら部屋に入ると同時…………いや、むしろその一瞬前にこちらに飛び込んできた何かが的確に打撃を加えたのだ。

もはやデジャブになりつつある"これ"にさすがに慣れたいところだが、今回は圧倒的に相手が悪かった。


破壊と混沌を司る力を存分に発揮し、目にも止まらぬ速度で突撃してきた張本人は、悶絶する俺に馬乗りになる。



「お兄ちゃん!また遊びに来たよー!」



俺を"お兄ちゃん"と呼び、嬉しそうに頬をすりすりするのは何を隠そうあのエルムである。

原初の魔王であり、破壊と混沌を司ると恐れられているあのエルムが。

まるで見た目通り年端もいかない少女のように天真爛漫な姿を見せる。


この場面だけ見れば非常に微笑ましい…………のだが。




「むー!真白から離れるのだぁ!」

「えー!いいじゃん別にぃ!」



ぷく〜!とお餅のように頬を膨らませたノエルがエルムに食ってかかり、ポカポカと子供のような喧嘩が勃発した。

なんかジェラっと来たらしい。


あらら、暴れすぎて家壊れないようにね………?

二人とも人外の力の持ち主だから、本気で喧嘩したらシャレにならん。

この家どころかカディア村まで滅びかねないからな…………。

痴話喧嘩(?)で滅びる村とか申し訳なさすぎる。



「マシロさん、お久しぶりです」

「あ、クルシュじゃないか。久しぶり」



どうやらエルムのお供として、彼女の配下の一人であるクルシュも来ていたみたいだ。

あ、ミィとルナとよーりんはお留守番だそうです。

あの遊び以降、エルムはご覧の通り昔並み…………いや、それ以上の元気を取り戻したそうだ。

今では毎日楽しそうにお出かけしたり、四天王の皆とじゃれたりして過ごしたり。


その圧倒的な存在感のせいであまり活気のある場所には出られないものの、時折、今日みたいにうちに遊びに来ることもある。


ちなみに元来の性格的に割と自由気ままなので、若干またクルシュの胃がキリキリ痛みだしたのは内緒だ。

クルシュは目を伏せると再び俺に向き直り、頭を下げた。



「改めて、ありがとうございました、マシロさん」

「どういたしまして。俺も体を張ったかいがあったみたいだね」

「はい………それはもう」



顔を上げたクルシュは俺の瞳を見てはにかんだ。

うむうむ、この笑顔を見れただけでも頑張ったかいがあったってもんよ。



「………………クルシュー?」

「………………お前もか、なのだ……」

「えっ!?あ、あの、エルム様違うんです、これは、その…………!」



今までの喧嘩はなんだったのか、仲良くクルシュを見つめてずもも………と圧力をかけるノエルとエルム。

はて、"お前もか"って………?


二人に向かってしどろもどろに手を振るクルシュと目が合った。

途端にポッと頬を赤らめた彼女に目を逸らされてしまった。



この後、なぜかジェラシーオーラを全面に出したノエルとエルムの機嫌を直すのに一時間かかった。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る