第175話 魔王エルムグラム(3)
魔王城にてマシロとエルムが激戦を繰り広げる一方その頃、少し離れた結界内。
切り立った岩壁の上で、不安そうに魔王城の方を見つめる瞳が四対あった。
言わずもがな、クルシュを始め四天王の面々である。
「エルムしゃま………マシロしゃま…………」
ミィが今にも泣き出しそうな表情で、今も死闘を繰り広げているであろう二人の事を思い、じっと魔王城を見つめる。
ミィにとって主であるエルムは唯一無二の存在だ。
崇拝…………とまでは行かないが、並々ならぬ畏敬の念と忠誠心を持っている。
何故かと聞かれてもよく分からない。
ただ、何となく"いい人"だと思ったから。
彼女と居ると楽しかったから。
そんな直感とちょっとした私的な欲求が入り交じった感じ。
ミィは、それをマシロにも感じていた。
なんだか温かくて、安心する人。
あとなでなでが気持ちいい人。
だから迷うこと無く
死んで欲しくない。
無事でいて欲しい。
もちろんミィにとってエルムが元気を取り戻すことが最優先だ。
しかし、マシロにも傷ついて欲しくない。
まるで彼女の心情を顕著に表すかのように、しっぽと耳が元気なくしゅんと垂れ下がった。
「大丈夫。マシロさんなら、きっと…………」
優しい手つきでミィの頭を撫で、クルシュもまた視線を魔王城へと転じる。
何も聞かなかった。
そう、彼はあの時何も深く質問せず、当然のように二つ返事で引き受けてくれた。
少しは疑っても良いはずだ。
自分で言っておいてあれだが、だいぶ怪しかったとクルシュ自身も考えている。
いきなり突拍子もない話をされて、ほとんど死んでくれとお願いしているようなものなのに…………。
最初は断られると思っていた。
だから自分の身を差し出す覚悟だってあった。
むしろそれで済めば御の字だと。
だがしかし、蓋を開けてみればあら不思議。
"女の子が困っているから"。
そんな
目を丸くしてしまったのは言うまでもない。
「え、そんな理由で………?」
思わずそう感じてしまったのはクルシュだけでないはずだ。
でも、確かにある意味噂で聞いた通りだった。
それはここに来るまでの道中でも十分に知れたし、なんならミィに至っては完全に心を許していた。
他の皆もついさっきまで充満していたピリついた雰囲気なんて忘れて、久々に素で笑っていた。
楽しくて、嬉しくて。
だから、マシロが魔王城へと行ってしまうのを─────────。
ドゴォンッ!!!
「「「「 っ!! 」」」」
とてつもない爆音が彼女を思考の渦から引き上げた。
慌てて俯き気味だった視線を向けると、なんと魔王城の一部から天井を突き破り、二つの荒れ狂う魔力が対を描く渦となって飛び出していた。
ぶつかり合い、スパークするエネルギーの竜巻は片や、神々しさを感じさせる純白の魔力。
もう片や、かつての記憶のまま、美しくも禍々しい血色に濡れた────────。
"ついにやってくれたんだ………!"
少女達の顔に僅かな嬉色が浮かんだのもつかの間。
向こうで何かがキラッ!と瞬いたかと思うと、ものすごい勢いで地を削り有無を言わさず背後の岩壁に着弾した。
一瞬で砂の城を壊すかのように岩壁がガラガラと跡形もなく崩れ去る。
あまりにも一瞬すぎる出来事に、その場に居た全員がすぐには反応できなかった。
やがてほんの数秒後、我に返ったクルシュ達が恐る恐る振り返る。
「いてて…………結構飛ばされたな……」
揺れる瞳が捉えたのは、埋もれた瓦礫を退け、パンパン砂を払いながら立ち上がるマシロの姿。
しかし最後に見た万全の姿とは程遠く、太ももや胸元には大きな切り傷が刻まれ、衣服も所々血で滲んでいる。
「マシロさん………!?」
「っ!マシロ、傷が…………!」
「え?ああ、大丈夫大丈夫。ほっとけば治るから」
ドゴッ、ドゴォンッ!!
二度の轟音。
強制的に一つとなった魔力の竜巻が拡散し、圧倒的な波動を生んで周囲の空間をギシギシ歪ませる。
その中心には、ずっと待ちわびた主の姿。
笑っている。
心底楽しそうに笑っている。
新しいおもちゃを見つけたから
久々に力を存分に使えたからでもない。
自分の遊びにとことん付き合ってくれる。
そんな相手を………"友達"を見つけたから─────。
月を背に血色のコウモリ達と踊る姿はとても可憐で美しく、誰しもがその光景に魅入ってしまった。
ちらりとこちらに向けられた、
早くこっちに来て……?と甘く誘う。
当然、彼は答えた。
「"神威解放"っ……!!」
一筋の閃光が
膨大で、全身を温かく包むような神々しい光。
集束した光は一度翼を形取ってからマシロの中に収まる。
瞳が金色に変化し、髪が少し伸びただろうか。
クルシュ達が制止する間もなく、マシロはドンッ!と地を蹴って行ってしまった。
◇◆◇◆◇◆
純白のオーラを纏い、俺は荒野を越えかつて湖だった場所を飛ぶ。
対して。
魔王城の真上で両手をいっぱいに広げたエルムの背後に複数の魔法陣が展開。
そのうちの一つが水色に輝くと共に、枯れていたはずの湖の水が一気に蘇って勢いよく波打つ。
まるで巨大なバケツから直で水を注いだかのようだ。
さざ波を立てながら水面近くを飛翔していると、目の前で渦巻いた水が竜を形取って襲いかかって来た。
蛇に似た西洋の竜を模した、三体の巨大な水竜。
主と同じ血色の瞳を怪しく輝かせ、その鋭い顎をガパッと開く。
さらにその後ろでは魔法陣から火球やら水弾やら風刃やら、まるで弾幕のように様々な魔法までもが押し寄せる。
しかも、当然のように全てが古代魔法だ。
空を埋め尽くすほどの数なだけでなく、威力までもが尋常じゃない。
これだけ見れば某弾幕ゲームに出てきてもおかしくないレベルである。
定期的に放たれるレーザーを避け、目の前まで迫った火球を粉砕。
さらにその奥から水面を斬って迫る風刃もろとも斬り伏せる。
いちいち全ての魔法に対処していたら埒が明かない。
複雑に飛翔しつつ、時には避け、時には斬り、時には同じ魔法で相殺してひたすらに距離を詰める。
もう周囲はエルムの魔法でいっぱいだ。
一発一発が超威力を誇る、まさに地獄と言うに相応しい死がすぐ隣にある空間。
だが俺は───────笑っていた。
エルムも同じだ。
未だ冷めやらぬ
「〈アウルヴァンディル〉!!」
「"ゴッド・ストライク"!!」
血色と純白の二つの閃光が衝突。
ビリビリと空間を揺らし、余波だけであの強固な決壊にすら亀裂を生む。
さらに接近した俺の金色の瞳と、血色の軌跡を残すエルムの瞳が交差した。
「〈ダーインスレイヴ〉っ!!」
「いくぞ、"闇吹雪"!!」
右手の槍が消滅した。
代わりに向かい合わせた両の
対して俺の手の黒剣は呼び掛けに呼応するように漆黒のオーラを巻き起こし、両者とも荒れ狂うエネルギーが雷となって地面や水面を撃つ。
「はあああああ!!」
「やあああああ!!」
二つのエネルギーの本流がぶつかり合い、圧倒的な極光を解き放って爆ぜた。
もはやそれは周辺を覆う血色の結界のキャパを軽く凌駕しており、ビシビシッとあっという間に全体に亀裂を入れると、光を伴って砕け散った。
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