第173話 魔王エルムグラム






魔王城の中で異彩を放つ可愛らしい装飾のなされた扉。


この部屋の中にはおそらく、原初の魔王たるエルムが居ると思われる。

俺はその前に立ち、意を決してゆっくりと開いた。





壁紙や床は赤と黒を基調に洋風なアンティークが飾られており、正面には高そうな大きなタンスが。

天井にはこれまた豪華なシャンデリアがある。


ちっちゃな棚や机もシンプルなものの意匠が素晴らしく、部屋中に転がる数々の人形達も可愛らしいものばかりだ。


そして、一番目を引いたのは左側。


オシャレな深紅のレースに囲まれた、まるで王族が使うような豪華なベットが置いてある。




「……………あなた、だぁれ?」


「っ!」



俺は不意に聞こえたその声にビクリと肩を震わした。


……………あー、びっくりした。

心臓に悪いって、本当に。

単純に驚いて心臓がバクバクする俺を置いて、ベットにかかっていた掛け布団をどけて声の主が姿を現した。



「え、女の子………?」



そう、女の子。

そりゃ部屋の外見やこの中を見て"エルム"は女性ないし女の子だろうとは思っていた。

でもまさか、ノエルやクロに負けず劣らずなだったとは…………。


ベットの上で、眠たそうにとろんとした目を擦りながら女の子座りでこちらを見つめるのは、どうやっても小学生にしか見えない程の幼女だった。

だいたい百二十センチくらいだろうか。


艶やかな銀髪をぼさっとベットに預け、眠たげに細められた血色の瞳はまるで吸い込まれそうになるほど深かった。

着ているのはパジャマだと思われる、黒く薄いワンピース一枚。


この子がエルム…………。


近くのうさぎの人形を抱きかかえ、ベットに女の子座りしたままエルムは口を開く。



「あなた、だぁれ?」

「え?あ、ああ、ごめん。俺はマシロ。君の配下のクルシュ達に頼まれて、君の相手をしに来たんだ」

「……………そうなんだ。ここまで来てから言うのは悪いけど、帰ってよ」

「あれ!?…………えっと、一応理由を聞いても?」

「だって、つまんないんだもん。今さらが居ても…………」



冷めてんなー……………。

反応がもう真冬並みに寒いのよ。

一発ギャグ滑った訳でもないのに。

こりゃ相当の重症だな…………クルシュさんや、これ本当に俺で大丈夫なの?

なんか心配になってきた。

でも、より一層ほっとけなくなった。



「待ってくれ」

「…………まだ何かあるの?」



再び布団を被って寝ようとするエルムを引き止める。

若干苛立ったように眉を寄せて振り返ったエルムに、腰の剣を見せながら。



「俺は話し相手じゃない。だ」


「……………………ぇ………?」



エルムは目を丸くする。

あたかも自分の聞き間違いでないかと疑問を抱くように。

その血色の瞳が驚き混じりにじっと俺を見つめる。

信じられないとでも言いたそうだ。


もう一押し……………。



「言い方を変えよう。エルム、俺と"殺し合おうあそぼう"ぜ」



ますます目をまん丸にしたエルム。

不意に下を向いて、ギュッとうさぎの人形を抱きしめたかと思うと………。



ボンッ!



盛大な音を立てて破裂した人形から羽毛が飛び散り、まるで彼女の心中を表すかのごとく美しくハラハラと部屋中に降り注ぐ。




「───────あはっ、あはははっ!!あっはははははは!!!」




顔を上げたエルムは、サディスト味を感じさせる笑顔で狂気に満ちた笑い声を上げた。

爛々らんらんと光を灯した血色の瞳。

先程までとは違い、明確な殺意が俺を射抜く。



「そっかぁ…………あなた、私のになってくれるんだぁ………!」



バサリと広げられた異形の両翼は全てを飲み込む闇のごとく漆黒で、溢れ出した魔力の本流が周囲の羽毛を蹴散らした。


翼をはためかせ宙に浮き上がったエルムは、掲げた手のひらに深紅の炎をたずさえ嬉々として俺を見下ろす。

見るものを魅了する狂気の笑み。

ビリビリと大気を震わせる膨大な魔力に、剣の柄を握った手のひらがじっとり汗ばむ。


冷や汗が頬を伝って地面に落ちた。

話には聞いていたけど、実際に目の前にすると断然やばいな…………。


死の具現化、象徴とも呼べるだろう。

絶対に相対してはいけない存在だと本能が叫んでいる。

〈鑑定〉も……………もはやあてにならない。




「私、すぐ壊れちゃうおもちゃは嫌いなの〜!だから絶対絶対、長持ちしてねぇ?」








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・"破壊と混沌の魔王"エルムグラム


・種族、ヴァンパイア(始祖)



・能力値不明


・スキル不明


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