第172話 魔王城






やがて歩いているうちに、近くなら壁と見間違ってしまいそうなほど巨大な赤黒い結界の元にたどり着いた。

上部はメリーゴーランドの上の部分のような形状をしており、そこから垂れ下がる赤黒いベールは一切の光を通さない。


うん、こりゃやべぇわ。

前にしただけでよく分かる。

何か特別な魔法を付与した訳でもないただの結界だが、込められた魔力量が桁違いすぎる。

範囲もそうだ。

軽く東京ドーム二、三個分くらいはあるんじゃないだろうか。


こんな立派な結界、俺でも壊せないかもな。

試しにコンコンしてみたが、跳ね返ってくる感触はもはや壁そのもの。

微動だにしないその姿はまるで大地を相手にしているかのようだ。


ふむ、俺一人じゃ弾かれた…………。

入れる人を制限してるのか。



「さあ、私の手を。この中には私達が許可し、触れている者しか入ることが出来ませんから」

「分かった」



差し出されたクルシュの手を握り、いざ結界の中へ。



クルシュの指が結界に触れた途端、俺の時とは違ってドプッと引きずり込まれるようにすり抜けた。

続いて俺も通るが、感覚的には水と言うよりも底なし沼にハマったような感覚だった。

なんとも微妙な液体じみたものが全身を包み、徐々に開けた視界の向こう側。


ドプッと再び結界の端を通り過ぎると。



「これは…………」



不思議な空間だった。

見上げた空は月ごと赤黒く染まり、荒廃した大地にはかつて生えていたであろう植物、葉が無くなり凍える木々、風化した何かの骨などが無惨に転がっていた。


視線を転じ、奥に見つけたのは孤高とそびえる魔王城。

全体的に赤レンガのようなもので形取られた城は、月の赤黒い光を受けて一層禍々しい雰囲気を醸し出す。

真ん中に設置され、今も尚、時を数える巨大な時計もまた不気味だ。


城を取り巻くようにある深い溝はかつて湖だったのだろうか。

正面には城へ続く大きな橋だけが虚しく残っている。



「私達が共に行けるのはここまでです。すみません…………」

「大丈夫。後は任せてよ、エルムをもう一度皆の前に連れてくるから」

「──────っ、はい……!エルム様はおそらく、最上階の自室にいらっしゃるかと。どうかお気を付けて………」

「マシロしゃま…………」

「お嬢を頼むよ」

「お願い、マシロ。お嬢様を解放してあげて………」



「おう!」



彼女達は残念ながら、これ以上魔王城に近づけない。

いや、正確に言うと不可能では無いのだが、今回は安全面やその他の理由からここで待っててもらう事にした。


おそらくエルムは、もうこの時点で異分子である俺が侵入していることに気が付いているはず。

俺と戦うのに、傍に大切な人が居たらやりずらいもんな。







飛行魔法を使用し、赤黒く染まった空を魔王城向けて飛んで行く。


あれは…………コウモリ?

向こうの方で、枯れた木から飛び立ったのは複数のコウモリ達。

この空間でもまだ生物が生き延びていたとは驚きだ。

餌なんて当に無くなってたと思ってたけど…………どうやらそんな事はなかったらしい。



「にしても、意外とすんなりここまで来れたな…………」



飛行魔法を解除し、門の前に降り立った俺は辺りをキョロキョロ見回して首を傾げる。

てっきり何かあるものだと思ってたから、ここまですんなりと通されると逆に疑ってしまう。

もちろんなるべく体力は温存しておきたいので、戦わないに越したことはないが。


さて、早速入口から侵入……………………は出来ないか。

鍵がかかってる。


門を抜けた先にある正面入口っぽい大きな扉は、開けようと取っ手を引いても固く閉ざされたままだった。



「うむ、ぶった斬るか…………………いやいや、一応ここ他人ひとん家だし」



一瞬腰の剣に手が行くが、慌てて頭を振って考え直す。

いきなり誰か来たと思ったら、当たり前のように入口真っ二つにされてるとか嫌すぎる。

どっかにこう…………都合良く開いてる扉的な何かは無いものか…………。



「…………………あったな、都合の良いやつ」



あれは二階だろうか。

外面からではなんとも判断しずらい微妙な場所に、ほんの少しだけ開いた窓的なのを見つけた。

普段あんな所を開けたまま放置とかしないと思うんだけど……………たぶんクルシュ達が気を利かせて、事前に開けておいてくれたのかな。



「お、ちゃんと開く。ここから入るか」



窓枠に降り立った俺は、そっと覗いて城の中を見回す。

明かりがついてるな…………。

まあ"ついてる"とは言っても、最低限見える程度ロウソクで照らされているだけだが。


これまたす〜ごい不気味…………お化けとか出ないだろうな。

出たら叫ぶ自信がある。



「そんじゃ、さっさと目的の場所まで行くか。はぁ……なるべく怖いところに長居したくないな…………」








        ◇◆◇◆◇◆







        〜十分後〜




まずい。

非常にまずい。

現在、俺は過去最高難度の問題に直面している。





迷った。

迷ってしまったのだ。


薄暗い廊下を歩きながら俺は頭を抱える。

いや、確かに最上階に居るとは言われてたけどさ?


そこまでの行き方聞くの忘れた…………。

そりゃこんだけデカい魔王城だもんな、中が入り組んでる訳だわ。

あとなんか魔法が発動してるっぽくて、さっきから平衡感覚がおかしかったり、進んでも進んでも端っこにたどり着かなかったりするんだよね。

俺にじゃなくて、この空間自体に魔法が刻まれてるようだ。


あんだけ格好つけて来たのに…………恥ずかしすぎる。

情けなさマックスだ。

そもそも、どこをどうやってここまで来たのかさえ分からん。

途中に書斎やら食堂やら通ったけど、マジで誰も居なかった。

ものすごく静かだから足音が響くんだよなぁ…………。


さて、どうしたものか。

実はさっきから徐々に恐怖心がひょっこり顔を出してきて、一人なのをいいことに変な行動をしないか大変不安なのである。

やっぱ天井突き破って上まで行くか?

いやだから他人ひとん家だっての。


……………う〜む、やっぱりこういう所が複雑な構造してるのって、RPGとかと一緒なんだな………。



「あ、階段。今度こそちゃんと上に行けるといいな…………」



さっき階段登ったはずなのに、窓の外を見たらなぜか地面が近くなってたからね。

もはや目の前の光景を信じていいのかすら分からなくなってきた。

かつかつ自分の靴が音を立てるのを聞きながら階段を登る。


途中…………三分の二を登り終えた頃だろうか。

急にシュンッと何かが途切れたのを感じた。

お、これは…………。


そのまま上の階に着くと、そこには一本道が続いていた。

突き当たりには部屋がある。

どこか城の中では異彩を放つ可愛らしい装飾のなされた扉。


やっと見つけた。

歩いてそれに近づく。



「この向こう…………だろうな」





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