第171話 四人の少女(2)





彼女達の主、原初の魔王エルムグラムは破壊と混沌を司る最初の魔王である。


かつて世界創世時代、彼女の勢力は大陸の三分の一を占めており、他の原初達の中でも一層の権威と実力を持っていた。

が、破壊が大好きなエルムは昔から暴れん坊で、傍に仕えていた者達は相当苦労したそうだ。


当時は日本で言う戦国時代真っ只中。

世界各地で次々と強者が台当して己のクニを作り、ひたすらに勢力の拡大を狙って争っていたそうだ。


そんな中、一応自軍の総大将の立場になるエルムが単騎で敵軍に突っ込んだ事もあるそうで。

中には胃に風穴が空いた人も居たとか居なかったとか。

不憫すぎる。


その頃はあちこちに強者が現れては消えていくため、エルムも絶え間なくあっちへ行ったりこっちへ行ったり…………。

一時は行方不明になった事も。


そんな感じで、休む間もなく強者と戦うことで彼女の破壊衝動やら欲求やらは満たされていた。

破壊でしか喜びを感じれない。

生きている、自分が確かにこの世界に存在していると自覚するにはそれしか無かった。

ある意味、最も飢えていた原初でもある。



そんなある日。

突如として聖魔戦争が始まった。


勢力が世界をキッパリ二分し、最初の王たる原初同士が衝突したあのいにしえの戦争。

もちろんエルムは最前線で戦った。

群がる敵軍をなぎ倒し、クニを沈め、暴れに暴れまくった。

他の原初と協力したとは言え、敵の総大将すら追い詰めた。



──────────しかし。



戦争が終結しても尚。

あれだけ壊して、殺しても尚、傷だらけのエルムの飢えは収まらなかった。


それから程なくしてつまらない人生が始まったと言う。

同族である原初は皆、散り散りになって行方知らず。

かつて共に戦い高めあった友と呼べる存在も皆、死んだのか生きているのか…………。


今、この世界に生きているのはあの頃の残党もしくはその子孫だ。

平和になったこの世の中で強さはあまり意味をなさない。

例え強くなくとも、

自分が強くなければ生き残れなかった昔とは大違いだ。


当時に比べて相当全体の実力が下がったのは言うまでもない。

かつて戦乱の世で暴れ回っていた脅威はどこへやら、すっかり平和な世の中になってしまった。

そんな世界で、エルムの破壊衝動と欲求はずっと溜まり続けた。


壊したい。

殺し合いたい。

力を好き勝手使って暴れ回りたい。


今すぐ世界を滅ぼす事だって楽勝だ。

でも………………………その後は?

自分を止める存在もまともにおらず、ただ滅亡を受け入れる。

そんな世界を壊したところで、一体何の意味があるのか。


次第にエルムは自室に篭もるようになり、今では自身の魔王城に結界を張って全てを拒絶するようになったそうだ。


そんなエルムを心配したのが、四天王と呼ばれる四人の従者達。


まず一人目が四天王筆頭、クルシュ。


紺色の髪を肩甲骨辺りまで伸ばし、黒いシックなワイシャツとレースの付いた短いスカートに身を包んだ、四天王随一の苦労人。

エルムの補佐役的な立ち位置らしい。

ちなみに昔、胃に風穴が空きかけた経験があるらしい。




二人目は猫人族のミィ。


見た目、性格、喋り方共にただの白髪の幼女なのだが、他の三人と引けを取らない実力を持つ猫又幼女。

いわく、相当天真爛漫らしい。




三人目は桜綾ヨウリン


愛称はよーりんで、チャイナドレスを着た明るいオレンジ髪の少女。

とりあえず元気(皆曰く馬鹿)。

胸がでかい。




そして最後はルナ。


月の名を関するヴァンパイアロードだ。

吸血鬼の上位互換的な種族らしく、その真面目な性格も相まって、彼女もまた苦労人の一人だそうだ。

綺麗な金髪の間からちょこんと漆黒の角が覗く。

尻尾と羽は自由に出し入れでき、普段は見えないようにしまっているのだとか。

ちなみに彼女も日光とか十字架とか大丈夫らしい。





彼女達は探した。

エルムの相手として相応しい者を………………彼女にまた笑ってもらうために。

そこで、選ばれたのが俺という訳だ。






なるほどね……………。

歩きながら一通り話を聞き終え、俺は片手を顎に添える。


"なぜ俺なのか"。

"この世界には他にも強いやつはいっぱい居る"。


確かに強いやつを求めるなら、神話級の魔王やらドラゴンやらを相手にするので事足りるはず。

だがそれではダメなのだ。

その疑問の答えはクルシュから聞いた。


曰く、あの階級も戦争後…………それこそ数百年経ってから定められたものなため、ほとんどあてにならないそうだ。

その定義も相当曖昧なもの。


確かに神話級は"軽く世界崩壊レベル"とか言われてるけど、もしそれが本当だとしたらどうやってそれを確かめたのだろう。


そう考えると結構ガバガバだな………。

昔、今で言う天災級の怪物なら

クルシュ達もここに含まれ、エルムは更にその上を行くと言う。

とんでもねぇな。

彼女達レベルの化け物がそこら中にいる時代とか、考えただけで頭が痛くなる。

この平和な時代に生まれ変わらせてくれた神様達には感謝だ。





さて、これでだいたいエルムのやばさが伝わっただろうか。

う〜む…………改めてこう聞くと、あんなにあっさりオーケー出して良かったのかどうか………。


だって今からその、世界中が手を組まないと戦いにならないような相手と一人で戦う訳でしょ?

クルシュは俺がエルムと同じ神話級に含まれると判断して選んだらしいけど…………。

正直、そんな相手と戦いたくない。


でも困ってる女の子を見捨てられる訳ないじゃん。





───────────という訳で。

おそらく察しがついている人もいると思うが、あの後、即行でオーケーした。

今は歩いて例の魔王城に向かってる途中。

ちゃんと皆には理由を書いた手紙を転移させて伝えておいた。


こういう時でも報連相ほうれんそうは大事だからね。

こっちの世界でも使える新手のメールを思いついたかもしれん。

相手が転移魔法使えなかったら、あまりにも一方的すぎるけど。

家のリビングに転移させといたし、誰かしらは読んでくれるだろう……………………たぶん、きっと。



「………えへへ〜…………マシロしゃまぁ…………」

「……………………すみません………」

「いやいや、気にしないでね」



元はと言えば俺のせいだし。

俺の背中で気持ち良さそうな寝息を立て、ヨダレを垂らすのはミィだ。

なんか気が抜けて眠くなっちゃったらしい。


そこに俺が喉を撫でたりして追い討ちしたから、すぐに寝てしまった。

行きも歩いて来たらしいし、まあお兄さんに任せなさいよ。




今、先程言ったようにエルムが居る魔王城は彼女の結界によって閉ざされている。

そのため、その周囲は転移魔法が使用不可能な領域となってしまっているのだ。



「ごめんね〜。本当なら私達も手伝いたいんだけど、お嬢は私達相手だと本気出せないみたいでさ」



よーりんが横で申し訳なさそうに謝る。

そっか、破壊するだけじゃなくて、エルムには仲間思いな一面もあるんだな…………。

どうりでこんなに好かれてる訳だ。

ただ自分の好きなように破壊を楽しむような奴に、人がついて行くわけないもんな。



「まあ骨は拾うし、最悪心臓が止まっても私の気功術で蘇生するから、安心してお嬢の相手をしてよ」



あっけらかんとそう口にして笑うよーりん。

決して悪意がある訳ではなく、ただ純粋に心配してくれていると言うのは分かるものの。

クルシュとルナは頭痛に耐えるように頭を抑えてしまった。

いや、それよりも気になる事がある。



「よーりんって気功術が使えるんだ」

「うん。療法的な気功も使えるし、気を練って放出する事も出来るよー!」



ほほう。

て事はつまりあれか、某少年マンガの登場人物みたいな戦い方ができるってことかな?



「"まんが"は分からないけど、戦う時は気を纏って殴る蹴るの他に…………魔法みたいに放ったりするね。後は治療にも使えるよん♪」



よーりん曰く、怪我した部分にプラスの気功を流すことで、怪我によって発生したマイナスの気功を押し出して傷を癒せるらしい。

他には体内で気を循環させて肉体の強度を上げ、防御力、攻撃力共に上昇させたり。

気を集中させた肉体でタンク役もこなせたり。


凄いな気功。

何でも出来るじゃん……………。



「頼りになるバーサークヒーラーって感じか」

「いやぁ、それほどでもぉ〜」

「マシロ、騙されちゃダメだよ………。よーりんはサボり癖が凄くて…………普段まともに仕事したこと無いんじゃないか、ってくらいだから」

「あ、あはは…………何の事やら〜………?」



ジト目で見つめる二対の瞳に、よーりんは分かりやすくダラダラ汗を流して視線を逸らす。

どうやら本当らしい。

またクルシュとルナとは正反対な…………。


絶対クルシュの胃に風穴が開いた理由によーりんも含まれてるだろ。

さっきの調子を見てる限り、ルナも大変な思いしたっぽいし。


……………まぁでも、こういう時はちゃんと主を思って動いてる訳だし、エルムに対する気持ちは皆と遜色ないんだろうなぁ。

勝手に俺の中でよーりんの好感度が上がった。




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