第161話 覚醒






『ウオオオオオオッ!許さん!!許さんぞオオオオオ!!!!』




顔面の左半分が惨たらしく潰れたエビルが憤怒で顔を歪め、絶叫で大気をビリビリ震わせる。

彼の周りには怒りに呼応するように漆黒のオーラが凄烈に溢れ、空間さえ歪ませたそれはエビルの体にまとわりついて実体と化す。


銀色だったはずの鎧と剣が漆黒へと変化。

黒い霧が晴れると共に、その禍々しい姿を白日のもとに晒した。


頭部が角の生えた頭蓋骨を模した兜になっており、全体的に鋭く厳つくなった鎧からは常に瘴気が溢れ出ている。

また、大剣の刀身に幾何学模様が刻み込まれ、鍔の黄金と合わさって不気味な光を灯した。


圧倒的な圧力。


にやりと口角を吊り上げたエビルが一度足を踏み込むと、地面が陥没してあっという間にミリアとの距離を縮めた。



(ふざけるなよォ………!!)



歯を力の限り噛み締めて、そのまま憤死してしまうのではないかと思ってしまうほどの形相でマシロを睨む。

今、エビルの脳内はいかにマシロを惨く、悲惨に殺すかで一杯だ。

長年の計画を邪魔された上、こんなにも屈辱的な思いを味わわされたのだ。

ただで殺してやるものか。


まずはこの女を目の前で殺してやろう。

エビルは内心暗い笑みを浮かべる。

ミリアを殺し。

村を滅ぼし。

マシロの大切なものを全て壊した上で、絶望のさなかにあるマシロを斬り刻む。

それはもう晴れ晴れとした気分になる事この上ないだろう。


そんな歪んだ思考と共に大きく振り上げた大剣にドロドロした黒いものがまとわりつき、刀身をさらに肥大化させて手前のミリアに襲いかかる。

直前で何かマシロに話しかけていたミリアは動かない。

大剣が大気を切り裂き、あわやミリアの華奢きゃしゃな体を押し潰さんとした次の瞬間。




ミリアから深紅の閃光が溢れ出し、闇と大剣を押し返して周囲一帯を明るく染め上げた。



キンッ─────────!!




「なっ、なんだとォ………!?」



剣閃が真横に引かれたかと思うと、〈破邪〉の力によって絶対の防御を誇るはずの大剣がいとも簡単に真っ二つに折れた。

持ち主の元を離れた半身がカランと音を立てて地面に落下し、漆黒が抜けて元の銀色に戻る。


エビルは冷や汗を流す自分が信じられない、と言った様子で目の前の少女を睨む。



「貴様…………まさか!!この俺を差し置いて、真の覚醒へと──────!!」



ありえん!!

そう呟いて憤怒の形相を浮かべたのもつかの間、一瞬で懐に潜り込んだミリアの拳で語尾を引き伸ばしながらぶっ飛ばされる。



「─────────ッ!?」

「はあああ!!」



さらに光が集束すると同時に回し蹴りで地面に叩きつけ、クレーターを残して浮かび上がった巨体に剣を走らせ鎧をズタズタに斬り刻む。

〈破邪〉が侵食した鎧だ。

そう簡単に傷を付けることは出来ない…………………はずなのだが。

まるで豆腐に刃を入れるがごとく、何の抵抗も感じさせない滑らかな断面と勢いで次々に傷を増やしていく。


だが、さすがに黙って斬られるほどエビルも弱くない。



「ぬおおおおお!!!」



気合い一閃、再び漆黒のオーラを溢れさせてミリアから距離を取り、体勢を立て直す。

ミリアも深追いはしなかった。

鎧や肉体の傷を修復しながら、エビルは憎々しげに顔を歪めて吐き捨てるように。



「貴様!その姿は………!!」



光が収まり、ついに姿を現したミリア。

その体は深紅と白をベースに金糸の編み込まれた衣服に包まれており、腰には同色のマントがついて風にヒラヒラ舞う。

携えた片手剣にはエビルと同じように幾何学模様が描かれ、つばにはめ込まれた深紅の宝石と呼応して光を漏らした。


今までにない衣服や剣の変化をともなうスキルの発動。

〈無効貫通〉が覚醒したのだ。

ミリアの精神が成長したと共に、スキルももう一つ上の段階へ。

エビルが決して至ることの出来ない境地へ到達した。


それはエビル自身が一番理解しているが、それでも認める事の出来ぬ現実に凄絶せいぜつたる絶叫が響き渡る。

漆黒が折れた刃を形取り、輝く深紅の刃と二人の間で衝突した。



「ウオオオオオオ!認めん!!貴様のような愚かな人間風情がァアアア!!!」



ギャリギャリと耳障りな金属音を奏で、ぶつかり合った剣と剣が激しい火花を撒き散らしながらせめぎ合う。

しかし、どちらが優勢かは一目瞭然だ。

怒りに任せ、ただがむしゃらに力を込めるエビル。

対してそれを無関心に受けるミリアとの間には、嫌でもスキルとしての格の違いが目に見えてしまう。


そしてついに、ミリアが漆黒の大剣を弾いてエビルを仰け反らせ、怒濤の連撃を繰り出した。


まず切っ先が下を向いた剣を振り上げてエビルの片腕を斬り落とし、さらに剣技スキル〈クリムゾン・リープ〉で鎧と肉体に十字の傷を刻み込んだ。

踊る炎と剣技の威力は凄まじく、明らかに数日前にマシロと戦った時を凌駕りょうがしていた。


視界を埋め尽くすほどの炎がエビルの肉体を焼き、思わず苦悶の声が漏れる。



「馬鹿なァ………!!たかが炎ごときでこの俺が………ダメージを受けるだと………!?」



苦しみと憤怒が混じりあったような咆哮を上げ、片手ながら十分すぎる威力を誇る一撃で地面を陥没させ、バキバキと激しく亀裂を生み出す。

もう自分の〈破邪〉はミリアに効かない。

嫌でもその現実を叩きつけられ、それでも尚、エビルは抵抗し続ける。

例え能力を使わなくてもさすがは古参の魔王。

素の力だけでとんでもない。


─────────────だが、それも今のミリアの前では無力に等しい。



「なっ…………!」



放たれた渾身の突きが剣と鎧の漆黒を貫通して鋼の肉体に風穴を空け、横薙ぎした傷口から勢いよく赤黒い血が吹き出した。

"攻撃こそ最大の防御"とでも言うかのごとく、再生も反撃も間に合わぬほどの連撃をエビルに叩き込みまくる。



("当たり前"、ね…………。ふふっ、あんたらしいわ)



鬼神も真っ青な攻撃でエビルを吹っ飛ばし追う傍ら、自身の頬がほんの少しだけ緩むのをミリアは感じた。

決して有利な局面と力に酔いしれ、つけ上がったのでは無い。


一度は折れてしまった心ではちゃんと覚悟が決まらず、無意識に彼に助けを求めてしまった。

あれだけ言っていたのに…………。

情けなかっただろうか。

失望されただろうか。

一笑に付されてもおかしくない。

自分でもらしくないと思った弱気な発言。


でも彼は───────。



"当たり前だ"。



ある意味、一笑に付したと言っても良いだろう。

だが内包した意味や感情は百八十度真逆で。



(ありがとう。あんた…………ううん、のおかげで、私は……………一人ぼっちじゃないって分かったの………)



胸の奥から滲み出すこの温かい気持ち。

怒りや恨みなんかじゃない。

マシロが教えてくれた。


これが終わったらちゃんと伝えよう。

燃える刀身が紅の軌跡を描き、絶叫するエビルと相対するさなか。



("ごめんなさい"じゃなくて…………きちんと、私のこの気持ちを──────)





「ふざけるなよォオオオオオ!!この俺が………!!貴様ら人間ごときにィ!!!」

「あんたの敗因はそれよ!」

「何ィ!?」

「あんたは人間を見下し、人間の………私達の心が生み出す力を侮った!恨みだけじゃないわ。やっと気づけたこの気持ちだって…………!」



上段に構えた剣が紅の閃光をほとばしらせ、ボボッ!と螺旋らせんを描くように燃え上がる炎を刀身に纏う。



「不思議よね………。あいつが支えてくれてるって思うだけで、こんなにも力が湧いてくるなんて」



深紅の軌跡を描いた袈裟斬りの一撃が、もはや漆黒が半分解けかけた巨体を捉え、何か叫ぶエビルをあっという間に飲み込んで極光を解き放った。





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