第118話 モンスターと少女
女の子の悲鳴が聞こえた。
か細く掠れた声だ。
一人だな……………早く助けに行かないと。
俺は転移魔法を解除してすぐさま向かおうとするが、どうやらその必要はなかったらしい。
ドゴォン!!
と大きな音を立てて、何かが木々をなぎ倒しながらこちらに突っ込んできた。
その何かは眼前の大木の
『ゴアアアアアアッ!』
「───────っっ!」
なんと吹っ飛んで来たのは女の子。
露出度の高いビキニアーマーのようなものを着ており、少女のナイスバディを際立たせると共に、頭からちょこんと飛び出た漆黒のツノと背から生えた同色の翼に目を向かせる。
しかし、本来はため息をつくほど美しいはずのそれらは、いくつも付けられた斬り傷によって痛ましい様子に変わってしまっていた。
腰まで伸びた薄いピンク色の髪がハラハラと舞い、
対して、そんな少女を追うように跳躍して空から降ってきたのは、サイコロプス顔負けの鋼の肉体を有した異形の怪物。
肉片を無理やりくっつけたかのような
また体中の血管がボコボコと浮かび上がって表面を圧迫し、どれをとってもとことんグロテスクな見た目だ。
これこそまさに、本物の"モンスター"である。
そのまま右手をゆっくり持ち上げメキメキと鎌状に変化させる。
おいおい、俺はお構いなしってか。
関節ガン無視の厳つい鎌が掲げられ、倒れたまま動けぬ少女を真っ二つにせんと振り下ろされる…………………直前。
素早く二人の間に割って入り、少女をお姫様抱っこで拾い上げて広く空いた空間の反対側まで距離を取る。
ワンテンポ遅れて鎌の一撃が地面に叩き込まれると、ビキビキッ………!と鈍い悲鳴を上げて放射状に亀裂が入ると共に、地面が陥没して膨大な量の土煙を巻き起こした。
おおぅ、サイクロプスの比じゃないな……………。
一歩助けるのが遅かったらこの子は凄惨な最後を迎えていたに違いない。
危ないところだった。
「あ、あなたは……………」
「もう大丈夫。ちょっと待っててね、あいつ倒すから」
「え……………ま、まって……ごほっ………!」
呆然と目を見開き、俺を引き留めようと服を引っ張るも先程の攻撃で相当ダメージを受けたのか、何かを言いかけて咳き込んで血を吐いてしまう。
ひゅー、ひゅー………と、か細い息使いで辛そうに顔を
少女に応急手当だけしてから降ろして木に寄りかけ、俺は黒剣を抜いた。
もはや彼女は動く気力も喋る気力すらないようだ。
改めて謎のモンスターに向き直ると、今やっと俺の存在に気がついたのか、獣のような唸り声を上げてこちらを睨みつける。
……………………見れば見るほどグロい上に、理性の欠片も感じさせない目をしてるな。
正気じゃないと言っても過言じゃない。
しかも、俺はこんな魔物見た事も聞いた事もなかった。
新種、もしくは人工的に造られたキメラか何かか………………なんにせよ、こんな危なっかしいのを放置する気は無い。
ここは王都に近い。
野放しにして王都が襲われればたまったもんじゃないからね。
もしかしたらあっち側にも何か事情があるのかもしれないが。
『オオオオオオオ!!』
突如として大きな咆哮で大気を震わせ、その四、五メートルはありそうな巨体に似合わぬ俊敏さで接近してくる。
一歩踏み込むごとに地面がヒビ割れ、間近で振り上げられた鎌がボコボコと膨張して肥大化。
体の倍はありそうな巨大な大鎌へと変化した。
周囲の木をまるで豆腐のように容赦なく斬り裂いて大鎌が振るわれる。
森林伐採も
『オオオオ…………ッ!?』
しかし、モンスターはすぐにその異常に気がつき、戸惑いの声を上げた。
自慢の大鎌がこれ以上先に進まないのだ。
それどころか、よく見ると薄皮一枚斬れてすらいない。
モンスターがじりっ、と思わず後ずさる。
今まであまたの生物の血を吸ってきたであろう凶悪な刃が、この小さな男の前では一切の斬れ味も持たない。
その事に無意識に恐怖したのかもしれない。
『オ………オオオオオオ!!!』
いつまで経っても動かずこちらを見上げるだけの俺に痺れを切らしたのか、まるで恐怖を振り払うかのように雄叫びを上げ、モンスターがさらに一歩踏み込んだ。
直後、ずるっと転けた。
支えるものを失ったかのように。
モンスターの目が驚愕に染る。
彼(?)の目に映っていたのは、あまりにもあっさりと切断された自分の腕。
動きが一瞬止まった。
一本が大木ほどの太さはあるであろう腕が、
次にモンスターの視界に走ったのは純白の一閃。
隙を逃さずに放った俺の攻撃がモンスターを
ズズゥン………と土煙を舞わせて倒れた巨体は、ビクンビクンと
「再生するなんてことはないよな…………?」
つんつん、と剣の先で足をつづいてみるが、ピクリとも動く気配がない。
こんな見た目だから復活するかと思ったけど、どうやらそんな事はなかったらしい。
結局何だったんだろうなこいつは。
ただの魔物って訳じゃ無さそうだし…………………まぁ、そんなのは後でいいか。
今は女の子の治療が先だ。
「……………うっ………」
不意に後ろからドサッと音がした。
振り返ると少女がうつ伏せに倒れ、必死に俺向けて手を伸ばしていた。
口をパクパクさせて何かを訴えかけているようにも見える。
「なっ、傷が開くぞっ………!」
慌てて駆け寄り、体を起こして再び木に寄りかからせる。
よし、さっさと回復魔法で治して王都に連れてかなきゃ。
傷は治せても血は戻らないし、精神的な疲れも取れないからなー…………ん?
少し思案していると、
前髪から覗く瞳が訴えかける。
首を傾げて耳を近づけた。
「……………逃げ………あなた、だけ……でも………………ま、だ………間に合う、から…………」
「……………!?ちょっと待って、何を──────」
「んん〜?なんだチャンクのやつ、あっさり倒されてしまったのか」
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