第五章

第117話 めくるめくある日





『グルアアアアアアアッ!!』



鬱蒼うっそうと茂る森林の中、ガサガサと草木をかき分けて走る音と、それを追うように獣の咆哮が響く。

膝ほどの長さまで伸びた草を飛び越えて木漏こもれ日の溢れる広がった場所に着地すると、遅れて俺を追ってきた大型のイノシシのような魔物が飛び出してきた。

目を爛々らんらんと赤黒く輝かせたブラックボアは、ザッ!と地を蹴って突進してくる。


俺は瞬時に腰に付けていた鞘から黒剣を引き抜き、ブラックボアを正面から真っ二つに斬り裂いた。



『ゴアアアア…………!』



続いて休む間もなく振り下ろされた木の棍棒を避け、バク転で距離を取る。

ズンッ、と重々しい足音で棍棒を引き抜いた筋骨隆々きんこつりゅうりゅうな人型の魔物……………サイコロプスだ。

その巨体から放たれる一撃は凄まじく、ご覧の通り地面を軽くえぐる威力がある。



『ガウッ!』



バチバチ!と電気をほとばしらせながら噛み付いてきたのはサンダーウルフ。

文字通り雷を操るオオカミの魔物で、その最大出力は容易に人を死に至らしめる。

見た目で判断したら痛い目に遭う魔物筆頭だ。


体を横に逸らして避け際にサンダーウルフを斬り、さらに風刃でサイコロプスの首を切断。

次々に襲いかかってくる魔物をばったばったと倒していく。



「はあ!」


『グルアア…………!?』



断末魔を残して、最後のサンダーウルフが力尽きた。

〈気配感知〉でもう周囲に魔物が残っていない事を確認し、ふぅ………、と溜め込んでいた息を吐いて黒剣を収める。



これで討伐完了、っと。










めくるめくある日、俺は王都近くのとある森林に来ていた。


目的は見ての通りクエスト。

ブラックボア、サイコロプス、そしてサンダーウルフの討伐だ。

普通は三つのクエストを一気に受ける事は出来ない。

たくさん受けるだけ受けてやり切れなかったり、大人数を囲うパーティによる独占を防ぐためにも、そういうのは禁止されているのだ。

しかし、俺はXランクの特権で例外として、二つ以上のクエストを同時受注するのを許してもらえた。

もうシゼルさんに感謝しかない。



ちなみになんで俺がこうも頑張っているのかと言うと………………………最近、食費が馬鹿にならないのだ。


俺とノエル、アイリス、クロ、イナリに加え、プラトス達の分も。

当たり前だが、ノエルと二人暮ししていた時に比べて明らかに高くなっている。

そりゃもう結構高い。

時々クロと狩りに出かけて獲物を持ち帰っているとは言え、それでも負担が大きいのは確かだ。


まぁまだ預金が尽きたとかそんなことは全然ないが。

ふっ、伊達に二百年も貯金していないのよ。

お金はあるんだけど、精神的にね…………。

こう、お金がどんどん減ってくのに何となく罪悪感を感じるから、こうして地味な抵抗をしてるわけ。

運動にもなるし、王都での買い物という楽しみもあるので苦じゃないしね。




俺は水を飲んで一息つくと、【ストレージ】を地面に開いて動かなくなった亡骸達をその中に収納する。

魔物の討伐依頼を受けた場合、討伐した証拠として魔物の体の一部を持って帰る必要があるのだ。


こういう時、【ストレージ】があって本当に良かったと改めて思う。


本来なら解体したりして、持ち帰る部位を選んだりそれ以外の部位を処理したりしなきゃいけない。

さすがに討伐した魔物を全て背負っては帰れないしね、重すぎて。

対して【ストレージ】なら異空間に保存するため、腐らないし重くもない。

やっぱり便利すぎるよなぁ……………。

覚えておいて良かった魔法ランキング一位かもしれない。



「……………さて、帰りますかー」



周囲を見回しつつ倒した魔物の回収が終わったのを確認し、頭で我が家の座標を思い浮かべて転移魔法を発動しようとした────────────次の瞬間。





ズッ………ドンドンドォォォンッ!!





複数回の大きな音が響き、向こうで数十メートルに渡って木々がなぎ倒され土煙が巻き起こるのが見えた。


なっ、なんじゃありゃ……………。

あまりにも突然起こった異常事態に、思わず転移魔法を解除してそちらの方向を凝視してしまう。

ここにはあんな事できるほど強い魔物は居なかったはずなんだけどな……………。

どっかから迷い込んだ外来の魔物が暴れてるのか?

それともはたまた縄張り争いをしているのか……………。


先程よりは小さいものの、断片的に振動が響く。

触らぬ神に祟りなし…………って訳にもいかないよな。

もし仮に冒険者が襲われてるんだとしたら助けなきゃだし。



「────────はっ!」



今のはまさか………………女の子の悲鳴!?

さっと耳を澄ますと、確かにほんの少し、小さな声で女の子のものらしき悲鳴が鼓膜を振動させた。

こうしちゃいられん、即行助けに行かなければ!






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