第114話 黒猫族と影猫族





「〈桃源洞裡とうげんどうり〉。"氷燐ひょうりん天珱氷てんおうひょう獄蓮ごくれん"」



「っ!?」



妖気の気配が変化した瞬間、ぞわりとした気配に掻き立てられてクロが引き下がると、少し遅れて嵐の中からズドンッ!という豪快な音と共に、計五個のどデカい氷塊が頭を突き出し、宙に舞う氷の欠片達を蹴散らした。


あのまま突っ込んでいれば、あわや一撃でのされていたかもしれない。

珍しく冷や汗をかくクロの正面では、特大の氷塊にビキビキッとヒビが入り、大小の破片を残して砕け散った。



「けほっ、けむい煙い……………。さて、そろそろワシも反撃するとしようかのぅ」



パタパタと巻き上げられた煙を散らしながら姿を現したセンリは、耳としっぽがほんの少し水色が混じった白に染まっていた。

肘から先にも同じような色の氷が鎧のように指の先まで覆っており、その先端は非常に鋭利な見た目だ。

どんな攻撃が来ても反応できるよう万全な体勢を取るクロに対して、すっ、と持ち上げた手の甲を下に向け、人差し指を軽く曲げる。



次の瞬間。




ズドンッ!!



クロのお腹を強烈な衝撃が貫通し、思わず肺の中の空気が外に押し出されてしまった。

クロの華奢きゃしゃな体が宙に浮かぶ。


しかし、すぐさま自分を持ち上げる巨大な氷塊の先端を掴み、バク転の要領でそこから抜け出すと、そのまま氷塊を足場にセンリへと急速に接近。

憎たらしい笑みを浮かべるセンリに斬撃の雨を降らせる。


一つ一つが、あの時魔王を倒したのと同等かそれ以上の威力だ。

だが、降り注ぐ斬撃なんてものともせず弾いて突き出したセンリの爪が、ついにクロをとらえた───────かと思いきや。



「おおっ!?」



すかっと空振った。

残念、それは残像だ。

瞳から流れる金の軌跡を残し、いつの間にか背後に移動していたクロがダガーを横薙よこなぎにすr



「ふんっ」


「あう!?」



───────────る直前、体を柔らかく逸らして振り下ろされたセンリの頭突きof 後頭部がクロの脳天に見事命中し、思わず悶絶してゴロゴロ転げ回ってしまう。

クロにしては珍しい悲鳴が出るほど痛かったらしい。



「………………ん、見切られてた」

「当然じゃろう。お主は裏の取り方が素直すぎるからの」

「むぅ、たしかに。反省」



先程のは残像で空振る所までセットで騙されていた。

本当なら別にあそこで誘いに乗らず、背後に回ろうとしていたクロを途中で捕まえて倒すことも出来ていたという訳だ。


…………………言ってしまえば簡単だが、それを実際に出来るかどうかはまた別の話。

神速と言っても過言では無い程のスピードで動くクロを補足、さらには斬撃を回避しつつ捕まえるなんぞ、並大抵の人物ができるはずもない。



(スピードもパワーも足りない………………こうなったら、しか────────)



「【転──────」

「おっと、それは禁止じゃ」

「っ、ん!」



クロがダガーを正面に掲げた途端、今度はセンリの姿が掻き消えた。

声の方向と、ほんのちょっぴりだけ捉えた衣服の端を頼りにダガーを右斜め上に振る。

しかし、その刃がセンリに届くことは無く、その手前でパシッと受け止められてしまった。

気づいた時には逆に首筋に爪が当てられていた。



「やれやれ、その力はまだお主には余る。もう少し肉体が追いついてからでないと使いこなせんぞ?」

「………………それは分かってる。でも、クロはこれ以上



先程までとは打って変わって、ダガーを下ろしたクロはしょんぼり落ち込んで目を伏せてしまっている。


(……………?)


能力を解除し、素の姿に戻ったセンリは"はて"と首を傾げた。

そんな奇病や呪いなんてあったか?と。

当然だが、そんなものに心当たりはない。



「それはどう言う………………ああ、そう言えばお主は黒猫族じゃったな」

「ん。もう契約は済んだ。だからもう成長出来ない」



センリはなるほどのぅ、とうんうん頷く。


黒猫族。

猫人族の中でもかなり希少な部類に入る一族で、その他とはだいぶ異なる特性を有した唯一無二の存在。

その真価は主との契約の際に発揮され───────。



「……………センリは黒猫族じゃないの?」

「んぅ?ワシは違うのぅ。影猫族じゃ」

「影猫…………!?影猫族って、たしか聖魔戦争の時にはずじゃ………」

「え、そうなのか?」



ぽかんとした表情で首を傾げ見つめ合う二人。

片や滅びたはずの種族が目の前に居るという事が信じられず、呆然とするクロ。

もう片や、なぜか知らないけどいつの間にか自分達の種族が滅んだ事にされてて驚いたセンリ。



「ん〜、まぁたしかにあの戦争で軽く滅亡しかけたが…………別に全員が滅びた訳では無いのじゃよ。ワシのように生き延び、猫又になった者も居る。どうせ残りの連中はつがいにでもなって、今頃人里離れた場所でひっそり暮らしてるんじゃろう」



ワシらは隠密が得意じゃからな、と呟くセンリの横顔はなんだか寂しそうに見えた。

戦争のさなか、散ってしまった仲間達の事でも思い浮かべているのだろうか。


場が少し、しんみりした雰囲気に………………。




「つまり、センリは行き遅れた?」

「ぶっ!?お、お主、今の流れでそれを言うか!?」



ならなかった。

そんな物は知らんと言わんばかりに、真顔のクロがムードクラッシャーをぶちかました。

センリのような女性にはまさに禁句の一言だ。


"行き遅れた?"


これだけでメンタルに大ダメージ。

やっと一矢報いっしむくいてやり遂げた表情のクロを見据え、センリはビキッと眉間に青筋を立てる。



「お主、よい度胸じゃな…………。第二ラウンドは手加減せんぞ?」

「ん?第二ラウンドなんて聞いてない」

「そりゃ言わんかったからの。だが安心せい、お主は先程のを使った状態で構わん」

「………………っ、でも、あれはまだ」



にかっと笑ってヒラヒラ軽く手を振るうが、クロはあまり乗り気では無い。

なぜなら、先程言われた通りまだあの力は使いこなせていないのが自分でも分かるから。

なんなら使うのが怖いまである。



「言ったであろう、安心せいと。ワシがドンと受け止めてやるのじゃ」

「…………………ん、わかった」



クロはこくりと頷くと、再びセンリから離れてダガーを正面に掲げ。










           ◇◆◇◆◇◆









一方その頃マシロ達は。



「………………で、イナリはいつまで固まってるのさ」

「だ、だって猫又のセンリさんと言えば、千年を生きた大妖怪なんですよ…………!?」

「ああ、たしかにそうらしいね。……………ん?てかなんでイナリがそれ知って────────」





ドゴォォォォォンッッ!!!




「「!?」」



さらっとマル秘情報を知ってるイナリに首を傾げた次の瞬間、クロとセンリが向かったはずの部屋からものすごい轟音が響いてきた。

二人してビクッ!と肩を震わせて変なポーズを取ってしまう。

洞窟全体が揺れ、氷柱が落ちたり地面や壁がヒビ割れたりする。

な、何事……………?



「んぅ〜………むにゃむにゃ、もう食べられないよぉ〜…………」

「これでもまだ寝てるってある意味すごいな…………」

「ですね。これも一種の才能なのでしょうか…………」



軽く地震とかじゃ済まないレベルの振動なんだけど、シュカは呑気にいびきをかいてすやすや眠っていた。

違った意味でたくましすぎる。


あ、寝返りで落ちてきた氷柱つらら避けた…………。

もしかしてシュカは寝てる時だけ無敵になる特殊スキルでも持っているのだろうか。


うーむ、センリには手合わせ程度って頼んでたんだけどな……………。




「ふぃ〜。ま、最初はこんなもんじゃろ」

「うぅ…………不覚」



「あ、おかえり───────ってえぇ!?」



もうもうと立ちこめる氷煙の向こうから、脇にクロを抱えたセンリがやって来た………………のだが。

なんと、センリの頭から一筋の血が頬にかけて流れてた。

よく見たら抱えられ手足をだらんとさせたクロもボロボロである。



「二人とも何してたんだ一体……………。今、回復魔法かけるかr」

「クロさん死んじゃ嫌ですぅ!」

「おっと」

「ごふぅ…………!?」



まさかガチの殺し合いとかしてないよな、と疑いたくなるくらいの怪我だ。

とりあえず回復魔法をかけようと手をかざすと、そんな俺を押しのけて涙目のイナリがクロ目掛けて飛びついた。

しかし、寸前でセンリがぽいっとクロを横に放り投げ、なぜか忠実にそれを追って方向転換してガバチョ!と抱きつくイナリ。


早とちりが過ぎるが、本人は全く気がついていないよう。

相当体力を消費して動けないクロをガシッと抱いて、そのままズザザザザーッ!と着地。

もちろんクロが下の状態で。



「…………センリ、許さん………」

「おおぅ。すまんの、思わず」







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