第113話 大妖怪・猫又






「お、この部屋に来るのは随分と久しいが、昔のままじゃのぅ」



妖力によって扉の鍵を解除したセンリが、マシロ達が居る部屋から続いていた通路を抜けて開けた空間に出る。

そこは先程の部屋と大して変わらない広さで、やはり全面が氷で覆われていた。



「……………………」

「そんなに警戒せんでもよい。ワシはただお主と手合わせがしたいだけじゃ」



そう言ってからからと笑うセンリに対して、クロはまだセンリへの警戒を解いていない様子。

それもそのはず。

ここに来て新しいライバル候補、しかも自分とキャラが被りまくっているセンリが、好意全開でマシロに抱きついたりマーキングしたりしていたのだ。


警戒しない方が難しい。

なんならここで消してしまおうか、とまで考えそうになったが、さすがにクロはそこまで衝動的じゃない。



そして、この尋常じゃない妖力を前にして、マシロ達に気付かれないように消せると思えるほど、おごってもいなかった。

と言うかむしろ、軽々と返り討ちに会うのが目に見えている。

それ程までに、二人の実力は開いていた。




「……………別に、お主が弱い訳ではないのじゃよ」



向こう側まで歩いて行き、くるりと振り返ったセンリが片手を腰に添えながらそう口にした。



「むしろ、この世界でも指折りの実力者。その歳で実に素晴らしいことじゃ。だがそれだけでは……………」

「ん、分かってる。主と一緒に戦うには程遠い」

「うむ。じゃから、ワシがここは一つ見てやろうと思ってな。同じ種族であれば学べる事も多かろう」

「ん…………………お願い」



少し間を置いてクロが素直に頭を下げたことに、センリは少なからず驚いてしまった。

先程まであれだけ敵意がむき出しだったにも関わらず、その相手に頭を下げるのか、と。



「センリは主に近づく悪い虫なことに変わりない。……………でも、センリはクロより強い。クロは主の役に立ちたい。だから、主のためならクロの気持ちは一旦捨てる」

「………………うむ、その心意気や良し。かかってくるのじゃ」



にやりとセンリが微笑むと共に。

入口付近に居たクロの姿が掻き消え、次の瞬間にはセンリの背後でダガーを振りかぶっていた。



……………………ああは言ったものの、別にクロの中のイライラが消えた訳では無い。

マシロを押し倒して、散々匂いを嗅いだり舐めたり……………さらに挙句あげくの果てにはマーキング?



(ん、処す)



私怨しえんの篭もりまくった鋭い一閃がセンリを捉え、ガギンッ!と重いを奏でて空中に吹っ飛ばす。




「おーおー、血気盛んじゃのぅ。危うく首が切り落とされる所じゃったわ」




空中で身軽にクルクル回転して着地したセンリは、ずいぶんと余裕気な表情。

当たり前のように首を狙ったクロにも戦慄だが、それよりもたしかに首に当たったはずなのに、斬れていないどころか金属音がして跳ね返されるとは一体……………。



(体の硬質化…………?ん、違う。そんなのじゃない)



再び音を消して、今度は正面からジグザグに接近。

普通なら消えたと錯覚せざるを得ない、猛者でさえ目で追うことすらままならない程の速度なのに……………。




「っ、ちゃんと見えてる…………!」

「暗殺者………………いや、忍びに近い動きじゃな。お主ジパングに住んでおったのか?」

「違う。師匠が住んでた」

「ほう」



会話のかたわらにも、クロが突き出したダガーを体を傾けるだけで避け、追撃の蹴りさえ片腕で受け止めて流されてしまう。

バックステップで氷塊の上に着地すると、降りるついでにそれをバラバラに斬り裂き、次々にセンリ向けて飛ばす。

センリを囲むのは千を超える氷の破片の嵐だ。

一つ一つの速度が尋常じゃなく、当たれば間違いなく痛いじゃ済まないだろう。



……………………………………もちろん、それはただの猛者の場合の話だが。

ここに今立ち塞がっているのは、猛者の中の猛者であるクロをも超える

"猫又"、"大妖怪"と聞いてあまりピンと来ないかもしれないが、あくまで猫又の定義が生きた猫or猫の獣人なだけで。




センリの実年齢はとっくに




酒呑童子に並ぶ正真正銘の大妖怪なのだ。

ちなみに分かりやすく言うと、約千年前は平安時代の中期から後期にかけてくらい。

それだけの年数生きていれば、そりゃあ化け物みたいに強くもなる。





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