第110話 洞窟へ





「よし、そろそろ行くか〜。クロとイナリも待ってるだろうしね」

「んえぇ〜、もっと飲も〜よぉ〜。ボクまだ全然満足してないよ〜?」

「どうせ後でたらふく飲むだろうに…………。ほら、い〜く〜ぞ〜!」

「やぁ〜だぁ〜!」

「子供か!」



さすがにもうそろそろ酒場を出ないと、クロとイナリを待たせちゃう可能性がある。

ただでさえこっちの都合に付き合ってもらっているのに、さらに長時間待たせてしまっては申し訳なさすぎる。

なのでそろそろお会計をと立ち上がろうとしたが、べろんべろんに酔っ払ったシュカが俺の服の裾を掴んで離さない。


くっ、この…………!

典型的な面倒くさい酔っ払いタイプか!

何度かこっちからもグイグイ引っ張るが、ちっとも動ける気配がしない。

いや力強くないっすか?

幼児退行して絶賛泣き上戸じょうご中とは思えない怪力だ。



「マシロももっと飲もうよぉ〜」

「ちょ、まっ、服伸びるって!?」



………………………なんか、いっそもう懐かしくなってきたな。

前世でもこんな感じの先輩が会社にいたんだよね…………。

相手をするのが大変だったのなんのって。


だが俺もあの時とは違う!

このままじゃらちが明かないと判断した俺はとんでもなく馬鹿げたステータスに物言わせて、泣き叫ぶシュカを机から引き剥がして脇に抱え、そのまま問答無用でお会計を済ませ外に出た。

一歩間違えれば人攫ひとさらいかと思われてしまいそうな光景に、少なからず店主達もドン引きしていたのは言うまでもない。

まぁ気にしたら負けだ。








           ◇◆◇◆◇◆









その後、仲良く(?)ショッピングを楽しんでいたクロとイナリと合流し、予定通り例の洞穴向けてを進めていた。


そこに行くためには割と険しい山道を登らなくてはならず、加えてろくに整備もされていないため歩きにくさはピカイチだ。

これ大丈夫か?と思わず二度見してしまいそうなものが時々道に散乱してたりする。

例えば粉々に砕けた岩の残骸ざんがいとか。


これは果たして誰かが砕いたのか落石したものなのか…………。

落石だったら怖すぎる。

当たったらたまったもんじゃない。


しかも、ここには魔物も出ると来た。

少なくとも、"カディア"村周辺では滅多に見ないくらいの強さを持った魔物でわんさか溢れている。

少し道を外れただけでエンカウントするし、なんなら向こうから襲ってくるしで、倒すの自体は難しくないけどその度に時間が食われて非常に厄介だ。


こんだけ凶暴なのに、さっきの村には一切降りてかないんだから不思議だよなぁ……………。

酒場の店主いわく、プロストの原料である穀物の匂いに理由があるらしい。

という訳で、こんな物騒で危険な山道を登る人はそう多くない。

死者も年々絶えないのだとか。


しかし、そんな心配は俺達には無用だった。

もはやクロもイナリもお手の物。

襲ってくる魔物は片っ端からなぎ倒して、悠々ゆうゆうと山道を進む。


うむ、それにしてもやっぱりイナリはあの頃に比べて体力ついてきたね。

このくらいじゃまったく根を上げなくなった。




「─────────いやー、クロさん可愛かったですよ!ご主人様にも見て欲しかったですぅ…………」

「ん、一生の不覚。イナリの記憶は後で消す。物理的に」

「ちょ、やめてくださいよ!?」



と言うかむしろ、こんな風に思い出に浸る余裕さえあるくらいだ。


ちなみにこれは、途中に寄った村唯一の服屋でクロが着せ替え人形になった話らしい。

可愛い系からカッコイイ系まで、幅広い服を着せては脱がして着せては脱がしてされたとクロが死んだ目で語る。


ほうほう、それは俺も見たかったな……………。

クロは今もそうだが、いつも肌にピチッと吸い付くタイプの黒いやつにレザーの短パンとかなり質素な格好をしている。

しかも黒一色な分、相当地味だ。


もちろん俺も服は買ってあげたいし、可愛い服を着せてニマニマしたいのは山々なのだが、何度頼んでもクロに「これだけで大丈夫」と断られてしまっていたのだ。

ぬぅ、イナリめ羨ましい。



「うーむ、写真があれば見れたのに……………」

「しゃしん、ですか?」

「そ。なんて言ったらいいかな…………その瞬間を切り取って紙に保存する、みたいな?」

「ほえ〜」



あまりピンと来ていない様子で、ポケ〜っとした返事をするイナリ。

もちろんそのかたわら魔物を返り討ちにするのも忘れない。

たくましすぎんか?

あの頃の残念な姿はどこへ行ったのやら……………。



「残念じゃないイナリはイナリじゃない」

「激しく同意」

「そんなぁ!?─────────って、ぎゃん!?」



俺とクロのあんまりな言いように涙目になったイナリが抗議しようとした途端、空気を読んだかのようにひょっこり地面から突き出していた岩の破片に足を取られ、それはもう芸術的なまでにすってんころりんと転けた。

地面に強打したおでこからしゅ〜、と煙が上がっている。


いやー、ここまで鮮やかなフラグ回収は見た事ないわ!

これでこそイナリである。



「う、うぅぅ〜〜〜…………!」



羞恥で顔を真っ赤にしたイナリがモゾモゾと丸くなる。

へにゃりと垂れ下がった耳としっぽが実に可愛らしい。



二人でモフモフしながら励ました。




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