第108話 残念キツネのいる日常(2)






「ほら、イナリもおいで」

「!」



待ってました!、と言わんばかりにイナリの耳がピンッ!と張る。

今日も特訓を頑張ったご褒美として、イナリが満足するまでなでなでタイムだ。


餌を前にした犬のように、しっぽをめいいっぱいぶんぶん振りながら駆け寄ってきたイナリの頭や耳、しっぽを満遍まんべんなくたくさん撫でてやる。

ついでに顔を綺麗に洗うのも忘れずに。

ほとんど毎日同じような感じなので、この一連の流れにはもう慣れたものだ。


やっぱりイナリのしっぽはモフモフで気持ち良いなぁ………。

高級毛布なんて目じゃないぞ。

もちろんクロのケモ耳も実に素晴らしい。

二人とも肌触りが良すぎて実に甲乙付けがたい…………てか付けられる訳が無い。

ケモ耳っ子は皆、問答無用で正義なのだ。



「えへへ…………」と頬をゆるっゆるに緩め、座った俺に体を預けるイナリの可愛らしい顔を眺めていると、不意にイナリとクロの耳がピクピクッ!と揺れた。



「えっ!?」

「ん……!?」

「きゃう!?」



次の瞬間、シュン!と空間が揺らぎ、突如として空中に幼女が出現。

仰向けの状態でワープしてきた幼女は、そのボサボサの髪を風でたなびかせながらそのまま落下し、ちょうどよく俺の膝の上に収まった。

驚きのあまり誰も言葉が出ない。



「おおぅ、こんな所にちょうどいい枕が…………このまま二度寝を───────」



しかし、クロとイナリを押しのけてその座を奪ったニート王(自称)は、なんと全てを差し置いて流れるように寝る姿勢に。

さすがはお昼寝大魔神。

俺達の予想の斜め上を行くお昼寝への執着だ。


だが、せっかくなでもふされていたにも関わらず、さらっとそれを邪魔された二人は当然黙っていない訳で。



「ん、さっさとどく」

「シュカ様!こういう時くらい空気を読んでくださいよぉ!」

「ぐえ!?ちょ、タンマタンマ!服が伸びちゃうよ〜!?」



既にヨダレを垂らしながら膝の上で爆睡をかます幼女の服をグイグイ引っ張ったり、頬をみょんみょん容赦なく伸ばすクロとイナリに、さすがの幼女も悲鳴を上げた。


そう、イナリが言う通り、なんと突然転移して来たのは鬼人のクニの領主であり、日々副官のソウカの頭痛の種となっている超問題児。

"この人が領主なんだ"と言っても、誰しもが二度見してしまいそうなちみっこい容姿にグーダラな性格だが、これでも一応大妖怪の酒呑童子ことシュカなのである。


外だと言うのに相変わらずのパーカー姿で、言わずもがなズボンは履いておらず、健康的な素足をこれでもかと太陽の元にさらしている。


あーあー、こりゃ俺達以外に誰もここに居なくて良かったかもしれないな……………。

当然のごとく前が全開なのに頭痛がしてきた。

まったく、水着じゃないんだから……………。

これだけで普段どれだけソウカが苦労しているのかよく分かる。


…………………今日は赤色の下着っすか。

やれやれと肩をすくめながら、何とも言えない色のパーカーのジッパーを上げ、無蔵座に地面に放り投げられた髪もすくい上げて膝の上にかける。



「ったく、来るなら事前に教えてくれても良かったのに」

「いへへ…………。い、いや〜、ソーカちゃんが仕事しろしろうるさくてさ〜。やっと隙を見つけてさぼ──────じゃなくて、休みを取ったから急遽遊びに来たんだ〜」

「逃げて来たの間違いでしょそれ……………」

「そうとも言うね〜」



あっけらかんとそう言い放ったシュカに思わず頭を抱えてしまう。

それ、後で怒られるの俺なんだけど……………。

今頃"夜桜城"ではソウカがカンカンに怒って探し回ってるんだろうなぁ。


……………………………まぁ、サボってしまったものはしょうがない。



「確かに最近は働きっぱなしだったぽいしね。今日くらいはゆっくり休んでもバチは当たらないんじゃないの?しょうがないから、怒られる時は道連れになってあげるよ」

「お〜、それでこそマイベストフレンド・マシロだよ〜。やっぱりボクと結婚しない〜?」

「ダメ」

「ですです!いくらシュカ様と言えど、ご主人様は取っちゃダメですぅ!」

「おおぅ、ものすごく食い気味…………」




もう何度目か、本気か冗談かさえ分からないプロポーズに、今まで遠巻きに見ていたクロとイナリが黙っていなかった。

クロは俺の背中によじ登って頭の上に顎を乗せ、ずもも………と圧力をかけて、イナリはすぐさま右腕に抱きついて自分の存在を主張する。


ここ一ヶ月の間に、シュカはこんな感じで度々プロポーズしてくる事があった。

本人いわく俺のスローライフ願望と自分のグーダラライフの指針が一致していて、なおかつ気が合うからという、思ってた以上に割とまともな理由だったのだが。


例に漏れずこの気の抜けた姿でだら〜っと言われても、本気なのか冗談でからかってるのか、判断しずらいんだよね……………。

まぁたぶん冗談なんだろうけどさ。

きっとクロとイナリをからかって楽しんでいるに違いない。



「あ、そうだ。ちょうど良かった、実はシュカに会わせたい人が居てさ。今から連れて行っても大丈夫?」

「ん〜?ボクに会わせたい人〜?ソーカちゃんじゃなかったら全然おっけーだよ〜」

「あはは……………」



よっぽど仕事が辛かったらしい。

とりあえずそういう事なら大丈夫。

今から会いに行くのは、俺にシュカの事…………と言うか酒呑童子としての情報を教えてくれた人(?)だ。


また会いに来て欲しいってお願いされてたし、のシュカも一緒に連れて行ったら話も弾むだろう。



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