第四章 出会い リーン編

第107話 残念キツネのいる日常






「もらったぁ!ですぅ!」

「ん、甘い」



踊るようにぶつかり合う打撃と斬撃の合間に、隙を見いだしたイナリが思いきり一歩踏み込んで渾身の掌底を繰り出す。

タイミングはバッチリ。

ちょうど地面からほんの少し浮かんだ状態かつ、今まさに片腕を引き戻そうした矢先のクロは、防御する術も避ける術も封じ込まれてしまった。



これは決まる──────────。

イナリがそう確信した次の瞬間。


ほんの数センチ、突き出した掌底が当たる直前に、空中のクロの体が突如として俊敏に動き、伸びた腕を軽々と弾いて着地した。


ありえない、こんな反射速度──────!

まるでどこに攻撃が来るか分かっていたかのような行動に、イナリは体勢を崩しながら「しまった!」と歯を食いしばる。

誘われていたのだ。

わざと隙を作って、そこを攻撃させるように仕向けた。

攻撃が来る場所が分かっているのなら、それをさばくのはクロの実力があれば簡単だろう。


着地の勢いのまま体の前面をベタっと地面につけ、唯一残ったイナリの物理的な支えである右足を払う。



「えっ───────あべんぬ!?」



支えを失い、前傾姿勢で倒れかかったイナリの顔面に無蔵座に振ったクロの裏拳がクリーンヒット。

奇怪な悲鳴を上げながらごろんごろんと転げ回る。






さて、ここまで黙って見てきたが、説明するとこれは喧嘩とか一方的なイジメとかではなくて、二人が日常的に行っている立派な修業の一つだ。


なんでもイナリ自身が強くなりたいとクロに頼み込んだらしい。

クロはクロで何かの恨みを晴らすがごとく、ここ一ヶ月はほとんど毎日修業に付き合ってはイナリをボコボコにしている。

何だかんだで仲の良い二人である。



「くぅ〜…………、まだまだぁ!」

「ん、いくらでもこい」



へこたれずガバッ!と起き上がったイナリが、再びクロに向かって次々と技を繰り出す。

相変わらずすごいやる気だ。


さすが「ご主人様に頼られるような女になってみせますぅ!」と豪語していただけあって凄まじい気迫。

ちなみにクロいわく、イナリは着実に強くなっているらしい。


実力はもちろんの事、前はあった怯えなども次第に緩和しつつあるんだとか。

ちゃんと努力が身を結んでいるようでなによりだ。



「……………あっ、ご主人さ──────」

「隙あり」

「あぶふっ!?」



イナリがちらっと視界の端に俺を見つけ、まるで花が咲くかのようにぱぁ………!と頬を綻ばせる。

が、その隙にクロのアッパーが見事に炸裂し、空中で切り揉みして強制的に地面とちゅーする羽目に。


うぅむ、相変わらずの残念っぷり。

成長したかと思いきや根はほとんど変わっていないらしい。

まぁこの残念さがあってこそのイナリだが。


おしりを突き出した状態でビクンビクンするイナリを横目に、てくてくと歩いてきたクロが俺の腰に手を回し、ギュッと抱きついてきた。

そのまま撫でてやると、「んぅ〜」と気持ち良さそうな声で目を細める。

手が往復する度に耳がピクピク反応して非常に可愛らしい。



「うぅ………またクロさんに触ることも出来ませんでした…………」



無事に復活したは良いものの、今日の戦績をかえりみて土まみれになった顔面でしょんぼりと落ち込むイナリ。


今のところのイナリの目標はまずクロに一撃喰らわせる事だ。

いかにフィジカルモンスターと言えど、攻撃が当たらなかったり戦闘の基礎がなってなければ意味が無い。

そのため、実践の中で習得できるようにそんな目標を立てたのだが……………。



「ん、イナリがクロに攻撃を当てるなんて五年くらい早い」

「結構具体的な年数!?クロさんが辛辣ですぅ…………」

「でも、動き自体は良くなってる。その調子で頑張って」

「はいです!やっぱりクロさんは優しいですぅ!」



…………………………まさに飴と鞭。

イナリの手のひら返しもさる事ながら、最近ではクロが褒め言葉を使う事が多くなってきた。

単純にイナリの実力が上がって褒める点が増えたと言うのもそうだが、どうやら特訓に付き合う傍らイナリの扱いも覚えたらしい。

褒めると伸びやすく、かと言って褒めすぎると逆に調子に乗り始める。

そのラインを見極めるのも徐々に上手くなってきた気がする。





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