第89話 九尾変化
「むふふ、ご主人様のなでなで………!これは何がなんでも早く帰らなきゃですね!」
予想以上に期待に胸を膨らませたイナリが、我慢できずウキウキのテンションで次々と鬼人達を気絶させていく。
元気になったようで何よりだ。
………………時々、何を妄想したのか「でへへ………」、と表情を緩めたり赤くしたりしているのは若干気になるが。
一体何を想像してるんだか。
心なしか鬼人達もドン引きしているような…………。
とりあえず今はツッコまないでおこう。
「とうっ!」
イナリがおもむろに数人の鬼人を踏み台にして飛び上がった。
集めた大勢の鬼人の視線の先で、しっぽを丸めてくるりと一回転。
途端にぽんっ!と白煙が立ち込める。
「"
白煙の中から聞こえたそんな言葉からやや遅れて降ってきたのは─────────幼女だった。
まさかのロリっ子だった。
ロリイナリだ。
平安時代の庶民が着てそうな服装で、おカッパをちょっと伸ばした長さの髪型に、
さらには俺のお腹くらいしかないちみっこい身長に変化しているが、あの得意げなドヤ顔でこっちを見てるのは間違いなくイナリだ。
「どうです?驚きました?驚きましたよね!?」としつこく聞きたがっているのがよく分かる。
黙っててもあんなに主張が激しいのはイナリくらいだからね……………。
むふぅ〜!と満足気に鼻息を漏らしたロリっ子イナリは、改めて眼下の鬼人達に向き直る。
そして、まるで空中に足場があるかのような仕草で空に足をついて下降を止め、大きく息を吸うとそこで立ったままパンパンッ!と手を叩き始めた。
「お〜〜にさ〜んこ〜〜ちらっ!」
洞窟に幼いイナリの可愛らしい声が響き渡る。
すると、暴れていた鬼人達がピタリと動きを止め、続いて徐々にイナリの方に体の向きを変えた。
もう一度声をかけると、ドラゴンゾンビとワルーダを除く敵のほぼ全員が、上空で場違いな声を上げるイナリに視線を注いでいた。
おぉ、すごい効果だな…………。
にしても、まさかイナリが
妖力とは、酒呑童子や猫又、座敷童子など、この世界でも存在する妖怪達が扱う魔力のような力のことだ。
妖力は人間や亜人、魔族には発現せず、特殊な血統もしくは妖怪そのもの、またその妖怪の血を濃く受け継いだ家系など、本当に限られた存在しか扱うことが出来ないと言われている。
ちなみに風の噂によると、妖怪以外も数百年単位で生きれば使えるようになるとかならないとか……………。
まぁ少なくともイナリが数百歳ってことはありえないし、可能性としては前者のいずれかの方が現実的かな。
あの"
変化した途端、イナリから感じる気配がガラッと変わった。
変化後はいつもののほほんとした気配とは違い、昔会ったとある大妖怪と同じく妖怪特有の絶妙な気配がした。
こっちも含めて、今度色々聞いてみよう。
もしかしたら何か面白い話が聞けるかもしれない。
「はーいっ、時間切れ〜!私を捕まえられなかった人達はぁ、少しの間おねんねしててねぇ〜♡」
メスガキ…………だと……!?
なんだか今にも「さ〜こ♡ざ〜こ♡」と言いそうな声色だ。
散々「おーにさーんこーちらー!」と注目を集めては逃げ回っていたイナリが、ついに動きを止めて、眼下にわらわらと集まる鬼人達に向けてその言葉と共に手を振り落とした。
すると、圧倒的な広範囲に渡って重力魔法(?)が発生。
イナリに注目していた鬼人達が一切の容赦なく押しつぶされ、車に
もれなく全員が気絶。
まさに一網打尽とはこの事だ。
……………てか、そういう真剣な話は置いておいて、このイナリのメスガキムーブは何なんだ…………。
どうしたの?
口調どころかキャラごと百八十度真逆になっとるよ?
スタッ!と身軽に着地し、一人ふい〜っ、とやりきった感を出して額の汗を拭うフリをしているロリイナリを、微妙な表情で見つめる。
あれか、もしかしてイナリは形から入るタイプなのか?
本物の座敷童子がどうかは知らないけど、実際にああいうキャラだったのかな…………。
イナリがこちらに気が付き、小さな体を精一杯伸ばして愛くるしく手を振る。
ほっぺはしっとりもちもち。
ちっちゃなおててはまさに紅葉のよう。
あら可愛い。
「ごしゅじんさまぁ〜、子供イナリですよ〜!どうですぅ?かわいいでしょう〜!私との子供が欲しくなりましたかぁ〜!?」
「言ってる事が可愛さの欠けらもないんだよなぁ…………」
舌っ足らずな愛らしい子供の見た目でなんつー事言ってんだ。
せっかくほんわかした気分になってたってのに…………。
微笑ましさが「探さないでください」と置き手紙を残してどこかへ旅立ってしまった。
実際にこんな子供居たら嫌だ。
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