第90話 "鬼ごっこ"






「……………イナリ、主を困らせたらダメ」



ドラゴンゾンビを二体とも丸ごと氷漬けにして帰ってきたクロのド正論に、イナリが「うぐっ………!」と思わず口をつむぐ。

すかさず便乗。



「そうだそうだー」

「主と子供を作るのはクロが先」

「そうだそ──────ん?クロさん今なんて?」



聞き間違いじゃなければ、「子供を作るのはクロが先」って聞こえたんだけど?

隣で当たり前のようにやれやれと肩をすくめているクロをジト目で見つめる。

返ってきたのは"?"を頭の上に浮かべ首を傾げる仕草。

目が本気のそれ。


あ、これ冗談とかじゃなくてガチのヤツだ…………。

激しくデジャブを感じる。



「クロさんや、前も言ったけどクロが大人になるまで俺は─────────」



このままだと帰った後、すぐさま襲って来そうな勢いのクロを説得しようとこころみたつかの間。


突然バサッ!と大きな翼を羽ばたく音と共に、イナリを大きな影が覆った。

先程まで奥に鎮座していたラストのドラゴンゾンビだ。

サイズは小さいものの、秘められた力は他のドラゴンに比べて圧倒的に大きい。


ケモ耳をピコピコ動かして背後のドラゴンゾンビの存在にいち早く気が付いたイナリが、すぐさま横っ飛びしてその場から離れようとする。

しかし、さらに一足先に動き始めていたドラゴンゾンビの爪がピッ!とむき出しの二の腕をかすり、小さな切り傷を与えた。


お、やっと出てきたか。

コントみたいな会話のかたわらずっとワルーダがどう出るか様子を伺っていたが、どうやら案の定激昂げっこうして、奥の手のこのドラゴンゾンビを突撃させて来た。

ここまでコテンパンにやられたなら、せめて逃げるなりする方が賢明な判断だと思うけど……………。

もちろん逃がすつもりは無いが。



「イナリ、大丈夫?」

「え、エェハイダイジョウブデスヨ………」

「………なんでカタコト?」



切り傷と言っても薄皮一枚程度なので問題ないとは思うが、一応念の為イナリに声をかけると、あからさまに挙動不審な反応が返ってきた。

クロのツッコミにイナリの肩がビクリと震える。

…………………何か隠してるだろ絶対。

見ると、完全に目が泳いでるイナリの肌には冷や汗がびっしりだ。



「っ、まさか爪に毒かなんか付いてたのか………!?イナリ、そういうのは遠慮なく言って!別に鍛錬が足りないとか言ったりしないから──────!」

「主、たぶん違う。原因はあれ」

「ちょ、クロ待って!今は解毒が先………………………………………………ん〜、イナリ?」



毒を根性で我慢しているのかと勘違いした俺は、焦って解毒魔法をイナリにかけようとするが、寸前でクロに止められた。

そしてクロがジト目で指さした先を見て、たっぷり間を開けてからにっこり笑顔でイナリの方に向き直る。

スマイル全開だが、有無を言わさない迫力のある笑みだ(イナリ談)。


イナリがさらにビクッ!と震え、ダラダラと溢れる冷や汗の量は限界を知らない。

目がものすごく泳ぎまくってる。



「…………あれ、どゆこと?」

「………………………………えっとですね。座敷童子は子供の遊びを能力にしたみたいな感じでして、私がさっきまでやっていた"鬼ごっこ"も一つの能力なんです。私が逃げ切ると敵は一定時間行動不能に……………………捕まると、敵に強化魔法がかかってしまいます(ボソボソ)。いやでもいくら何でも、解除寸前にいきなり来るとは思わないじゃないですかぁ!これは不可抗力で」



「つまり?」



「さっきのが捕まった判定になってドラゴンゾンビの能力が底上げされちゃいましたぁ!ずみまぜぇん…………!!」



見事なジャンピング土下座である。

世界土下座選手権に出場したら間違いなく優勝できるであろうピシッとした綺麗な土下座だ。

本当にそんな大会があるかは知らんけど。


そう、先程クロに言われて向けた視線の先には、大量の強化魔法をかけられて巨大化し、今にも暴れだしそうなドラゴンゾンビの姿があった。

その大きさは今まで俺達が倒したやつらの比ではない。

明らかに自分の力を持て余していると思ったら、そういう事だったのか。


てかその能力、強いけどデメリットが大きすぎるだろ……………。

まぁそのデメリットを受け入れる事で効力を底上げしてるんだろうけどさ。



『ギャオオオオオオオオッッ!!!』



ついに、盛大な雄叫びを上げてドラゴンゾンビが暴れ始めた。

真っ先に狙われたのは当然目の前で土下座をしていたイナリだ。

危うく不名誉な姿でぺちゃんこになってしまう所だったが、寸前で逃げ出したイナリが悲鳴を上げながら俺達に助けを求める。



「ひょあぁぁぁっ!?ご、ご主人様ぁ!助けてくださいぃぃ!」

「ごめん、今クロを説得してるから………」

「そんなっ!?じゃ、じゃあクロさんは!?」

「今、主との子供の名前考えるので忙しい」

「それは後ででも良くないですか!?」



的確なツッコミを入れつつ、ひたすらドラゴンから逃げ回るイナリ。

まさに自業自得とはこの事。


しかしいくら能力が底上げされているからと言っても、イナリの敵では無い。

そこまでビビる必要もないのにな……………。


俺とクロは呆れ顔である。

何だかんだ言いつつもしっかり反撃はしてるし。

素のパワーが化け物じみているせいか、へっぴり腰なのにドラゴンゾンビを数秒動けなくする程の威力があるって言うね。

それもう、普通に戦ったら圧勝できるだろ……………。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る