第49話アイリスの変化





一度目を閉じて息を吸い込み、俺は来た道を戻って家に入る。


シーンと静まり返った廊下を歩いて、幾度となく開けた寝室のドアを開き、正面のベットに腰掛けた。

疲れきったノエルとクロは別室ですでに寝ている。

ノエルは最後まで眠気に抵抗してを見届けようとしていたが、三十分ほど前についに夢の世界に旅立ったそうだ。



宙を見つめ待つこと五分程。



再び寝室のドアがガチャッと開かれ、パジャマに着替えたアイリスが中に入ってきた。



「お、おまたせいたしました…………」



すでに顔が真っ赤だ。

声は上擦り、落ち着かない視線が部屋をきょろきょろと見回す。


さっきまでは何とか平静を保っていられたが、アイリスの顔を見てそれは一瞬で瓦解した。



「と、とりあえず、座ってよ」

「は、はい………」



お互いどこかぎこちない。

おずおずと俺の隣に座ったアイリスの耳は、落ち着かなそうにピクピクと動いていた。


改めて間近で見たアイリスの横顔はとても可愛くて、朱に染まった頬は少女を少しだけ大人に見せる。

ふと俺の視線に気がついたアイリスが、てれてれとはにかみながら、手持ち無沙汰な片手で恥ずかしそうに前髪をいじる。

何気ないその仕草が愛おしい。



「アイリス」

「っ、はい」



ふとした俺の呼びかけに、アイリスの肩がビクリと震える。



「俺はたぶん、アイリスの事が好きなんだと思う」

「たぶん、ですか……………?」



アイリスの表情が少し曇る。

ごめん、言い方が良くなかった。



「なんて言うか、自分でもよく分からないんだ。でも……………アイリスと居るとドキドキして、もっと一緒に居たくて………これ、きっとアイリスが好きってことで───────」

「ふふっ」



なんとか唸りながら複雑な気持ちを言葉にしていると、不意にアイリスが嬉しそうに微笑んだ。

そこに先程までの曇りは無く、むしろおかしそうな表情だ。

えっと、どうしたの…………?



「すみません。………ただ、私と同じだなって。私もマシロさんと………ご主人様と一緒に居るとドキドキします。私もご主人様が大好きですよ」



真横で並びながら吐露されたアイリスの想いに、頬が熱を帯びるのを感じた。

思わず横を向くと、突然唇が柔らかいもので塞がれる。

目の前には瞳を閉じたアイリスが。

驚きに目を見開くが、すぐに俺も瞳を閉じ、自然と抱擁を返す。



アイリスとキスをした。



長い長い口付けを終えどちらともなく密着した体を離すと、二人の間に艶かしい銀の糸が繋がった。

そのままの流れで、ゆっくりとアイリスを押し倒す。



「ご主人さまぁ…………優しく、してくださいね………?」

「っ、分かってるさ」



潤んだ瞳。

火傷しそうなくらい熱い吐息。

絡めた指から伝わる彼女の存在。

アイリスにそう返すが、正直に言うと俺はあまり余裕が無い。

パジャマをはだけさせたアイリスがエロ過ぎて、もうそれどころではないのだ。




その日、俺とアイリスは初めて交わった。



















「ん……んぅ…………」



窓から差し込む日差しを感じながら、俺はゆっくりと目を開く。

まだ頭がぼーっとしてる。


………………あー、そうだ。

昨日はアイリスと…………………。

段々と意識が覚醒していくにつれ、昨晩の出来事が頭の中をよぎって身悶える。

いい歳した大人のくせに、ああも簡単に理性を手放してしまうとは。


優しくするはずがすぐにオオカミさんになってしまったり、アイリスが実はオオカミさんだったり…………。

ここがマンションとかじゃなくて本当に良かったと思う。



「……んん…………」



不意に、ゴソゴソと隣で何かが動く気配を感じた。



「………あ、ご主人様……おはようございますぅ…………」



そこには、眠たそうに目を擦る裸のアイリスが寝転んでいた。

事後そのまま寝たからだろう。

シミ一つない裸体は惜しげも無く晒され、肩から零れた美しい金髪が陽の光を受けてキラキラと輝く。

ピッタリと寄り添った距離なため、アイリスがモゾモゾ動く度、ご自慢の双丘がもにゅもにゅと柔らかい感触を与えてくる。

朝っぱらから理性がゴリゴリ音を立てて削られていくが、それはひとまず置いておいて………。



「……………なんか、アイリスの髪伸びた?」



気のせいでなければ、全体的に数センチほど伸びている気がする。

前髪なんかは分かりやすく、鼻をかすめる毛先がくすぐったいのか気にしている様子。

魔力もそうだ。

アイリスから感じられる魔力が桁違いに大きくなっている。

これは……………魔女に昇華したってことでオーケイ?



「はい。昨晩、ご主人様からたくさん注いでいただいたので、無事に魔女に至る事ができました」

「そ、そっか。それは良かった」


にこりと微笑むアイリスから目を逸らしながらしどろもどろに答える。

表現のし方が実に生々しい。



「ですが、少し困ったことがありまして…………」

「ん?どうしたの?」



困ったように眉を八の字に曲げるアイリス。

もしや何か支障があったのだろうか。

俺は慌ててアイリスの手を取る。

しまった…………昨晩は俺としたことがハッスルし過ぎたからな。


首筋に手を当てたり、頬に手を添えて〈鑑定〉で観察したり。

くすぐったそうに微笑むアイリスにドキドキしつつ、色々と調べたのだが……………特に異常は見当たらなかった。

全くもって健康体。



「いえ、そういう事ではないです」

「じゃあ何が……………って、おお?」



どうも調子が悪いという訳では無いらしい。

まぁ、それなら良いが………。

ハテナマークを頭上に浮かべながらアイリスの方に振り返ると、突然起き上がったアイリスがガバッ!と俺に覆い被さる。

見下ろすその目は肉食獣かのごとく迫力を宿しており、嫌な予感がした俺は思わず頬を引き攣らせる。



「えっと、アイリスさん…………?」

「魔女に昇華したのは良いのですが……………これも、〈眷属化〉の影響でしょうか」



疑問を投げかけると共に、妙に艶かしい仕草でペロリと舌なめずりを一つ。

劣情に濡れた瞳が俺を捕えて離さない。

溢れ出すとてつもない色気にこっちまでクラクラしてきた。



「ご主人様を見ていると、愛おしくてたまりません………。食べちゃってもいいですか?いいですよねっ!」



「もう我慢できない!」とでも言いたげな笑顔に、瞬時に身の危険を感じて逃走を図るが、上から問答無用に押しつぶされて身動きが取れなくなってしまう。

抵抗しようにも、動けばダイレクトに立派な胸を当てているアイリスが「あんっ♡」と艶かしく喘ぐので、やむなく不動を貫くしかない。

なんて素晴らしい…………じゃなくて!



「あぁ………♡ご主人様の蕩けた表情、可愛すぎます♡」

「…………いや、分かったから、さすがに朝からはんむっ!?」

「んちゅ………ちぅ……ちゅぅ…………んっ、んちゅ…………ぷはぁ……」

「ぷはっ!?………はっ………はっ……………」



あぶねぇ………危うくキスで窒息死するところだった。

おはようのキスにしてはあまりにも長い長い。

長すぎて生命の危機を感じてきた。

頭が冴えてきたことで、「殿、出陣できます!」と反応し始めた愚息を心の中で殴りつける。



「さぁ、朝だなんて関係ありません。たくさん愛し合って…………誰よりも先に、子供を作っちゃいましょう♡」



「あっ、アーーーーーーッ!?」








妖しい光を灯した瞳に、蛇に睨まれたカエルのように動きを封じられた男は、そのまま為す術なく、金髪のオオカミさんに(性的に)食われてしまいましたとさ。










     ────────────────




・アイリスは《魔女の卵》から《魔女》に昇華した。

・アイリスは《エルフ》から《エロフ》に進化(?)した。






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