三章 出会い イナリ編

第50話 釣りを楽しむ主従






湖水に垂らした糸の先に漂うウキがピクピクッと震え、獲物がヒットした事を持ち主に知らせる。

俺は折りたたみ式の椅子に座ったまま竿を軽く引き上げた。

バシャバシャと水しぶきを上げながら水中から引きずり出されたのは、銀色の鱗が眩しく光るサンマのような魚。


名をフナマス。

フナとマスと言う川魚の中でも有名な名を二つ冠した、こっちの世界では馴染み深い淡水魚だ。

焼いても蒸しても何をしても美味しいかつ、割とどこの川にも生息しているオールマイティな魚なため、悩める主婦からの人気は全魚の中でもトップレベルらしい。


ちなみに俺はアイリスの作るフナマスグラタンが大好きです。

とろっとろのチーズと、ホクホクのフナマスが絶妙にマッチして美味しいのなんのって…………。


俺は早速釣れたフナマスを針から外して、すでに先客のいるバケツの中に入れる。

これで釣れたのは六匹目だ。

よしよし、今日は良い感じ。



「…………釣れない」

「あはは……クロは今日、全く当たりないねー」



難しい顔で水面を乱舞する光を眺めていたクロが竿を引き上げる。

糸の先端の針には付けていたはずの餌は無く、キラリと虚しく光を反射するのみ。

かれこれ二時間ほどはここで釣りをしているが、クロの方には一向に当たりが来ない。






アイリスとクロ、それにプラトス達がうちに来てから、三週間余りが過ぎ去った。

皆、ここでの生活には順調に慣れてきているようで、村人達とも良好な関係を築けているそうだ。


そんなある日、俺達は村の西側にある大きな湖に釣りに来ていた。

綺麗に澄んだ湖に豊富な魚の種類が売りのこの湖は元から有名で、"草原の剣聖"の相乗効果も合わさった今は、連日何人もの釣り人が集まるほど人気のスポットとなっている。

そのためだけにわざわざ遠くからやって来る人も居るくらいだ。


ここなら割と簡単に釣れると思ったんだけど…………。



「むぅ。手でやれば簡単に獲れる」

「それは他の人に迷惑がかかっちゃうからダメだからね?」



曰く熊のようにビュッ!、とやるらしいが…………。

たしかにクロだったらそっちの方が早そうだけども。

なんかそれをやらせると、この湖の魚全部取り尽くしそうで怖い。

クロは渋々もう一度針に餌を付け、湖に放り込む。



「釣れましたかな」

「ああ、いや。俺は釣れたんですけど、こっちの子が全く釣れなくて」



突然話しかけられたのでびっくりして振り返ると、そこには釣具を持った初老の男性が立っていた。

この人………さっきまで向かい側で釣りをしてた人だ。

年季の入った銀色の釣り竿を持ってる、ってことはもしかして。


見た目から漂うベテラン感よろしく、ほとんど毎日ここに通っている釣りの名人として、村の釣り人界隈で有名なゴードンさん………だっけ。


たしかこの前、村の酒場に行った時、そんな事を聞いたような聞いていないような。

曖昧な記憶なので頼りにならないが、面影もその時聞いた特徴に似ている。



「やっぱり釣れない…………」

「ははは、そんなに力んでいては釣れるものも釣れませんよ。釣りはこうして………ゆっくり待つものです」



また餌だけ取られた針を見て目を細くするクロに対して、ゴードンさんは笑いながらすい、と年季を感じさせる見事な動作で竿を振り、自身のイスを出してその場に腰を下ろす。



「いやぁ。失礼しました、名前も言わず。私はゴードンというものです」

「どうも。俺はマシロっていいます。こっちは………」

「クロ」

「マシロさんにクロさんですか。いやぁ、すみませんね。ここは若い子があんまり居ないものですから、つい話しかけてしまいました」



たしかにゴードンさんの言う通り、ここに集まる釣り人達は初老や大人が多い。

周りを見渡してみると、だいたい三対七でお年寄りの方がいっぱい居る。

そう言えば若い子はあんまり見た事ないなぁ…………まぁ俺も実際は若くないんだけどね。



「ここは実にいい湖ですよ。獲れる魚も活きがいい」



ゴードンさんがそう言ったと共に、垂らした糸の先のウキが勢いよく沈む。

間髪入れずゴードンさんの腕が動く。

かなり引きが大きい。


こりゃあ大物だな………。

悠然と竿を操り、タイミングを合わせたゴードンさんが一気に竿を引くと、水面から太陽光を反射して光り輝く大きな魚が飛び出した。



「はー、すごいですねぇ」

「いやぁ。こりゃ今日一の大物ですよ」



ゴードンさんは嬉しそうに針を外すと、俺達が使っているのよりも一回り大きなバケツに釣れた魚を入れる。

すごいな…………俺もこんな早く釣れないぞ。

さっきの見事な動作と言い、釣りの名人だと言うのは本当だったらしい。



「こんな風に、力を抜けばクロさんでも釣れると思いますよ」

「………やってみる」



ふんすっ、と息巻いたクロは再び餌を付けると、ヒュッ!と竿を振って糸を垂らす。

今度は水面を睨まず、ゆっくり待ちに徹している様子。

これなら意外とすぐに釣れそうだ。



「すみません、ありがとうございます……」

「いえいえ。釣り好きとしては、ぜひ楽しんで帰って欲しいですからな。これくらいどうって事はないですよ」



おおらかに笑うと、ゴードンさんも再び竿を振るう。



「時にマシロさん、この湖の噂は聞いた事がありますかな?」

「噂?」






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