第31話 いざ古城へ





「主、そっち行った」

「はいよー。よっと」


「ぐあっ!?」



バチバチとスパークする雷をダガーに纏わせ、クロが跳躍。

次の瞬間には姿が掻き消えたかと錯覚するほどの速度で移動し、すれ違った盗賊達を斬り伏せる。

まるで霹靂な一閃を彷彿とさせるかのような不規則かつ素早い動きは、盗賊達を翻弄しその小柄な姿を視認することさえ許さない。


盗賊達からすれば突然クロの姿が消えたり、向こうにいたと思ったらいつの間にか目の前に現れていたりと、あまりにも変則的な動きについていけないのだろう。

未だに何が起こった分からず、倒れていく仲間達を見て焦りと恐怖の声を漏らしている。


そのうちの一人が意を決して突っ込んできたが、腕を絡め取って一本背負いを喰らわせる。

強制的に肺から空気を吐き出させられた男は問答無用で気絶した。



ここは、古城の二階にある大広間と思われる広い空間。



中に入ってからずっと背後に付きまとっていた盗賊の男を倒したところ、こうして仲間がぞろぞろと現れて絶賛交戦中という訳だ。

最初は五十人を優に超える人数が居て息巻いていた盗賊側も、数分後には見る影もなく全員が地面に伏していた。



「く、くそ、なんでこんな奴らがここに…………」

「うるさい」

「ぐふっ!?」



一番軽傷だった男が腕をついて立ち上がろうとするが、その前にクロが適当に放り投げた石が頭に当たり、防具にヒビを入れてひっくり返って動かなくなった。

どうやら脳震盪のうしんとうを起こしたらしく、目を回して気絶していた。

扱いの雑さよ………。



「…………主、こっち」



そう言って手招きするクロを追って進むと、今度は窓から外の見える一本道に出た。

奥にはプラトスと思われる魔物が三体。



「あそこ曲がれば着く。魔王のところ」

「お、ついにか。ありがとねクロ、おかげでスムーズにここまで来れたよ」

「むふー。主に褒められた」

「あーもう可愛いなぁ、よしよし」

「んぅ〜♪」



ふんすふんすと自慢げに鼻息を漏らすクロ。

なでなですると、さっきまで無表情のドヤ顔だったクロがほんの少しだけニヤけたように見えた。

とにかく可愛いの一言に尽きる。


しかし、そんな癒しの時間はプラトス達の雄叫びによって一瞬で砕かれた。




『ギャオオオオオオッ!!』



そりゃそうか。

特に隠れもしていなかったので普通に見つかった。

やれやれ、どうやらゆっくりクロをなでなでする時間はくれないらしい。

ドスドスと重い足音がすぐに近づいてくる────────が。



「……………主のなでなで邪魔した。容赦しない」

「あ、あれ、もしかしてだけどクロさん、怒ってます………?」



ほんわかした雰囲気から一転、凍えるような絶対零度の瞳をプラトスに向けるクロ。

その異様な威圧感に敵意を剥き出しにしていたプラトスさえも思わず足を止めてしまう。


本能的に魔物を立ち止まらせるほどの殺気って………。



ジリジリと絶妙な間隔で機会を伺うようにこちらを睨みつけるプラトスと、無表情のクロの間で膠着状態こうちゃくじょうたいが続く。

それを破るようにクロがスッ、と一歩前に出ると、プラトス達がビクッと震えて一歩後ずさった。



スッ。ビクッ。


ススッ。ビクビクッ。



……………………………………………………………。




「逃げるな」


『ギャオオオッ!?』



いきなりクロが走り出した。

プラトス達もビクッ!と身体を揺らし、一瞬遅れてから一目散に逃げ惑う。


プラトスとクロの一方的に命のかかった追いかけっこが始まった。



追いつかれれば一瞬で斬り伏せられると本能で理解しているのか、プラトス達の逃げる速度と連携が尋常じゃない。

おかしいな、今まで見たどのプラトスよりも速い気がする。



『ギャ、ギャオオ、ギャオギャオ!』

『ギャオオ、ギャオ!』


「遅い」


『ギャオオオッ!?』



自分達の足に相当自信があったらしく、もう振り切っただろうと後ろを見たプラトス達が、平気で真後ろに着いてきているクロを見て悲鳴じみた叫び声を上げる。

気のせいか泣いているようにさえ見える。


なんだろう……………むしろプラトス達が可哀想になってきた。



「こんな所で死んでたまるかぁ!」と必死の形相で逃げ回るプラトス達と、それを無表情で追いかけるクロというシュールな光景が今、目の前で起きている。

謎に人間味のある仕草が余計にシュールさを加速させていた。


…………ていうか、こんなに騒いでて大丈夫なのだろうか。

その様子を苦笑いしながら見ていて、俺はふと三十分ほど前に外で冒険者の男と話していたことを思い出した。









「"紅魔こうまの魔王"って、あの?」

「そうだよ!分かったろ、本当にまずいんだ!」



俺は約束通りクロの耳をもふもふしながら、男が指さした古城に視線を向ける。

感じるのは相変わらずの不気味な気配。


試しに魔眼を使って見てみると、驚いた事に城全体から血色のオーラがゆらゆらとにじみ出ていた。

これも紅魔の魔王の仕業だろう。



そもそも魔王とは、あらゆる種族がとある条件を満たすことによって魔王種に昇華した姿のことを指す。

いわゆる魔族のトップが得る称号のようなものとはちょっと違うのだ。


つまりはその人数に上限は無く、魔王種に昇華した者は皆そう呼ばれる。

世界中に何体もの魔王がいるわけだ。


そこに至る条件はいまだ明らかではないものの、全ての魔王が総じて災害級以上の危険度を誇っている事から、魔王に成るにはある程度の強さが必須なのではないかと言われている。



もちろん世の中の魔王が悪いやつだけとは限らない。



魔王として自分の種族の国を守護したり、人里離れた場所で悠々自適ゆうゆうじてきに暮らしている魔王も居たりする。


しかし、当然ながら悪い魔王も存在する。


その力を使って国を独裁、横暴な絶対王政を敷いたり、暇潰しの遊びで国を滅ぼすなんていうとんでもないやからもいるらしい。


で、この男があそこに住み着いたって言ってる"紅魔の魔王"はそのとんでもない輩筆頭。



魔王は通常、それぞれの能力や特有のスキルにちなんだ二つ名が付けられるのだが、この魔王だけは国を滅ぼしまくった結果、大量に浴びた返り血で紅に染まった事から"紅の悪魔"…………"紅魔の魔王"と呼ばれるようになったのだ。


しかもこの魔王、数百年前から存在する魔王でありながら、未だに誰も能力を使ったところを見たことがないんだとか。

そのため実力は未知数だが、実害だけで言えば天災級と言っても過言ではない。



「俺はこれから王都のギルドに行って、SSランク以上の冒険者を緊急要請するように頼んでくる。あんた達もそれ以上近づくなよ!」

「あっ、おい………!」



ここにXランクの冒険者いるんですけど………。

声をかけようとした時にはもう遅い。



「…………行っちゃった」



引き止める前に男はスタコラサッサと王都の方向に走っていってしまった。


まぁ行ってしまったのならしょうがない。

俺達はこのまま予定通り古城の中に入るとしよう。

ふっふっふっ、コカトリス討伐のついでに魔王も倒したら、きっと討伐報酬でたんまりお金が貰えるに違いない。

これで一気に目標金額に近づくぞ!




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