第27話 マシロの決意






「ダグラスさん、ちょっといいかな」


「ええ。…………アイリスはノエル様のおもてなしを頼みます」

「承知致しました」



ノエルと一緒に入口前に戻ると、すっかり元に戻ったアイリスとダグラスさんが待っていた。


先程の話の続きをしようとダグラスさんに話しかけると、気を利かせてかノエルとアイリスを離れた向こう側へと誘導してくれた。



「どうでしょう、ご決心いただけましたか?」

「ああ。俺はアイリスを買うよ」



俺はダグラスさんの提案を承諾しょうだくするむねを伝えた。

それは良かった、とにこりと微笑んだダグラスさんは、また鈴を鳴らして女性を呼び、持ってきた紙にペンで何か書きこむ。



「こちらが、私ができるだけお値引した値段になります。これ以上差し引くと他の商会やお客様からクレームが来てしまいますので、申し訳ありませんが、これが限界となっております」



渡された紙切れを受け取り、その金額の高さに思わず二度見してしまう。

しかもこれで半額って言うんだから恐ろしい。


……………いや、人間一人買うんだからな。



人の命をこの金額だと聞いて安いと見るか高いと見るか。

そう考えると、俺としては安いくらいだと思う。


金額だけ見れば高く見えるだろうが、これでアイリスの人生を買えるんだとしたら安すぎる。



まぁ、今の俺のポケットマネーで買えるかは別ですけどね!

当たり前だけど、今持っているお金だけでは全然足りない。

かと言って俺のわがままで家のお金に手をつけるのはさすがに……………今からクエストをこなしてお金を工面するしかない。


幸いなことにダグラスさんの善意で、お金を用意するまで一週間の猶予をいただいた。

今回は特別とのことだ。


普通ならこう言ったサービスは行っていないのだが、事情が事情なのでダグラスさんとしては何とかして俺に買って欲しい。

が、かと言って他のお客さんを蔑ろにすることは許されない。

金額と同じで、譲歩に譲歩を重ねてくれたそう。


このまでやってもらっておいて、いざ当日になったらお金が間に合いませんでした、じゃあダグラスさんに申し訳なさすぎる………。



「では、お待ちしております」













夜。

ダグラス商館での交渉の後、早速いくつかのクエストをこなした俺とノエルは、日が暮れると共に王都でも有名なとある宿屋に赴き、その一室で過ごしていた。

そこそこの広さの部屋にベットが一つと、円型の机や椅子など最低限の家具が並ぶ。


電球なんてハイテクなものが存在しないこの世界では、夜になるとランタンや燭台が唯一の光源。

ベットの横の台に設置されたランタンの光が部屋を淡く照らす。



「今日の収入がこんくらい。で、元からあった金額を足すと……………ふむ。数日あれば間に合いそうだな」



ベットの端に腰掛けながら紙に書かれた数字を眺め、とりあえずは一安心。

今日は昼過ぎからしか稼げなかったのを考えても、あと数日同じことを繰り返していれば十分に溜まり得るだろう。

ランクX様々だ。

と言うのも冒険者ランクXにはいくつかの特権があるのだが、その内の一つが"クエストの複数受注"。


通常、クエストを受ける場合には一度につき一つしか受けられず、それの解決報告をしない限り次のクエストを受けることは出来ない。

いくつも同時に受けて、結局やらないで放置されては冒険者ギルド側も依頼者側も大迷惑。

ギルドの信用にも関わるので絶対に禁止とされている。


しかし、それを許されたのがランクX。

特権を与えるだけの価値があるとギルドが踏んでの判断らしい。

もちろん例外もあってランクXの一部変人は無効にされたり、逆にSSランクでも世間やギルドからの信頼度がカンストしているがために特例で許可を貰っていたり…………まぁ色々ある。


効率的にお金を稼ぐにはクエストの同時受注って必須だもんなぁ………。

同じ場所のクエストなのに、いちいち近くのギルドまで戻ってたら効率が悪すぎるしめんどくさい。



「…………ん。マシロ、終わったか?」

「うん。ごめんね、退屈だったでしょ」

「うむ!だから代わりにいっぱい構うのだ!」



ずっと考えを巡らせる俺に寄りかかって暇そうにしていたノエルが、終わったのを見計らって腕を抱き込み、こてんと頭を預けてきた。

さらさらの銀髪を撫でると頬がだらしなく緩む。


どちらともなく啄むような口付けを一つ。

そのまま恍惚とした表情のノエルに押し倒される。


普段の幼げな言動とは打って代わり、溢れ出る妖艶な気配は大人顔負け。

どれだけ経っても俺の心臓をドキリとさせる。



不意に、ペロリと蠱惑的な瞳で舌なめずりをするノエルと、目を離せずにいる俺との距離が縮まる。

それは必然で────────。

二度目のキスは、何かに呑まれ貪るようなものだった。









        ◇◆◇◆◇◆




翌朝。



「昨夜はお楽しみでしたね!」とニヤニヤした女将さんに見送られて冒険者ギルドにやって来た。

どうやら思っていた以上に音漏れしていたらしく、隣に泊まっていた冒険者パーティ(男四人)からは血涙と共に「末永く幸せになりやがれください……!!」とのお言葉をちょうだいした。


どうやら宿屋に入った時に俺達を見かけていたらしく、ノエルの美貌に見蕩れてはしゃいでいた矢先の出来事だったそうで………。

ちょっと罪悪感。



話を戻そう。


王都の冒険者ギルドは第2区にある。

カディア村のとは比べ物にならないくらい大きな王都のギルドは酒場が隣接していて、冒険者もそうじゃない人も昼夜問わず人が入り乱れる第二区の中心的建物だ。


ちなみにギルドに来たのは俺だけ。

ノエルはまだ寝てます。


とにかく朝に弱いからなぁ…………。

宿を出る前に声をかけたけど、あの感じは起きるまで相当時間がかかると見た。

「行ってらっしゃいのキスだけは………!」と根性でそれだけするとすぐにまた寝てしまった。

可愛くないかうちの嫁。




……………とまぁ惚気は一旦置いておいて。

気を取り直し、ここでもこれだけは同じらしいウエスタンドアからギルドに入る。

酒場を避けてクエストが掲示されている看板を探すと、受け付けの横にそれっぽいのがあった。


どうやら今日はかなり混んでいる様子。

朝だと言うのに数十人の冒険者が看板の前に集まっている。


何かあったのかな…………?

不思議に思いながら、俺もクエストを探すべく看板を覗きに行く。


しかし、近づいてみて気づいた。

皆ガタイが良すぎて、低身長の俺だと集団の最後尾から前が見えないのだ。


俺は渾身のボディブローを喰らったかのごとく打ちひしがれた。

くっ、こんな身長で成長が止まってしまった自分の体が憎い!

まさかこんな所で不老不死の弊害が出てくるとは。


急に身長が二十センチくらい伸びたりしないかな…………。



「お、どうした坊主。そんな微妙な顔で宙を見つめて」

「いやぁ………掲示板見えないなぁって」

「だっはっはっ!そりゃあ坊主の身長じゃあこっからは見えねぇよなぁ!」



分かってはいたが改めて突きつけられた非情な現実に項垂うなだれていると、ふと近くで集団の奥に目をやっていた大男が声をかけてきた。

くそぅ、自分が見えるからって良い気になりやがって!

恨めしそうに大男を見上げる。



「そんなに気にすんな!最初は誰でもチビなもんだ、いずれ坊主も大きくなれる」

「今、絶賛縮んでるんだけど」



豪快に笑いながら馬鹿力で頭をバシバシ叩いてくる大男。

おかげで地面にめり込んでもっと小さくなりそうなんですが…………。


てかチビって言うなや!


150センチ近くあればギリギリチビじゃないでしょ!

…………………え?もしかして150でもだめだったりする?



「ま、冗談はさて置いてだ。ほれ、どうだ、これで見えるだろ?」

「若干子供扱いは気になるけど確かに見えた…………。ありがとう」

「なぁに、良いってことよ!ちびっ子を助けるのも俺達の役目だからな!」

「誰がちびっ子だ、誰が」



俺の脇を支えて持ち上げ、右肩の上に座らせてくれた。

まったく…………もう完全に子供扱いだ。

そしてそれを強く否定できない自分の身長の低さが恨めしい。



とにかく、この顔面の割に気のいい冒険者の男のおかげで奥の掲示板を見ることが出来た。

そこだけは感謝しなければ。


視界を遮るものが無くなったので、早速奥の掲示板に視線を向ける。


え〜っと………シルバーウルフの討伐にゴールドゴーレムの討伐、ダンジョン探索、素材採集…………色んなのがあるけど、どれも昨日やった文書を運ぶクエスト以下の報酬だ。

まぁ当たり前だろう。

むしろ文書運ぶだけであの報酬の方がおかしいし怪しい。


…………今思うと、目的は文書じゃなくて俺を呼ぶことだったのかもな。



「どうだ坊主、何か良いクエストはあったか?」

「うんにゃ、今のところはイマイチかな。唯一ゴールドゴーレムの討伐が気になるけど。あれってたしかゴーレムの破片も売れたよね」


「ああ。全身を持って帰れれば結構な値段になったはずだな。だけどあいつは強いぞ?坊主は見たとこ一人みてぇだが、大丈夫なのか?」

「んまぁそれは大丈夫。俺、たぶんあんたが思ってるより強いからさ」


「だっはっはっ!やっぱり威勢のいいガキだな、坊主は!」



またもや大男は豪快な笑いで肩を揺らす。

いや、冗談ではないんだけど…………まぁいっか。


なんかこの人には何を言っても信じてもらえない気がするので、俺もそこで何も言わなかった。



「…………ん?お、コカトリス討伐クエストってのが結構いい報酬だな。え〜、なになに?"王都の近くにある古城に魔鳥コカトリスが住み着いてしまいました。危険を承知の上ですが、至急討伐をお願いします。"…………よし、これにしよう」



「おいまて坊主、それだけはやめておけ」






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