第8話

そこから家に帰って夏休みが明けるまで、どう過ごしていたのかあまり覚えていない。

宿題だけはちゃんとやった。宿題を早く終わらせたと乃愛に言ったら、きっと褒めてくれると思ったから。


それ以外は、ただぼーっとしていたような気がする。

現実の世界で生きるのが、なんとなくつらかった。


夏休みの終わりの方にクラスメイトに誘われて夏祭りに出かけたけど、ここに乃愛と来られたらってことばかり考えていて、乃愛に爛れた夏を送っていた。



いよいよ夏休みが明けて、二学期が始まる。

私はいつものように予鈴の時間の一時間前に教室に着いて、廊下にあった机を全て元に戻して、一番後ろの席でただぼーっとしていた。床が綺麗になっている以外は特に代わり映えのない教室だった。



しかしこの日、私の幸せは、穏やかな日常は、崩壊する。

乃愛はいつも予鈴の十五分前には来ているのに、そわそわしながら待っても乃愛は教室の前に現れなかった。


風邪で休んでいるのかもしれない。親戚の家に行くと言っていたからまだ帰ってきていないのかもしれない。


必死に心を落ち着かせるための呪文を唱えていたが、先生から乃愛は転校したと聞かされたとき、私の努力は無駄になった。世界が凍る。



どうして? どうして? どうして?



もうそれしか考えられなかった。

私にとっては、死も同然なのだ。到底受け容れられない。

教室では平然を装う。家に帰って自分の部屋に入った瞬間からは、涙が溢れて止まらなかった。罪の意識が頬をつたいながら、ただただどうにもならないことをひたすら考え続けた。



翌日、泣き腫らした目を誤魔化すために、たまたま部屋にあった伊達眼鏡をかけて、予鈴の時間ギリギリに登校する。

教室にあった乃愛の席は、唯一の彼女がここにいた証は、なくなった。


冬休みまでの二学期は、ろくにクラスメイトとも関わることなく過ぎた。

眼鏡もしばらく外すことができなかった。

外してしまったら、本当に乃愛がいなくなってしまうと思ったから。

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