台風御輿
北緒りお
台風御輿
2022-08-07 台風御輿
御輿は宙を舞い、投げられた先にある屋台に担ぎ棒が刺さるように飛んでいき、すっかり形を失っている。崩れた屋台の山にある大きな部材は勢いづいた男たちによって運河に投げ込まれる。
担ぎ手達はまだ担げる御輿を担ぎ上げ、大きく上下に揺さぶるように担いでは気勢を上げている。
台風が直撃し、まるで壊れた水道から吹き出しているような雨が降り、すべてを吹き飛ばそうとするかのような大風が通りを吹き抜け、担ぎ手で混ざっている俺の体も風に持って行かれそうになりながらも、御輿を担ぎ進んでいく。
* * *
この街道沿いの街を知ったのは数年前のことだった。運河を通じて荷が集まり、分配され運ばれていく。逆に陸から集まってきた荷が運河でさらに遠方に送るため載せ替えられる。物が集まりそれを捌(さば)く人も集まり、仕事が終われば呑んで食べてとしているわけだから昼夜問わずに活気がある。
俺の仕事は単調なもので、商品見本をもって全国を渡り歩き、得意先の不足分や追加分の注文を取っては、次の街へと渡り歩いていくのだった。お盆の時期に遠方にいると少しばかりの手当を付けてもらえ、休みであるが宿代などはもってもらえた。それをいいことにその時期になると遠くにいるような旅程を組み仕事をするのようにしていたのだった。
この祭りのことはだいぶ前から聞いていて、もしかしたら遭遇できるかもしれないとこの周辺の街で仕事を口実とした連泊ができるようにしたのだった。
それが幸いして、この血気と熱気と勢いだけでできた祭りの頭から最後まで見届けることができた。
泊まっている宿屋のおやじはすっかりラジオに入れ込んでしまい、朝からJOAKの声を聞かないと気が済まないのだという。いっぱしのラジオ技師気取りでアンテナを自作し、大きさや向きなんかも計算し尽くしたという。そのおかげでここら一帯で一番きれいに電波を拾えるのだという。
その頑張りのおこぼれで、俺は天気予報を朝から聞くことができ、鹿児島の先で産声をあげた台風がよちよちと日本列島を這ってくる様子を思い浮かべながら毎日の仕事をしていた。
仕事から戻ってはラジオに耳を傾け、天気予報を聞いてはおやじがアンテナをたてた際の苦労話を聞き、それをつまみに酒を飲んでいた。
天気予報を聞きながら新聞を横目に店主と話しをする中で、俺が何ともなしに発した「台風早くこねぇかな」の声に店主が反応し「もうしばらく泊まるんだったら台風御輿って祭りがあるぞ。祭りの面々の集まりが近くにあるが見てみるか?」と言ってくれる。
ねらって言ったわけではないが、ありがたいとばかりにお願いをした。
翌日の夕方、宿に戻るとすぐにおやじにつかまり「今日これから寄り合い大丈夫か?」と声をかけられる。商人宿の店主らしくぶっきらぼうな話し方だが、やるべきことをやってくれるのが頼もしい。ぜひとも、と返事をし、場所を教えてもらった。
道すがりの酒屋で一升瓶を買い求め、それを片手に寄り合いの場所へと向かう。
寄り合いと言っても、もっともらしい会場があるわけでもなく、酔狂ごとに場所を貸そうという炭問屋の倉庫の隅を使っているのだった。まるで居候が転がり込むかのように御輿や祭り用にこさえる屋台なんかが並び、準備をしている男衆が出入りしている。
御輿は風で煽られても吹き飛ばず、男衆が担いで練り歩くのに耐えられるが、軽い方が雨の中だとありがたいという、相反する求めに応えなければならない。
そのためなのか、それともおもしろがってなのか、御輿は作り途中であろうがことあるごとに大通りに出ては、担ぐ練習をしてみたり、そうかと思うと、御輿に細工をするために、大工の手伝いをしてみたりと、台風がここにくるまでの限られた時間で用意を進めるのだった。
その中に見学賃代わりの酒を片手に入っていく。
じゃまにならないようにと端の方で静かにし、作業する様子るを眺める。
30人ぐらいいるだろうか、それぞれが勝手に動いているようで統率がとれていて、御輿と屋台の準備が進んでいくのだった。
しばらく眺めていたが、ここの皆は本業はどうしているのだろうと思うぐらいに熱心に細工をしている。
深い時間になるまで野次馬をし、酒を振る舞ったり一緒に呑んだりして気に入られ。たわいのない話しを延々としているのだった。
翌朝。
今日と明日は盆の休み扱いになっている。
台風が来るという予報だが、朝起きて窓から見え上げた空は晴天で、雲が少し早く流れているように見えるだけだった。
朝の予報では台風の威力は衰えず勢力を保ったまま向かってくるのだという。ニュースではその台風が通りすぎが後が読み上げられ、数件の家屋が倒壊した、との話題が出ていた。
用意してもらった朝食を平らげ、外に出る。
風が出てきた。生ぬるいのかそれとも雨を運んでくる風が湿り気を運んでるからなのか、まとわりつくような風が体を舐めていく。
件の倉庫に顔を出してみると、昨日帰りがけにみた人数よりもさらに増えていた。午前中だからだろうか、参加するものの女房衆も、なかば渋々といったのもあるが、手伝いにでていて、飲み物や握り飯を振る舞ったりしている。俺みたいに野次馬できているものは、年寄りや仕事の間を縫って見物にくるものが取り巻きのように眺めている。
昨日と同じように持って行った酒を女房衆、といっても五人ぐらいだが、そのまとめ役っぽいのに手渡しながら、話を聞く。
年の頃ならば、三十すぎぐらいだろうか。日本髪が湿気で重くなっているのか、少しぐらついているように見えるが、気の強そうな顔立ちと相反する印象で、かえって話しかけやすそうな気になった。
女は半ば冗談混じりのグチで、こんなのにばっかり夢中になって、家のことをやんないんだからとこぼしていた。家の方は、昨日の夜とこの朝に板戸を止めたり水回りをきれいにしたりと、やるべきことはやっているとのことだ。それであまり寝ずにここで作業しているのだから、少しは食わせてやらないと、というのが手伝っている口実のようだ。
御輿も屋台も組み上がっていて、台風がやってくるのを待っている。
倉庫に持ち込まれたラジオからは台風の速報がひっきりなしに入り、浜松をすぎたという。男衆の中にいた一人がぶつぶつと、あとどれぐらでこのあたりに来るのかはじき出そうとしている、名古屋から浜松まで距離と台風が動いた時間を勘案して、ここに来るのがいつぐらいかを暗算していた。
「たぶん、夜中の二時ぐらいだ」
と、計算結果の一声があると、男衆は気勢の声を上げる。
それまでに御輿と屋台、それにそのそれぞれに仕込む細工を終わらせなければならない。
夜ぐらいから風が強くなるだろうという読みをしている。
ついさっきまでの作業中の小休憩のような空気が、急に祭りの前の盛り上がりに変わった。近くにいた一人に声をかけ、どんな流れになるのかを聞いてみる。台風の目に入ったときにすべてが終わっているよう、その時間までに御輿を運河に放り込むのだという。
その流れで時間を逆になぞると、夜中の十二時ぐらいに御輿を出す、と言っていた。
時間の見積もりができたからなのか、俺が持ち込んだ何本かの酒を見つけて飲み始めるものがいた。
その中で一段と声が大きいのが御輿のまとめ役らしく、あちらこちらに指示を出すような声かけをしていた。それが湯飲みの注いだのをぐっと一息で飲み干すと、ずいぶん気の利いたもんがあるじゃねぇかと女衆に声をかけていた。声をかけられた一人が、あの人のが差し入れで持ってきてくれた、と俺の方を指したらしい。
男は酒瓶と湯飲みを片手に、俺のところにきて勢いよく言う。「ありがとうよ、あんたどこからきたんだい?」詳しく説明するのもまどろっこしかったので「商いの旅で、盆の休みをここで遊んでる」とだけ言ったところで、大げさな笑顔になり、肩を組まれ、愉快そうに「それなら一緒に担いでみるのはどうだ?」と、見物だけでなく一緒に参加することを誘われた。
熱気の固まりのような奴から出される誘いを断るのも無粋だが、なにがあるやらわからない勢いだけの祭りに参加する警戒心と、それはさておき夜中の神輿を遠くから見物してもなにが起きているのかわからない、という考えが頭の中に渦巻き、誘いに乗るか乗らないかの天秤がおおきく揺れていた。
男からぼそっと言われた一言で、天秤は大きく音を立てて傾いた。
「一年の憂さをぶっ飛ばすのにいいぜぇ」
なんという魅力的な口説き言葉なんだろう、毎日の仕事の中、まるで背中に定規をあてがわれてるかのように規律正しく働き、寝る瞬間のひとときだけ背筋が柔らかくなり人間に戻ったような気がするが、ほどなく眠りに落ちてしまい、気付けば翌日の朝となっている。こうやってぶらぶらと遊んで発散しているようで、なにも変化らしい事をしてなかったのを、全部吹き飛ばそう言う言葉だった。
「細かいことは宿のおやじにでも聞けばいい」と、夜にまた合流する約束をした。
宿に戻り、その話をする。それを聞いた店主はやたらと乗り気になり、夜に備えて昼寝をしておけという。少しだけだが呑まされたのもあり心地よいのもあるが、祭りのことを考えると眠りたくない気持ちもある。冷静に寝ておいた方がよいという考えうかび、少しだけと布団に横になり、そのまましばらく寝てしまっていた。
夕方にはまだ早い時間、宿屋のおやじに風呂に入っておけと起こされる。
風呂から出てくるまでに食事と祭りの用意をしておくから、こんな祭りでも祭りは祭りだから身を清めとけと念を押され、寝ぼけたまま風呂に入った。烏(カラス)の行水みたいなもんだったが、なにやら新鮮な気持ちになって部屋に戻ると握り飯と香の物、それに魚の切り身を焼いたのが膳の上に置いてあり、衣紋かけには新しいふんどしと草履がぶら下がっていた。
ふんどしはどうしたものかと思ったが、それはそれとして、風呂に入って腹が減っていたのもあり、先に握り飯を食べ始めると、茶を持ったおやじが入ってくる。祭りの時はふんどしと草履だけでいくのが正装なのだという。そうしないと台風の雨風の中では動けないのだと言われ、半信半疑ではあったが、いまさらと毒を皿まで食らおうと腹を決め、言われるままに動くことにした。
日が傾き始めた頃、そろそろ行こうと言われる。
言われるのはいいが、おやじもふんどし姿で迎えにきたのだった。
「客が出るのに俺が出ないわけには行かない」と意味のわからない理屈だ。店主と客という関係でも顔を知っている者のふんどし姿は、やんありとあった祭りへの盛り上がりに水を差すのには十分だった。
なんとも複雑な気持ちになったので、勢いづけに冷や酒を一杯もらい、表にでる。
風が強くなりはじめ、暗くなるのにはまだ早い時間であったがあたりは薄暗くなっていた。昨日の同じ時間には家路に急ぐ人の影が結構あったのだが、これから台風が来るという時に往来をほっつき歩いている奴はさすがにいない。いるのは俺や宿のおやじと同じようにふんどし一丁の者だけだ。
倉の前には神輿が出されている。一緒に用意されていた屋台は、神輿が練り歩いていく先に待機させているのだという。
いよいよ台風の気配がすぐそばに感じられるような強い風が一つ駆け抜ける。まるでそれを待っていたかのように威勢のいい雄叫びがあがる。いよいよ神輿が始まるのだった。
宿のおやじに促されるまま、担ぎ手の中に紛れ込む。
担ぎ始めていくらもしないうちに、雨が強くなり、風はというとさらに強くなってくる。大粒の雨が風に勢いつけられ体中どころか耳の中や足の裏までたたきつけてくる。かけ声を出す口の中にも雨粒、雨と言うよりは節分の豆を思わせるぐらいの水の粒が入ってきていた。
宿のおやじが言うように、なにか着ていたのでは水浴びをしたみたいになった体に濡れた服がまとわりついて動きづらくなる。
なま暖かい風だが、全身が濡れてそれで風がふきつけてくるのだから少しは冷えても良さそうだが、逆に暑くなってきていた。体にあたる雨風が心地よいぐらいになっている。
風がますます強くなり、担いでいる神輿が風で煽られるようになってきた頃、はじめの屋台が見えてきた。
前に聞いた話ではこの屋台というのはこの祭りが始まった頃はなかったらしいが、おもしろいからとの理由だけで出されるようになったのだという。
屋台の上にはいくらかの団子と酒瓶、それに湯飲みが置いてあった。すっかり雨風を浴びてしまい、団子の餡が流れてしまっているが、団子が形をとどめているおかげで食べる気になれば食べられる見た目であった。なによりも酒が置いてある。酒と団子を一緒に出すのもどうかと思ったが、雨に当たっても大丈夫なものでのこった選択肢と聞いた。
神輿は屋台に近い付いていくと、屋台の番をしていた者はやっと解放されたと担ぎ手に混ざる。神輿は屋台の隣で足踏みをするように動きを止めるが、担ぎ手で余力になっている者は屋台に群がり、団子を食らったり、酒を担いでいる者に呑ませたりとしている。
まるで蟻が餌に群がるかのように屋台のものを食べ尽くすと、中盤の盛り上がりがやってくる。
いままでおとなしく足踏みをしていた御輿は屋台から離れ始める。まるで力をためていくかのようにゆっくりと離れていき、そのあいだ、担ぎ手たちのかけ声は段々と大きくなっていく。十分に距離をとり、そして担ぎ手たちの声は最高潮に大きくなり、一緒に担いでいても耳が痛くなるぐらいの声となっている。御輿の先導役が、まるで御輿をじらすかのように制止し、担ぎ手たちはそれにしびれを切らし早くしてくれと言わんばかりの勢いでかけ声をあげ、荒波に呑まれる笹舟のごとく御輿が上下に激しく揺らされている。
先導役の片頬がニヤリとあがったかと思うと、片手を大きくあげ屋台の方を向く。そして、振り下ろすと同時にかけ声がかかる。
担ぎ手たちはそれを合図に一気に屋台に向け御輿を走らせる。今までの波打つようなかけ声ではなく、怒号、もしくは動物の吠え声のように大きな声を上げ、屋台へと向かっていく。周りにつられて声を出すのが、自分でもどこからこんな大声がでるのだろうと思うような叫び声のような遠吠えのような声を出し、屋台に向けて勢いをつける御輿に少しでも力を付けたそうと、足に力を入れ、大地を蹴る。
砕ける。
屋台は見事に砕け散り、原型は失われる。だが、朝から仕込みをしてあった屋台はただ砕けて終わりではない。屋台の胴体の箱状になっているところに紙吹雪なんかが仕込んであり、御輿の体当たりを受けるとそれが飛び出し、まるで桜吹雪のようにあたりに舞い散る。
屋台にあいたばかりの風穴に台風の強風が吹き付けたのか、辺り一面に紙吹雪が舞い散り、曇天と泥と豪雨の中で微塵といえど幻想的な景色となった。
この光景は綺麗なのか、と一瞬目を見張ったが、思い違いで、飛び散った紙吹雪は通りの商店の戸にへばりついたり地面に張り付いたりしていた。うまくしたもので台風の豪雨がそれを洗い流し、運河に向けて緩く坂になっている通りを流れていく。
屋台はほかにもう一台、運河の直前にある。
次の屋台はなにが原型なのかわからないが、張り子の虎らしきものが乗せられ、雨ですっかりと溶けてしまい、虎だった名残の牙がある口と硝子細工の鋭い目、それに耳が残るのみで、耳と口元の黄色と黒の名残から、虎を作ったのだというのがかろうじて残り読みとれるぐらいだった。
先導役は虎が見え始めると御輿の歩みを止めさせる。
担いでいる俺はというと、虎の影なんてのは見えないものだから御輿の動きが止まるのに遅れて気づき、前の人間と軽く押しくら饅頭のようになって止まる。
ここまで来ると、もはや御輿を担いでいるという感じはしない。盛り上がりと勢いの熱に突き動かされ、本能に突き動かされるがままに突き進んでいるようなものだ。
そこで止められるのだから、すこしの停滞でももどかしい。先に動けないもたつきをはらすかのように担ぎ棒を上へ下へと揺らすことでそれを発散する。周りも同じで、御輿の揺れは、一台目の動きがさざ波ならば、いまのは大シケのようなものだ。腕と肩だけで揺らしていたのとは違い、膝も使い揺らす。御輿は激しく上下し、激しくきしみながらも担ぎ手たちの発散を一身に受けている。
先導はまだ御輿を足止めさせている。
御輿は手鞠か何かのように上下に弾むように揺らされている。
担ぎ手たちのかけ声も、さっきと同じように段々と激しくなり、ここまでじらされると猛獣同士の喧嘩を思わせるような、激しい怒号の渦となっていた。
先導が屋台をめがけて腕を振る。
担ぎ手たちは御輿は激しく上下させながらも屋台へとぶつかりに行く。
上へ下へと激しく揺れる担ぎ棒は、もはや担ぐための棒ではなく、軽く肩から離れて宙に浮いているぐらいに持ち上げられ、そして落ちてきた棒を体が痛まないように膝で衝撃を和らげながら、もう一度持ち上げる。要領から言えば、赤子を高い高いしているようなものだが、そんなかわいらしいものではなく、暴れる御輿とそれをけしかける担ぎ手という関係になったようなものだ。
担いで屋台に向けて勢いをつけていく御輿をどのようにぶつけていくのだろうと思っていると、どこからか離れろと、の声が聞こえた。
何かわからなかったが、後ろにいる奴に肩をはじかれ、転げるように御輿から離れる。
そのすぐそばでは、屋台に向けてまっすぐ勢いづけられ、そして高く持ち上げられた御輿が、投げられたように飛んでいき、屋台を粉砕し、御輿自体も転がり、担ぎ棒の片方は折れ、屋台は押しつぶされ瓦礫の山となり、そこから風で舞い上がった紙吹雪が辺り一面に降り注いでいた。
もはや自分たちがなにをやっているかわからないぐらいに盛り上がり、喝采なのか遠吠えなのかわからないような歓声があがった。
担ぎ棒が折れていても、まだ担ぐ。
さすがにさっきと同じように大きくうならせながら担ぐのは無理だが、ひとまず担いでいるという格好はできる。まるでけが人を担いでいるようなものだが、祭りの締めをやらないと終わらない。
目前には運河がある。
台風で水かさは増し、獰猛な大蛇が暴れているかのように濁流が川縁から溢れようとしている。うっかりはまってしまったら助からない。
にもかかわらず、この酔狂だけで始まった祭りは、運河で終わろうとしている。
担ぎ棒が折れた御輿は、かろうじて残っている担ぎ棒と御輿の土台を担ぎ手たちが器用に持ち上げるようにして運河へと向かう。
勢いは最高潮になっている。先導役が抑えているから足踏みをするかのように進んでいるが、なにもなければ集団入水のようなさまになるだろう。
先導役は、担ぎ手の具合をみながら、じらし力を蓄えさせ、そして勢いをつけさせるために十分な距離まで後ずさりさせる。
上下に揺らすことができなくなると声を出すしかない。いままでで一番大きな声をでかけ声を出し、御輿とともにそろりそろりと後ずさりする。
先導役の止まれの合図があり、その勢いは声で発散するようになる。
その様は暴れ牛が相手をにらんでいるかのような心持ちで、ほんの少しの時間なのだろうが、ながく続いていたような気がした。
先導役の合図を待つ間に、後ろの奴に「あんちゃん、さっきと同じように離れないと死んじゃうぜ」と適切ながらも物騒な忠告をもらう。
雨風は強くなり、目を開け続けるのも難しいぐらいになってきた。
先導役が運河の方を向くと、担ぎ手たちの勢いも強くなる。
ゆっくりと片手をあげ、振り下ろす。雨風が強くなりすぎ、もはや先導役の声はこっちまで届かなくなっていた。
勢いづいて運河に突進していく御輿は、あっというまに全速力に近い足並みになった。
前は見えない。
担ぎ手の先頭が横に跳ねるように離れる。それを見て、先になにがあるか見ずに俺も横に跳ねた。
勢いが残った体は少し転がり、先に離れた担ぎ手の体にぶつかり止まる。
御輿の行方をみようと、急いで体を起こす。
担ぎ手たちを失った御輿は、投げ出されるように宙を舞い、運河の手前に一度落ちたが、勢いの力が残り、激しく壊れながらも、転がるようにして運河に飲み込まれていったのだった。
台風御輿 北緒りお @kitaorio
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