マッチングのっぺらぼう

秋雨千尋

マッチングしたのはナニモノなのか

「ちょっとお化粧直してくるね」


 マッチングアプリで出会った彼女が、そう言って薄ピンクの清楚なワンピースを揺らして席を立つ。

 ウェーブのかかった明るい茶色の髪。

 手入れの行き届いた爪はキラキラしていて、ほっそりしたウエストに似合わぬボリュームのあるバスト。

 正直かなりタイプだ。大当たり。

 だが彼女にどうしてもツッコみたい事がある。



 化粧する顔が無いじゃないか!



 彼女はのっぺらぼうだった。

 どうしてこうなったのか経緯を説明したい。


 彼女と別れて半年、寂しさがこたえて集中力を欠いた俺は電柱にぶつかった。

 星がグルグル回って、命の危険を感じた。

 このままじゃヤバイと思い、とりあえずマッチングアプリを入れてみた。本名でやっているSNSにも報告する。誰かに見せるというより決意みたいなもんだ。


 うーん……全然いい子がいない。


 いくらなんでも写真を加工しすぎだろう。

 これじゃ素顔が分からない。

 すごいブスか、デブか、ババアか、全部乗せか。

 激安デリヘルの大ハズレみたいなのが来るかも知れない。バケモノとお茶とかしたくない。


 はーあ、やっぱお手軽に出会おうなんて虫が良過ぎたか。せめて顔が分かる方法がいい。街コンとか、婚活パーティーとか。

 ため息をつきながらスクロールをしていくと

 ピコンと「いいね」通知が来た。

 お、誰か俺の写真(ちょっと盛ってる)とプロフィールを気に入ってくれたみたいだな、どれどれ。


 うわ、めちゃくちゃ可愛い!


 このレベル、若手女優だろ。目はパッチリだし鼻筋は通っているし。絶対サギだ。こんな子がマッチングアプリなんか使うはずがない。

 ……でも、もしこのままの子が来たら?


 俺はすこし悩んでから「いいね」を返して、メールのやりとりを始めた。

 そして初対面の今日、期待半分、あきらめ半分で来てみたら、のっぺらぼうが登場したわけ。

 最近の妖怪はハイテクだな。


「ただいま。なーに、じっと見て。アイシャドウちょっと濃かった?」


 アイシャドウ付けてるんかい!

 全然見えない。ツルッツルの球体でしかない。


「それとも口紅の色が好みじゃない?」


 そっちも付けてるんだ。

 口があるであろう位置を凝視しても何も見えない。

 首を傾げていると、注文を聞かれた。

 俺はコーヒー。彼女はクリームソーダとパンケーキ。クリームソーダか、子供の頃に近所に住んでいた幼馴染がよく飲んでいたな。

 顔はともかく、彼女は明るくて話も弾んだ。

 二度目の謎の化粧直しに行っている間に会計をさっさと済ませると、店員さんが囁いた。


「可愛い彼女さんですね、モデルだったりします?」


 言われてみれば、帰ってきた彼女を見る他の客は美人を見るリアクションだ。のっぺらぼうに引いている感じではない。

 普通に楽しかったから次の約束をして別れた。


 電車の待ち時間、スマホの充電が少なくなったから顔を上げて周りを見てみる。

 何人か、のっぺらぼうが自然に存在してる。

 彼女だけじゃないんだ。



 その後は会う度にハプニングに見舞われた。


「目にゴミが入ったみたい。見てみて?」


 どこが目だよ!

 チャレンジしても無駄だったからスマホのカメラで見てもらった。


「暑いね、アイス半分こしよ?」


 二個入りの白いアイスのパッケージに苦戦しているので、代わりにベリッと開けてやると「あーん」という声と共に顔が近づいてきた。

 どこが口だよ!

 多分ここだろうという場所に当ててみると、空中でアイスが消えた。普通に食べるんだな。そういえばパンケーキもいつの間にか無かったし。


「私が今どんな気持ちか分かる?」


 五回目のデートでネックレスをプレゼントした時、腰に手を当ててそう言ってきた。

 表情は分からないけど、仕草と声の感じで怒っているのを察した。


「これ元カノにあげたのと同じやつじゃない!」


「ええ、なんでそれを!」


「SNSずっと見ていたもん。手抜きとかサイテー!」


 走り出した彼女を走って追いかけた。

 息を切らしながら弁解をする。何をあげたらいいか悩みに悩んで、つい無難なやつにしてしまった。傷つけてごめんと。

 必死な自分に笑いが込み上げてくる。

 なんだよ俺、のっぺらぼう女に夢中じゃん。


「仕方ないなあ、夜はフレンチでよろしくね」


 お詫びディナーは高かったけど、その後ホテルまで行けたからまあいいか。

 彼女はスタイル抜群で下着もセクシーですごく良かった。

 だが、事後にプイと背を向けられた。


「ごめん、良くなかった?」


「……キス」


「えっ?」


「なんでキスしてくれないの」


 俺は彼女を上向かせて口のあたりで迷う。このあたりだよな。もう少し上かな。

 そうしているうちに彼女が俺の頭を掴んで、唇が重なった。やわらかくて、甘かった。


「こうするのよ、もう」


 表情は見えなくても、可愛いと感じた。

 何度もデートを重ねた結果、結婚を決めた。そして一緒に俺の家に挨拶に行く事になった。  

 久しぶりの実家、親父が庭で車を洗っている。


「おーい」


「んー? タケシと……エミちゃんかー?」


「お久しぶりです、おじさん」


「えらい別嬪さんになったなあ、けど面影あるわな」


 は? 知り合いなの?

 混乱する俺をよそに二人は楽しげに話している。

 どうやら彼女は子供の頃に近所に住んでいた幼馴染だったようだ。


 俺の部屋でベッドに腰かけて話をする。

 エミは俺が初恋の相手で、小学校の途中で引っ越したものの、ずっと好きでいてくれた。だからSNSで近況をチェックしていたそうだ。


「中学時代にいじめられて、自分の顔が嫌になったの。だから顔じゅう整形した。分からないのも無理ないよね」


 その言葉でハッとした。

 俺は電柱にぶつかったショックで脳の機能が一部バグってしまった。画面上は平気でもリアルで整形──人工的に手を加えられた顔を見ると、のっぺらぼうになってしまうんだ!


「今の私のどこを好きになってくれたの、やっぱり顔──」

「違うよ」


 被せるように答えていた。

 もちろんマッチングアプリ上は顔で選んだけど、結婚したいと思ったのは内面に他ならない。


「君と居ると最高に楽しいからだよ」


 涙は見えないけど、声で泣き出したのが分かるエミを抱きしめた。脳のバグはいつか直るだろうか。

 でもこのままでも悪くないのかもしれない。

 顔が見えなくても、可愛いと、大好きだと、そう思えるのだから。



 お袋が買い物から帰ってきた音がしたので、階段を降りていく。エコバックから取り出した食材をしまっていく、少し小さくなった背中に声を掛けた。


「ただいま。聞いてくれよ、エミがめちゃくちゃキレイになったんだぜ」


 お袋は答えた。


「へえ、そのめちゃくちゃキレイな顔って、こんな顔かい?」


 振り向いた顔を見て、後ろ向きにぶっ倒れた。

 お袋はのっぺらぼうになっていた。



 おしまい。


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マッチングのっぺらぼう 秋雨千尋 @akisamechihiro

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