友達から催眠術をかけられるネックレスを貸すから、試してくれと頼まれたので、ツンツンしている幼馴染に使ってみました。

若葉結実(わかば ゆいみ)

第1話

 授業が終わり、チャイムが鳴り響く。俺はトイレに行きたくて廊下に出た──すると、階段の踊り場で幼馴染の上村 千夏ちなつと見慣れない男子生徒が、向き合って話しているのを見掛けた。


「上村。返事の方、決まった?」

「決まったも何も、私はあの時、断ったよね?」


 二人の会話が聞こえてきて、少し気になった俺は少し離れた場所で足を止めた。


「なんで? 彼氏居ないんだろ?」

「いないよ」

「じゃあ俺と付き合おうぜ?」


 男子生徒のその言葉に、千夏は眉間にシワを寄せ、明らかに嫌そうな顔を浮かべる──しゃーない。千夏が言い返して面倒な事になる前に、助けてやるか。


「よう、あんた。千夏に何か用か? 悪いけど、俺達これから話をする約束してるんだ。もう良いかな?」


 男子生徒は強張った表情を浮かべ「何だよ……男いんじゃねぇかッ」と言って、俺を睨みつけ、去っていった。


 千夏は言い返せなかったことが不満だったのか、不満げな表情で「──何で和真かずまがここに居るのよ……」


 

「何でって……トイレに行こうと思ったら見かけたんだよ。お前、また告白されていたのか?」

「──あんたに関係ないでしょ! 早くトイレ行ったら?」


 千夏は、ありがとうもなく、素っ気なくそう言って、俺に背を向け行ってしまった──相変わらずツンツンしてるな、あいつ……。


 ※※※


 授業が終わり昼休みになる。教室内は次第にガヤガヤと賑やかになっていった──俺が昼飯を食べようと、自分の机の上に弁当を広げていると、雑誌と弁当を持った男友達が近づいてきた。


「おう、和真かずま。一緒に飯食おうぜ」

「いいよ」


 俺が返事をすると、男友達は雑誌と弁当を机に置き、前の席の椅子を引き寄せ、向き合うように座った。


 そして雑誌を手に取ると、ペラペラとめくり始めた──俺は先に弁当を食べ始める。


「あった。和真、これを見てみろよ」


 言われた通り友達が指さしたページを見てみる。そこには、『この催眠ネックレスさえあれば、あなたは相手を好きなように出来ちゃうぞ!』と書かれていた。


「お前なぁ……まさか信じてるのか?」

「あ? 悪い?」

「悪くないけど……こんなのあったら、皆が買って好き勝手やってるって」

「案外、怪しいから買わない。でも実は当たりだったって事もあるかもよ?」


 友達はそう言って、雑誌を閉じる。そしてブレザーの胸ポケットに手を突っ込むと「でさ……」と言って、黒い布の袋を取り出した。


「まさかお前……買ったのか?」

「うん! 小遣い全部使って買ってみた」

「マジかぁ……すげぇな」

「でさ、和真に頼みがあるんだ」

「頼み?」


 俺がそう聞き返すと、友達は布の袋から、銀色の鎖で黒色のパワーストーン? が付いたネックレスを取り出した。


「あれ? お前、二つも買ったの?」

「二つ買ったというより、セットなんだよ」

「へぇー……」

「で、頼みって言うのが、これをちょっと誰かと試して欲しいって事なんだよ」

「はぁ? 何で? 自分で使えば良いじゃないか」

「これ1個は自分、もう1個は催眠をかけたい相手に着けなきゃいけないんだけど、俺だと皆、怪しんでしてくれない気がするんだよ……だから、なぁ!?」


 友達がそう言うと、突然! 俺の後ろから白くて綺麗な腕がニュッと伸びてきて、俺の弁当から鶏の唐揚げを一個さらっていく──。


「あ!」と、俺は声をあげ後ろを振り向くと、そこには唐揚げを盗んだ犯人の千夏が、ニヤニヤしながら立っていた。


「頂きまーす! ──ん~、美味しい!」

「おまッ、それ最後に食べようと、楽しみに取っておいたやつだぞ!」

「あら、そうだったの? 残すぐらいなら食べてあげようかと思って。ごめんなさい」

「くそ~……」


 そんな会話をしていると「お前ら、本当に仲が良いな」と、袋にネックレスを戻しながら友達は言った。そして「そんなに仲が良いなら、いっそ付き合っちゃえば良いのに」


「な!? なんでこんな奴なんかとッ!」


 こんな奴……千夏のその言葉にカァ……っと、腹が立ち、俺は「そりゃこっちのセリフだよ! 何でお前なんかと付き合わないといけないんだよッ」と、ついつい返してしまった。


 千夏は何か言いたげに、スゥー……っと鼻で息を吸い込む──が、何も言わずに去っていってしまった。


「お前ら痴話喧嘩も大概にしとけよ──ほら、お前にこれを貸してやるからさ」


 友達はそう言って、ネックレスの入った袋を俺の前へと差し出す。


「お前、いまの会話聞いていたのか? いらねぇよ」

「そう言うなよ。気が変わるかもしれないだろ? 一週間だけ貸してやるよ」


 しつこいなぁ……仕方ない。俺はそう思いながらネックレスを受け取った。


「へへ。結果報告、楽しみにしているよ」


 ★★★★★


 チャイムが鳴って退屈な授業が始まる──俺は斜め前に居る千夏に目をやった。薄い茶色のショートボブに、クリッとした二重の目……アイドルのように整った顔立ち。それに運動部だからスラッとしていて、スタイル抜群の体つきをしている。


 性格がツンツンしてるけど、何だかそれが余計に心をくすぐってきて……引き寄せられてしまう。正直、俺は千夏の事が好きだ。


 だからこそ、こんな奴と言われてしまった事が許せなかった──俺もお前なんかとって言ってしまったけど……千夏、傷ついたかな。


 ※※※


 俺はそんな思いをズルズルと引き摺りながら家へと帰った。自分の部屋のドアを開けると──そこにはポテチを片手に持って携帯を見ている千夏の姿があった。


 千夏はこちらに顔を向けることなく「お帰りなさい」と言ってくる。俺は黙って中に入り、とりあえず通学鞄を床に置いた。


「ちょっとぉ……人がお帰りって言ってあげてるんだから、ただいまぐらい言いなさいよ」


 恥ずかしかったから、スルーしたんだけどなぁ……と、俺は思いながらも「ただいま」と返事をする。


「うん」


 千夏が俺の部屋に居るのは別に珍しい光景ではない。でも何であんな事があった後なのに、こいつは平気で俺の部屋に来ているんだ? あの事はまったく気にしていないって事なのか?


「俺……着替えるけど良い?」

「どうぞ」


 千夏は相変わらず携帯をジッとみつめ、のんきにポテチをポリポリと食べている──。


「おい、携帯に夢中なのは良いけど、ポテチがテーブルに落ちてるぞ」

「あ、ごめんあそばせ」


 まったく……こいつは何を考えているんだ? ──ジャージに着替え終わった俺は、胸ポケットからハンカチを取り出す。するとハンカチと一緒に、催眠ネックレスが入った袋が床に落ちた。


 俺は直ぐに拾わず、ジッと袋を見つめる──これ……効果なんてないよな? でも、もしあるなら、ちょっとだけ……ちょっとだけでも千夏の本音を聞いてみたい気がする。


 俺はハンカチと一緒に袋を拾い上げ、ハンカチをポケットにしまう。袋からネックレスを取り出すと──千夏の後ろに回って、ネックレスを着けてみた。


「ちょ、何するのよ!?」


 千夏はそう言って俺の方に顔を向ける──ネックレスを着けてみたものの……漫画のように光りだす訳もなく、これが効いているのか分からない。俺はとりあえず「千夏、右手を上げてみて」


「……」


 千夏は黙って右手を上げる。効果があったの? いや、これじゃ俺のいう事を聞いてくれただけにしか見えない。もっと大胆な事を聞いてみるか──。


「千夏、その……本音を聞かせて欲しいんだけど千夏は俺の事……好き?」


 千夏は俺の方に体を向け、正座をしながら「うん、好きだよ」と、淡々と答える。


 うぉ、マジかッ!!! ──いや、ちょっと待て。落ち着け……好きは好きでも幼馴染としてかもしれない。


「えっと……それは幼馴染として?」


 千夏は首を横に振り「うぅん……違うよ」


 あぁ~~~~!!! 嬉しさのあまり語彙力を失う。ちょっとだけと思ったけど、こうなったらもっと本音を聞いてみたい。


「え、違うの。だって今日、なんでこんな奴なんかと言ってたじゃないか」

「──それは、恥ずかしかったからだよ」

「ほぉ……そうだったのか可愛い奴め」


 こいつは凄いネックレスだな……いや待てよ。千夏はこのネックレスの存在を知っていて、後になって全て演技でした~っていうのも有り得る。だったら──


「だったらさぁ……服、脱いでみてよ」

「……」


 千夏は無言のまま固まっている。あぶなッ! 千夏に騙されるところだった。


「いいよ。ちょっと待ってね」


 良いのかいッ! 心の中でツッコミを入れている間に千夏はスッと立ち上がり「上からが良い?下からが良い?」


 俺はゴクッと固唾を飲み込む。おいおい……マジで良いのかよ。


「じゃあ……上から」

「分かった」


 千夏はまずブレザーを脱いで、ハラリと床に落とす。続いて赤いリボンを外し、白いシャツのボタンを、ゆっくり上から外し始めた──。


 シャツの隙間から、チラッと淡いグリーンの可愛らしい下着が顔を覗かせ始め、俺は興奮して鼻息が荒くなる。千夏は──全てのボタンを外し終え、シャツを床に脱ぎ捨てた。


「次、下の方ね」と、千夏は言って、制服のスカートのホックに手を掛ける。俺は慌てて「ちょっと待った!」と口にした。


「どうしたの?」

「いや……もう大丈夫、ありがとう」

「……」


 千夏は無言のまま俺にグイっと近づき、向き合うように立ち止まる。


「意気地なし……女の子にここまでさせて、何もしてくれないの?」


 そんな事を言われても……本当はしたい! でも、このまま進めるのは卑怯の気がする。

 俺がそう葛藤していると、千夏はニコッと微笑む。


 俺の胸板に人差し指でツンっと突くと「冗談だよ」


「なんだぁ、冗談か……」


 俺が安堵していると、千夏は脱ぎ捨てたシャツを拾い上げる──ん? ちょっと待て、俺は千夏に指示を出してないぞ。


「千夏、お前……」

「なに?」と、千夏は返事をしながら、シャツのボタンを掛け始める。


「催眠ネックレスの事、知っていたのか?」

「うん! だってあなた達、昼休みの時に話していたじゃない」

「何だよ……じゃあ、俺への気持ちも全部、嘘だったってことかよ」


 千夏は首を横に振ると「何でそうなるの? 全部、本当だよ」


「え?」

「私ね、知っての通り素直じゃないじゃない? だからあなたが、しつこい男に絡まれていたのを助けてくれた時、凄く嬉しかったのに、ありがとうも言えなかった。唐揚げの時もそう、本当は助けてくれて、ありがとうって言いに行ったんだけど、恥ずかしくなって、あんなことをしちゃったの」

「そうだったのかぁ……」


 千夏は俺に近づき、ソッと手を握る。そして上目遣いで俺を見つめた。


「うん、だからこのままじゃ素直に『なんでこんな奴なんかと』って言ってしまった事を否定できない気がして、催眠術にかかったフリをしていたの」

「なるほどねぇ……」


 千夏は俺の手から自分の手を離すと、ネックレスを外す。


「はいこれ、返すね」

「うん」


 俺が返事をしてネックレスを受け取ると、千夏は俯き加減で、自分の髪を撫で始めた。


「あのさ、和真」

「なに?」

「和真が私に好き?って聞いたって事は、和真も私と同じ気持ちっていう事で良いんだよね」

「う、うん。俺もずっと前から千夏の事、好きだった」


 俺がそう言うと、千夏は照れくさそうに頬を掻く。


「じゃあ今度……一緒にお揃いのネックレス、買いに行こうよ。そうしたら、またこの続き……しよ?」


 この続きって、もちろんさっきのだよな……恥ずかしいけど、今度は卑怯でも何でもないし。


「うん、分かった」

「やった~!」


 こうして俺達は無事に結ばれ、お揃いのネックレスを着ける事になった。ツンツンしている千夏も可愛いけど、ネックレスを着けた時のデレデレな千夏も、とても可愛かった。


 例えるならそう……今度は俺が催眠術を掛けられてしまいそうなぐらいだ。

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