第6話 セニョール・ペルフェクト

─メキシコシティ アレナメヒコ


 それは、テルことアトラス星野がリングに散った日の数日後。日本から遙か彼方、メキシコの地で起こった。 世界最古のプロレス団体にしてメキシコ最大のルチャリブレ団体 『GMLL(GranMundialLuchalibre)』が所有する国内最大の屋内競技場アレナメヒコにて、『カンペオン・ウニベルサル』なる大会が開催されていた。


 ルチャリブレとは、スペイン語で「自由な闘い」を意味し、転じてメキシコではプロレスの事をそう呼ぶ。そして、プロレスラーの事は男子がルチャドール、女子がルチャドーラとなる。


 カンペオン・ウニベルサルは国や団体の壁を超え、世界一のルチャドールを決める無差別級トーナメントである。世界中から集結したルチャドールの内、決勝戦へ駒を進めた2名がリングへと姿を現す。


『赤 (ロホ) 、ドクトル・ゾンビ~~~ッ!!!』


 リングアナウンサーのコールとともに花道から入場したのは、顔に青白いペイントを施した巨漢。 メキシコで第二の規模を誇る団体 ZZZ (トリプレセタ)」のルード (悪役)でありスペル・エストレージャ(スーパースター)、ドクトル・ゾンビだ。

 その巨体と野性的な風貌に似合わず、巧妙な ジャベ (関節技) を得意とし、打たれ強いファイトスタイルから付いたリングネームこそがドクトル・ゾンビ不死身の医者。準決勝でアメリカ代表のプーマ・キッドをロメロスペシャル(吊り天井固め)で沈めた実力者である。


『青(アズール) 、スペルゥ~~リン~ピオ~~~ッ!!!』


 ドクトル・ゾンビがリングインしたのち、花道に姿を現したのはメキシコ国旗カラーの復面を被ったマスクマン。大会主催者であるGMLLのテクニコ(善玉)でスペル・エストレージャ、スペル・リンピオだ。空中殺法を得意とする彼は、今大会で最も注目されている優勝候補である。準決勝では日本代表のエル・シシャーモをフェニックス・スプラッシュでピンフォールし、観客を沸かせた。


 ルチャリブレとアメリカや日本のプロレスとの違いの一つとして、ルチャリブレは3本勝負である事が多い。ゾンビとリンピオによるこの試合は1本目をリンピオがカサドーラからのピンフォール、2本目をゾンビがカンパーナでタップを奪った。続く3本目で優勝者が決まるのだ。


 3本目の試合開始を告げるゴングとともに、ゾンビはリンピオの元へ走る。スーパーヘビー級のゾンビとミドル級のリンピオがぶつかれば、押し負けるのはリンピオだ。

 すると、リンピオは跳躍し、ゾンビの頭を足で挟むと旋回し、走ってくる勢いを逆に利用して投げ飛ばした。リンピオのティヘラによって投げ飛ばされたゾンビはマットとロープの間からリング下へ転げ落ちた。


「Vamos!!」


 リンピオは己を鼓舞するが如く叫ぶと、リング下のゾンビへと走る。リング内で側転し、ロープ際で反転すると、バック宙でトップローブを飛び越えて倒れるゾンビの元へ降り落ちる。サスケスペシャルと呼ばれる日本生まれのルチャ殺法だ。

 サスケスペシャルを炸裂させたリンピオは、すぐさまリングに戻るが、場外のゾンビは未だに立てない。 場外カウントは既に10。プロレスはリング外で20カウントを迎えるとリングアウト負けである。


『11 (オンセ)! 12 (ドセ) !13 (トレセ)! 14 (カトルセ)! 15 (キンセ)……』


 リング上でコーナーにもたれながらリンピオは、「このまま立つな」という思いと、「このくらいで終わるな」という思いを拮抗させながら、場外のゾンビを見る。

 その時だった。野太い指をした手がリング下から伸びると、ゾンビは滑り込むようにリングへと戻った。膝立ちのゾンビめがけコーナーから走るリンピオ。

 そして、ゾンビの側頭部へミドルキックが叩き込まれるも、ゾンビは左腕でそれを受け止める。すぐさまリンピオの足を掴んで立ち上がると、右手はマスクを掴んで引き寄せる。

 あれよあれよという間にリンピオを逆さに担いで持ち上げた。その技はラ・マティマティカ。別名サムソンストライカー、そして日本ではとある漫画の影響から『キン肉バスター』の名が最も有名だ。

 ゾンビが尻餅を突くとリンピオの股関節及び頸が悲鳴を上げる。パワーとテクニックの両方を兼ね備えたドクトル・ゾンビならではのフィニッシシュホールドである。仰向けに倒れたリンピオにゾンビの巨体が覆い被さる。


「ウノ!ドス!トレ……」


 レフェリーがカウント3を叩く直前に、リンピオは上半身を起こし、ゾンビの体を跳ね退けた。


「Tranquilo (焦るなよ)」


 リンピオは立ち上がり、マスクの奥で笑みを浮かべ挑発する。 ゾンビはリンピオに向かい。 走る。 太い左腕を伸ばしラリアットを打ち込む。リンピオはその一撃を食らい、縦に一回転するが、見事に着地。


「……痛かったぜ?」


 首に受けたダメージも残る中、リンピオは跳躍し、ゾンビの頭を腿で挟み込む。先刻放ったティヘラと入りは同じだが、別の技だ。相手の頭部を挟んだまま水平方向に回転し、先ほどラリアットを放った左腕を捉えると、空中でその腕を捻り、体重をかけゾンビをうつ伏せに倒した。

 そして、そのまま脇固めを極める。これぞスペル・リンピオの必殺技、『ラ・ミスティカ』である!華麗な空中殺法とジャベ の融合に、ゾンビは間もなくタップ。試合終了を告げるゴングと同時に、リンピオは青コーナーポストに登ると、高らかに勝ち名乗りをあげた。


「Soi numero uno !! (僕がナンバーワンだ!!)」


 リンピオがコーナーポストから降りると、息を荒げたゾンビが立っていた。左腕を伸ばし、リンピオに掴みかかる。が、掴んだの はリンピオの右手首。 そして、その手を高く掲げてリンピオの勝利を讃えた。


「Que lo disfrute, amigo! (おめでとう、強敵ともよ」


 悪役(ルード)も善玉 (テクニコ)も、 団体も国も関係ない。 トーナメントを闘ったルチャドール達、全てにとって神聖なる祭典、それがカンペオン・ウニベルサルである……はずだった………

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