短編③『からみと、つらみ』

「そういえば。厳密には、辛みっていう味はないらしいよ。辛いって、痛いってことなんだって」

「……いきなり何?」


 暑い夏こそ辛いものを食べて汗をかいた方がいい、とはよく言ったもので。私はまんまとそんな言説に踊らされて、コンビニでホットスナックを買っていた。

 文字通り、ホットなスナックである。二重の意味で。


「うん? ほら、これ買ったから。なんとなく、そういう話もあったなーって思い出したんだ」

「……ぅわ」


 小牧はすごい顔をして、拒否反応を示す。

 それもそのはずだ。私が今日買ったのは、期間限定の激辛チキンなるホットスナックである。小牧の前で辛いものを食べるのもどうかな、と思ったけれど、今日はそんな気分だった。


 まあ、小牧もさすがに匂いだけで具合が悪くなるとかはないだろう。

 ……ないよね?


「うん、美味しい。激辛って、定期的に食べたくなるんだよね。大好物ってわけじゃないんだけど」

「変態」

「なんでそうなるの?」

「……辛いって、痛いってことなんでしょ。それを好き好んで食べるなんて、変態以外の何者でもない」

「それ、辛いもの好きの人に言ったら怒られるよ」

「事実だから」


 彼女はぷい、とそっぽを向く。また子供っぽいことを。

 私とは正反対に、小牧が買ったのはアイスだ。それも、メロン味の。やっぱり最近の小牧はメロンに染まってきた気がする。私がメロンを食べている時も奪ってくるし、これはもうメロン星人と言っても過言ではないのでは……。


 などと思っていると、小牧はゆっくりと、こっちに目線を戻してくる。だけど目が合うことはなく、彼女の視線は少し下に向いていた。


 かと思えば目を見開いて、またそっぽを向いた。

 明らかに挙動不審である。まるで、見てはならないものでも見たかのような。私は首を傾げた。


「梅園は、痛いのが苦手なんだね」

「は?」

「だって、辛いの嫌いでしょ?」


 小牧の様子がおかしいのは今に始まった事ではない。だから私は、いつものように話を切り出した。


「別に、嫌いじゃない」

「いいと思うよ? 痛みには、弱いくらいでいいよ。強くなっても、きっとそんなに、いいことないから」


 人間きっと、苦しいことや辛いことがあったら泣いてしまうくらいでちょうどいいのだ。泣きたい時に泣けない強さは、きっと必要ない。小牧には、特に。


 なんて、わかったようなことを思ってはいるけれど。私はどうなんだろう。自分のことを弱い人間だとは思うが、痛みには強いのかもしれない。

 だからなんなのかって話ではあるんだけど。


「ねえ、梅園。梅園の苦手なもの、もっと教えてよ」

「……無理。それで勝負に勝つつもりでしょ」

「そんなつもりないよ。……ただ、知りたいだけ」


 こっちを見て、なんて言っても見ないのはわかっているから。だから私はそっと、その目線を追うように、彼女の顔を覗き込んだ。


 ちょっとだけ、顔が赤い気がする。

 暑さのせいなのか、気のせいなのか。それはわからないけれど。


「一個だけでいいから。誰にも言わないし、秘密にするよ」


 彼女は何度か口を開いては閉じ、やがて、静かに言った。


「……わかば」

「なあに?」

「なあにじゃ、なくて。私は、わかばが苦手」

「あはは、そっか。……だから目、合わせないの?」

「……そう」


 目を合わせないのには、絶対違う理由があると思うけれど。今日は無理に聞く理由もないから、私は彼女の隣で大人しくチキンを齧った。


 チキンを食べ終わる頃には、制服が汗でべったりと体に張り付いて、ちょっと気持ち悪くなった。辛いものは、冷房の効いた部屋で食べるのが一番かもしれない。

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