短編②『オーバーサイズ幼馴染』
オーバーサイズ。ちょいちょい見かけるそのファッションを、私は試したことがなかった。
理由は単純明快。
私がオーバーサイズの服なんて着た日には、馬鹿にされるのが目に見えているからである。小牧はもちろん、夏織だって子供みたいだと大爆笑するに違いない。
しかし。
「……うーん」
気になる。オーバーサイズに対する憧れやら、着たいという気持ちはそこまでないのだが。何事も挑戦が大事というもので、少しだけ試してみたい、とも思うのだ。
そして。今、そのチャンスが目の前に転がっている。
目の前には、小牧のブラウス。今日は彼女の家に遊びに……というか誘拐されてきて、そのまま彼女の部屋に押し込まれているのだ。だからここに彼女のブラウスがかけられていたとしても、当然なのだが。
小牧が帰ってくるまでに、少し時間がある。
つい先ほどお茶を入れに行ったばかりだから、まだお湯も沸いていないだろう。私はそっと、ハンガーから彼女のブラウスを外した。
ちゃんとアイロンがけがされていて、パリッとしている、気がする。
やっぱり、自分でアイロンまでかけているんだろうか。そう思いながら、ブラウスを肩にかけてみる。
小牧の匂いとか、そういうのはないけれど。なんとなく、彼女に抱きしめられた時のことを思い出す。
いやいや、そうじゃない。私はただオーバーサイズを試したかっただけで——。
「わかば。先、これでも食べて待って……何してるの?」
「ん? ちょっと、冷房が効きすぎてるなーと思って」
「それならベッドにでも入ってればいいでしょ。私の服、勝手に着ないで」
「着てないよ。肩にかけてるだけ」
「屁理屈でしょ、それ」
「屁じゃない普通の理屈だよ。ていうか、梅園のベッド勝手に入るのはいいの?」
「……やっぱり、駄目」
とん、と胸を押される。
後ろに一歩下がろうとしたけれど、彼女の足が伸びてきたせいで、バランスを崩す。中学の柔道の授業で、似たような技をかけられたことがある気がする。
そんなことを考えていると、そのまま床に倒された。
意外なほどに、優しく。私はなんとも言えない心地で、彼女を見上げた。
こんな優しさ、小牧らしくないのに。どうして、私は。
「脱いでもらうから」
「……いいけど」
別に、ちょっと着たかっただけだから構わない。そう思っていると、彼女の手がブラウスに伸びてくる。
ブラウスはブラウスでも、私が身につけている方の、だが。
「ちょっ……なんで?」
「お返し。わかばが勝手に私の服着るなら、私も勝手にわかばの服、着るから」
「いやいや! 梅園じゃサイズ合わないでしょ! ちょっと!」
「うるさい。下にいるお母さんに、聞こえちゃうよ?」
そう言われたら、もう抵抗はできない。いや、悪いのは小牧なのだから、いっそ小牧のお母さんに助けを求めるのもありなのかもしれないけれど。
でも、さすがにそれはなんというか、こう。
小牧のことで色々苦労してきたであろう彼女のお母さんに、これ以上負担をかけるのもなぁ、と思ってしまう。
馬鹿なのだろうか、私は。
小牧に配慮したり、小牧のお母さんに配慮したり。誰か私に配慮してはくれないだろうか。……無理かな。
「やっぱりわかばは、わかばだ」
「……」
「ブラウスも、小さい」
もってなんだ、もって。一体私のどこがブラウス同様小さいというのか。
文句は無数に思いつくけれど、手早く服を脱がされてしまったから、それを言う暇もなかった。
結局彼女は私から剥いだブラウスを肩にかけて、満足そうな顔をしていた。
小牧が身につけるには小さすぎるブラウスだけど、彼女が完璧であるせいなのか、何かそういうちゃんとしたファッションのようにも見えるのがずるいと思う。
「……くしっ」
寒くてくしゃみをすると、彼女は毛布を投げてきた。そういう優しさがあるなら、最初から無理やり服を脱がさないでほしい。なんて、言っても無駄だろうけど。
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