番外編 炎の衣
姪のクレアに買い物に連れ出された。
そして驚くべき事に、連れて行かれた服屋というのが、真っ当なワンピースなどを売っている可愛い系のお店だったのである!
「君、服とか興味あったんだなぁ。
おしゃれにようやく気を遣うようになったみたいで、お兄さん嬉しいよ」
何せ普段のクレアの服ときたら、どれもこれも淑女の服とは言い難いものなのだ。やたら鉄のトゲトゲが付いたジャケットが好きで、世話を任された俺としては本当に……まあそれは良い。俺の問題だからな。
「……?あれ、それにしては服のサイズが小さい気が……おいおい我が姪よ、ここは子供服の店だぞ?」
「あの……自分のじゃないですよ?」
「え?」
「植民地《コロニー》にいる妹に、本土の最新ファッションをと…-」
「妹いたのか君!?」
「えぇ……」
大ニュースだった。
「なんでおじさんが知らないんすか」
「あいつらいつの間に第二子出産しやがったんだ!?」
「5年前ですけど……手紙とか来なかったんですか?」
「そうかぁ……5年前かあ……」
その頃は前職の任務でイスパニアに行っていた。それで手紙を読み逃したのかも?
「クソッ……どおりで最近手紙でも話が噛み合わないと……」
「普通もっと早く気付きますよね?」
クレアの中の俺の評価が下がった気がする……
「おじさん……貴方って人は……」
貴方呼びは初めてだな。もしや最安値を更新か?
姪の中で自分の評価が下がっていく事に対して妙に冷静な俺だったが、流石にこれ以上下がるのはまずいと判断した。
「……そういえば、こんな感じの服屋で焚書主義者と遭遇した事があってね」
「もしかして誤魔化そうとしてます?」
「面白い話だからちょっと聞いてみないか?」
「さっさと服を選びましょうよ……」
あれはこの街で、今みたいな探偵稼業の真似事を初めたばかりの事だった。
「ふんふん。えーっと、確認しますよ?いつも取引している織物工場から、布が送られなくなって、連絡も取れないんですね?」
「はい、門も開けてくれなくて……」
当時の相棒のデュノワが、穏やかな調子で依頼人から話を聞いている。
俺は後ろで紅茶を入れながら、聞き耳を立てていた。
「これが代わりに送られてきます」
依頼人がケースを開いて見せたのは、炎の紋様が織り交ぜられた奇妙な織物だった。
「変わった模様ですね」
「あっ、ダメです!」
不用意に触れようとしたデュノワを、依頼人が止めた。
「この布地、炎の模様がある所に触ると火傷しちゃうんですよ」
「え!?」
デュノワはそれを聞くと、慌てて手を引っ込めた。
彼女の本業はピアノ奏者だったからな。商売道具は大事って訳だ。
「衛兵には通報したのか?」
俺は淹れた紅茶を応接間の机に置きながら、依頼人に聞いた。
「はい」
「ここにいるってことは、取り合って貰えなかったのか?」
「衛兵が行った時は、異常が無いと言ってました」
認識阻害か、それとも組織立って動けるのか……どっちにしろ面倒だな。
「依頼は工場で何が起きてるかの真相究明ですか?」
「はい。それと出来れば解決も」
この依頼人、中々無茶振りをしてくれる。
「分かりました。我々に任せてください!」
デュノワも軽い調子でよく言うよ。
「実際働くのはほぼ俺なのに……」
俺はケースの中を覗き込んで、自分も詳しく炎の紋様が入った布を見てみた。
識別装置の"湖面"も炎を徴を示している。まず間違いなく焚書主義関係だな。
「……良いでしょう。貴方の依頼を受けるとしよう」
デュノワとはアルビヨン島に帰省する時、船の上で知り合った。
彼女は客船でピアノの演奏会をして人々の耳を楽しませる仕事をやっていた。
しかし、船上で起きた事件がきっかけで解雇されてしまい、その頃俺の家で働いていた。
「いつも疑問なんだが、どうして現場まで付いてくるんだ?」
「リチャードに全部任せると、報告書が書けない」
俺たちは、工場の閉ざされた門の前にいた。
「それで、どうして呼び出しベルを鳴らさないわけ?」
「衛兵が何も無いと言って帰ったのが気になる」
「ベルに何か仕掛けがあると?」
「依頼人は関係者用の入口を使って入ろうとしたんだと思うが、衛兵は正門からベルを鳴らしたんじゃないか?」
「そんなに深く考えるべき事かなぁ」
「試してみるぞ」
俺は門から少し離れた所に立って、デュノワに指示を出した。
「ベルを押してみてくれ」
「良いけど……なんで耳塞いでるんです?」
りーーーーん。
呼び出しベルが鳴る。
何も起きない。
何も起きないが、デュノワは鳴らしたまましばらくじっと固まっていた。
「う……ん?」
そして、ぼんやりとした様子で振り返って言った。
「何事もなかったね……帰ろうか?」
「やっぱりな」
明らかに様子がおかしい。
「何事もなかっただと?」
「どうしたの?工場は平常運転だったじゃない。早く帰ろうよ……」
俺は近づいて行って、ぼやっとしてるデュノワの頬を強めに引っ叩いた。
「いたーい!」彼女の悲鳴が響く。
「ちょっと、何するんだ……あれ?」
「気づいたか?」
「……あれ!?私、さっきまで何してましたか?」
「ベルの魔力にやられてたみたいだな」
俺は門に近づいて、ベルを鳴らさないように剣でバラしながら外した。
「ほら。ここを見ろ」
ベルの鳴らす部分に、謎の古代語らしき文字が刻まれている。
"湖面"が強めに反応している。確認すれば、霧のマークが浮かんでいた……錯乱と惑わしの魔法だ。これ自体は焚書主義由来では無いな。
「こいつが悪さをしてたみたいだ」
「それ、魔法?」
「これが君を惑わしてたんだな。
珍しいぞ?焚書戦争以前に使われていた旧魔法の技術だ」
「へえ……って、勝手に人の物を壊したら…-」
「何を子供みたいな事言ってるんだ、君は……」
これは後で王国の諜報部に回すとして、今は目の前の扉だな。
旧魔法の使用は国に認められた物以外禁止されてる。つまり、こいつらは法を犯した訳だ。なら、ある程度の荒事も言い訳がつくだろう。
俺は剣を構えて、閉ざされた扉を文字通り斬り開いた。
工場の中は、異様な熱とどこかから響いてくる連続音に満ち満ちていた。
いや、工場ならこんな物なのかもしれないが、織物工場で出るような熱とは違う……製鉄所のような暑さだ。
「あっついねリチャード……服脱いでいい?」
シャツの胸元をパタパタさせながらデュノワが嘆願した。
「場所を弁えろデュノワ……」
そして俺たちは、依頼人から受け取った資料を元に、この工場で一番奥にあって一番大きい作業場に向かった。
「これは……」
「うわっ……写実派の画家を呼んで来たら発狂しそう」
デュノワの言葉も当然だ。そのくらい作業場の光景は狂気じみていた。
燃え続けて死ぬことのない工員の爛れた皮膚が、機織機と複雑絡み合って融合している。
そして、連続する悲鳴を上げながらその皮膚は、炎の紋様が入った布をぐちゃぐちゃと生成していた。
"湖面"は激しく焚書主義を示している。この地獄は、疑いようもなく焚書主義の産物だ。
「……これはどうすればいいんだ?」
何をしたら解決って事になるんだろうか。
「うわぁ……ちょっと吐きそう」
「変な真似はしない方がいいぞ……」
俺は少し後退りしながら言った。
ここは一旦引いた方がいいかもしれない。
「王国の諜報部に知らせよう。ちょっと俺たちの手には負え……」
そう言った時だった。
「賢明な判断だな!!……実行に移せはしないが」
さっきまで誰も居なかったはずの作業場の通路の中央に、道化師の仮面を付けた男が突っ立っていた。
「……君は?」
「私はここの工場長だよ?」
早速話が通じない相手な気がしてきた。俺は視線を飛ばして、デュノワに背後の俺たちが入ってきた扉を開けるよう促した。
「無駄だよ」
「リチャード、扉が開かなくなってる!」
クソ。まあ、当然と言えば当然だな。
「君は何者だ?」
俺は目の前の相手に集中して言った。
「言ったろ?工場長だよ」
「おかしいな……今の工場長は女のはずだし、職務に真面目な人物だったと聞いてる。触ったら火傷するような欠陥品を作るような人物ではないと聞いている」
「あのつまらない女のことかい?」
道化師はせせら笑いながら言った。
「その辺で、肉塊に混ざりながら布を織ってるよ」
「……!!!」
俺は地面を蹴った。
───────
次の瞬間。
リチャードは一瞬で道化師に肉薄し、その顔面を蹴り飛ばした。
無防備に立っていた道化師は何の反応も出来ずに後ろにひっくり返りながら飛び、体を地面に強く打ち付けた。
「……!?」
「君のようなふざけた奴を見てると腹が立つ」
リチャードはそのまま剣を振り上げて仮面越しに道化師を突き刺したが、何の手応えも無かった。
道化師の肉体はいつの間にか消え、残されていたのは仮面と空の服だけだ。
『何いきなりブチギレてるんだよ!』
その代わりに、不快な道化師の声が作業場全体から響いてきた。
「悪かったな。君がこんな悪趣味極まる光景の作り主と分かって、つい手が出てしまった」
『出たのは足だろ!』
「大差ない」
『俺の工場の布が悪趣味だなんて、お前みたいな素人に言われたくないな!
お前も作業員の中に入れてやろうか?』
「やってみろ。その前に、今ここにある悪趣味な機械も布も、全部ぶち壊してやる」
───────
状況は膠着していた。
恐らくあの道化師は、魔術的な代わり身だろう。本人はこの工場にいないのだ。
俺は宣言通り明らかに手遅れな人と融合した機械と布を破壊することが出来るが、奴も俺たちをここに閉じ込めておける。扉を無理やり切り裂けるかどうかは未知数だ。
火力が奴の思いのままだとすれば、俺たちも焼き尽くされてしまうだろう。
『……ん?そこのお前は、ピアニストのデュノワじゃねえか?』
「え?私……?」
さっきから隅っこで震えていたデュノワにご指名が入った。
「おい。彼女に妙な真似をするな」
『そうじゃない。お前も芸術家だろ?俺の炎の布も芸術だ。お前なら美しさを分かってくれるんじゃないか?』
「え?分かっちゃうの?」
俺は思わず聞いた。というか、お前はそんなに有名なピアニストだったのか?
デュノワはおずおずと喋り始めた。
「……流石に趣味が悪いんじゃないかな」
「らしいぞ」
流石に分からなかったらしい。
そもそもピアニストは芸術家じゃなくてエンターテイナーじゃないのか?
『……そうか。そうか……』
道化師の声がシュンと落ち込んだ。
『俺の精神的な敗北だ……』
俺たちの背後で、扉が一人でに開く音がした。
『帰れ』
「帰したら俺たちは通報するぞ」
『何でもいい。同胞たる芸術家にすら理解されないのなら、失敗作だ』
「何だと?人を何人も犠牲にしておいて……」
自分の頭に血が昇るのが分かる。だが、意外にもおどおどしていたデュノワが声を上げた。
「なんでも良いけど、人を不快にさせるようなものは、見る物や聞く物として三流以下だ」
『……覚えておこう』
道化師の声は神妙に答えた。
俺たちが工場から脱出しようとした時、声が響いた。
『デュノワ、また俺の作品を見てくれ!剣士の方は……覚えておくんだな」
俺は呟いた。
「……お前の方がな」
数日後、王国の諜報部に通報を済ませ、満額とは行かないが原因究明を果たした報酬を受け取っていた俺の家に、届け物があった。
宛先はデュノワ。その中には、触っても火傷しない炎の紋様が入ったドレスが入っていた。
……とまあ、これが俺の服に関する焚書主義の事件だが」
「え!?今ので終わりですか!?工場は結局どうなったんです?」
「閉鎖されたよ。工員がどうなったかは知らん」
「道化師は?というか、あのピアニストのデュノワがおじさんの家に居候してたなんて初耳なんですが……」
「それはまた別の話だ。今度良い機会に続きを話してやる」
クレアは、呆れた顔をして言った。
「こんな話聞いたら、全然服を選べないですよ……」
「この赤い奴とか良いんじゃないか?」
俺は、デュノワに贈られていたドレスにそっくりな服を選んで見せた。
我が姪は、さらに呆れたような視線をしてきた。
………もしかして、更に評価が下がったのか?どうも俺は、女性の相手をするのが下手なようだった。
姪にせよ、ピアニストにせよ。
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