第4話 白き恋人 序
ホモ・ファルサ……ワイス大公国内でのみ運用が許可されている魔法生物。
錬金術で作成した命の無い肉体に、魔法を用いてプログラムを入力する事で作成される。
名は『偽りの人』の意。
俗称ファルサ。大公国内の奴隷階級であり、人間との相違点は、整っているが画一的な外見である事、もしくは『昏い』と形容される独特な色彩の瞳である。
ファルサが自由意志に目覚め、人間の制御から離れる事は禁止され、自我に目覚めるようなプログラムは違法とされている。
また、人間に反旗を翻すなどの万一に備え、"ローゼン城"とワイス大公の居城には『ツァーリ』と呼ばれるファルサ緊急停止装置がいつでも作動できる状態で配備されている。
ワイス大公国……
ボーデン王国の北方に位置する大公国。その厳しい環境、そしてホモ・ファルサを基盤とした社会システムは、ボーデン王国とは全く異なる歴史と風俗を育んだ。
"ローゼン城"……ワイス大公国領内の独立組織、またはその拠点。
ホモ・ファルサの製造技術及び特許を独占し、大公国への労働力の供給を一手に担っている。
その為公国内での権限は非常に強く、部分的には大公すら凌ぐ。
また、ファルサで構成された私設軍隊も保有する。
"ガラクタの頭を踏みつけ、弾丸を撃ち込み、人とも思わず捨てる仕事"
世の中には他と比べて不法に高額な報酬の仕事ってやつがある。
そういう仕事は大抵、誰もやりたがらないが誰にでも出来るわけではなく、尚且つ必要不可欠な仕事だ。
例えば……
振動で目覚めた。
俺はあくびをしながら客室の寝台から身を起こし、壁に立てかけておいた剣を手に取る。
「おは……よう……」寝ぼけた口調で誰にでもなく朝の挨拶。
いや、もしかしたら剣に対しての挨拶だったのかもな?
寝台から起き上がり、持ち込みの水筒から少し水を出して顔を洗って口をすすぐ頃には、ほとんど覚醒していた。
俺は客室を出ると、車両を移動して食堂車に向かった。
「105室のリチャードだ」
「すぐに朝食をご用意致します」
ホモ・ファルサのウェイトレスが恭しく出迎えて、席に案内する。
しばらくして飲み物の注文が来たので、おすすめのコーヒーではなくココアを注文した。甘い方が朝は良い。
俺は逆に落ち着かないほどふかふかの椅子に座って、大きく作られた窓の外を見た。
広がっているのは、雪。雪。雪……
北の大地の大雪原が広がっていた。
そう。俺は今ボーデン王国から離れ、ワイス大公国を縦断する鉄道に乗っているのだ。
『本日の天気は吹雪。展望デッキは終日閉鎖となります。ワイスベルグには12時に到着予定……防寒具をご用意でないお客様は、是非車内販売での購入をご検討ください』
無感情な車内アナウンスを聞きながら、俺は手元の新聞に載っている人相書きを見た。整った顔立ちの、短髪の女だ。
『F世代ファルサ 叛逆者
オリガ=イバチェフ
大量殺人及び政権転覆、扇動に関与。
逮捕に協力した者には多額の報償が支払われる。生死は問わない』
俺はこの、焚書主義者の疑いがあるホモ・ファルサを殺しに来たのだ。
俺が記事を見つめていると、ぴしっとした服装のファルサがいつの間にか、俺の席のそばに立っていた。
「まだ他の注文は……」言いかけて、俺は気付いた。このファルサは列車のファルサではない。
「リチャード様、お会いしていただきたい方がいらっしゃいます」
「……?」
「"ローゼン城"の錬金術師です」
大物だな。まさか接触があるとは。
「何だと……?分かった、すぐに行く。このココアを飲み干したらな」
俺はぬるくなり始めたココアを喉の奥に流し込むと、席を立った。
俺が案内されたのは一等級の客室だった。つまり、一番いい部屋だ。俺は大枚叩いて二級の個室しか取れなかったのに……
出迎えたのは、伝統的な錬金術師のそれをスタイリッシュにしたような装束を着用して、メガネをかけた男だった。
年齢は40前後、細身だ。
はん、細身なのは当たり前か。
ムキムキの錬金術師とかちょっと怖いしな。
「ようこそ、リチャードさん。私はホモ・ファルサの製造及び制御を執り行う機関である所の……」
「"ローゼン城"だろ?知ってるさ」
「おやそうでしたか。流石はサー・リチャード。勉強熱心でいらっしゃる。
私はバックス。"ローゼン城"の錬金術師です」
「……どうも。知っているみたいだが、俺はリチャードだ。リチャード=ブラックウェル」
「"紺色の湖面"のリチャードさんですね。貴方のその腕前を見込んで、私から提案があるのです」
「何?俺はただ、賞金首のオリガ=イバチェフを……」
「正にその事なのです!」バックスは突然早口になって言った。
人の喋りを遮るなよ……嫌なメガネだな。必殺技出しちゃうぞ?
「大公国の政府が身柄を引き渡すよう布告を出していますが……彼等にではなく、我々"ローゼン城"に引き渡していただけませんか?
もちろん、こちらも標的の生死は問いません」
「なんだと……?」
「勿論、報酬は彼らより弾みます。支援も御約束しましょう」
つまり、こういうことらしい。
ファルサの製造管理を独占する"ローゼン城"と、行政上の支配者であるワイス大公は常に反目し合ってきた。
長らく国の基幹産業を担う"ローゼン城"が優位を保ってきたが、今回最新型のF世代が反乱を起こした事で、その構図は変わりつつあるという。
"ローゼン城"の組織としての独立を奪い、大公国の傘下に組み入れようとする動きがあるらしいのだ。
「もし大公側がオリガを捕らえるような事があれば、"ローゼン城"には事態を収拾する能力が無いと言われ、彼らに口実を与えてしまいます……」
実際反乱されてるんだから管理されとけとも思ったが、勿論依頼人の前でそんな事は言えない。神妙に頷いておく。
「それで、彼らがオリガを捕らえる前にそちらで確保したいわけか」
「えぇ。彼女を捕まえない事には、暴走の理由も解明できませんから。
前金既に用意しています……受けてくださいますね?」
「こっちの方が金をくれると言うなら……断る理由はないな」
本当の目的は焚書者だが、まあ金があるに越したことは無い。
「そうおっしゃってくださると思っていましたよ」
「ちなみに俺以外に賞金稼ぎは雇ってるのか?」
「あぁ、一人『ロクスレイ』という殺し屋が別派閥に雇われたようです。
ですが、はっきり言って彼と貴方では勝負にならないでしょうね」
「そ、そうなのか?」
「城主のエリオット・ローゼン様は、貴方に多大な期待を寄せていらっしゃいますよ」
「いやぁ、俺はたしかに強いけど……それほどでも……ハハハ」
自己承認欲求が満たされていくのを感じる………乗せられているのは分かるけど、つい頬が緩んでしまった。我ながら単純で困る。
……いや、単純なのは幸福に生きる上で必要な要素だろうか?
「これはF型オリガに関しての資料です。あぁ、彼女の追随者たちの分も」
「布告では彼女一人じゃなかったか?仲間がいたとは知らなかった」
「戦闘用のファルサも数体脱走していますが、思想的に脅威なのはオリガ一人です。他は彼女のシンパに過ぎません」
「はん……だが、シンパでも思想を持ってるってことなら、そいつらも始末しないとだな」
「そうなりますね」
彼は頷いてから言った。
「こちらから一人、貴方に協力する人員を送ります。現地で合流してください。彼女が助けになるでしょう」
会話はそこで終わり、俺は資料と前金を受け取って退室した。
数時間後、汽車は無事に首都ワイスベルグに到着した。
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