第3話エピローグ

ゲニウス=アルドラ 

生没年及び出身地は不詳。

焚書戦争以前の魔術師。

高名な魔術師であり、数々の戦争に従軍し、武功を挙げた。

また平等主義者としても知られており、旧世界における非魔術師差別に対しての反対を訴え続けた。

名望厚く幸せな家庭を持っていたと伝えられるが、奴隷出身と伝えられる妻を失い豹変。同時代の魔術師に対する虐殺を開始した。

同時にあらゆる魔法技術についての資料と機材を焼き尽くし、大陸全域を混乱の渦に陥れた、『焚書戦争』の引き金を引いた人物である。

混乱の中、弟である魔術師のラルター=アルドラに敗れて命を落としたとされるが、詳細不明。




 

「追いますか?《サイプレス》様」

 リチャード達が消えた闇夜を見て、カリスト小隊の兵士が言った。

「いや……その必要は無い。彼が生きていたと知れば、きっとアンサスも喜ぶでしょう」

サイプレスは、長弓をくるりと回して言った。

「『カリスト小隊』、任務完了。これより帰投する」



1日後


「……行きたくない」

「おじさん……いい歳なんだから駄々こねないでください」

 俺はステンズ伯爵の邸宅にほど近いカフェで、クレアと一緒に時間を浪費していた。

 実に暗澹たる気分だった……

 もうそろそろ伝えに行かなくてはいけない……俺がまんまと仕事に失敗して、あの目に入れても痛くなさげな孫娘を死なせてしまった事を。

「報酬はもらえないよなぁ……」

「それは当たり前ですよね」

「犬をけしかけられて追い出されるかも……」

「それで済んだら良い方ですよね」

「我が姪よ……これがどれほどまずい状況かわかってるのか?伯爵に嫌われたら俺は……俺の未来が暗雲に覆われていく……」

「暗い生活って事なら今も大して変わりませんって!おじさんの人生なんてそんなものです!」

昨日気絶させられたのを根に持っているのか、やけに姪の当たりが強い。

前からこんな感じだった気もする。


 俺はカフェで頼んだ紅茶を飲み干すと、重い腰を上げた。ストレスで10年は老けた気分だ……悪いのはしくじった俺なのだが。

 普段はここから5分で着く伯爵の館が見えてくるまでに、今日は10分もかかった。


 だが、俺達を迎えたのは予想もしなかった光景だった。

「申し訳ありませんが、ここは封鎖しております」

 制服に身を包んだ憲兵が、近づこうとした俺たちを制止した。

「俺たちは士爵で、伯爵に依頼されていた仕事がある。その報告に来たんだ」

「……お待ちを」

 憲兵は一旦下がると、誰かに連絡を取りに行った。

数分後に戻ってきた憲兵は、俺たちを屋敷の中に案内した。


「昨晩はどうも、サー・リチャード」

 そこで俺たちを迎えたのは、昨晩俺の目の前で火に身を躍らせたはずのリリー=ステンズだった。

髪色は燃え尽きたように白くなり、目は炎のように爛々とした輝きを灯しているが、それでもリリー=ステンズがそこには立っていた。

「おい、あんたは……」

「えっ!?」

 俺達が思わずうめくと、リリー嬢は意味深に笑った。

「今は静かに。私について来てください?」

 俺とクレアは顔を見合わせたが、結局大人しく着いて行った。

「ここが伯爵……あぁ、お祖父様のお部屋です」

 そう言って彼女は、黒焦げになった扉の前に立った。

「……どういうことかな?」

「この通りです。祖父はお亡くなりになりました。昨日の未明、突然押し入って来たテロリストの手によって丸焼きにされてね」

「……」

「葬儀を終えれば、私がこの屋敷の主人って訳です。お葬式には呼んで欲しいですか?……あぁ、そんなことを話したい気分じゃなさそうですね」

 そう言って彼女は、黒焦げになった部屋の中に入っていく。

 遺灰やら遺骨やらは既に回収されているようだが、家具は生々しく燃え残ったままだ。

「随分饒舌じゃないか……大切な人を失った割には」

「大切なひと……あぁ、あのダエナって子か。彼女は確かに、貴方の言う通り愚かでしたね」

 そう言って彼女は笑顔を浮かべた。どう見てもその笑顔は、昨日見た内気そうな令嬢のものとは思えない。

「……クレア、この部屋から出ろ」

「えっ?どうしたんですか?全然話が飲めないんですけど……そもそもリリーちゃんは昨日……」

「説明は後でするよ」

 半ば強引にクレアを外に押し出すと、俺は剣を抜いてリリー嬢と対峙した。

「そんな物騒なモノを出すなんて」

「答えろ。君は誰だ?リリー=ステンズでは無いな」

 それを聞くと、リリー嬢は喜色を浮かべた。異質さを覚える。

もはや目の前の少女は、リリー=ステンズの見た目をした別の誰かへと変わっていた。

「さて、何と答えようか?君としては、誰であって欲しいのかな」

「生き残りの焚書主義者が入れ替わって伯爵を殺したっていうのが最高の筋書きだな。君をここで逮捕すれば話がつく」

「残念ながらそうじゃない。君も既に分かってるだろう?焚書主義者には特定の魔力アルゴリズムがある。

だが"オレ"は、炎の兆候を示していないはずだ」

……その通りだった。さりげなく『湖面』を起動していたが、標準的な魔力傾向しか示していない。

そして俺は、焚書主義者でもない相手に何の理由もなく手を出すわけにはいかない……

「うーん……じゃあ持てる苦痛に耐えかねたリリー=ステンズが、無意識下で自己の精神を保護するために生み出した二重人格っていうのは?」

「おお!さっきよりはずっと正解に近いな!というよりほぼ正解だ!」

 そう言うと、目の前のリリー=ステンズの中の誰かは豪快に笑った。

 口調からして、人格は男なのか?

「だとしたら、俺の手には負えないな。精々キ印の患者も扱ってくれる病院を紹介するしかない」

「君、面白い事を言うな!

ハッハッハ」

「ははは……。さて、俺は帰るとしよう。もう俺に出来ることは無いからな。姪も待たせている」

「おいおい、本当に何もしないのか?

まあこっちとしても特に何かする予定は無いんだが……落ち着いたらパーティーを開こうと思ってるんだ。

誘おうか?」

「……考えておくよ」俺はそう言って、焦げかけたドアの取手に手をかけた。

「そうだ。まだ名前を聞いてなかったな。リリー=ステンズの中にいる君は、一体なんて名前なんだ?」

「オレの名前か?」

 少女は唇を歪めると、指先から炎をちょろりと出して言った。

「オレはゲニウスだ」

 ゲニウス。古代ラティナ語で守護霊の意にして、最初の焚書者の名前だった。


 部屋を出ると、待たされてふくれっ面をした姪が待っていた。俺はその顔を摘みながら、心の中で考えた。

 

……どういう事だ?

彼女……彼の主張が正しいのなら……

焚書戦争を起こしたはずの魔術師は、焚書主義者では無いという事だ。

ゲニウシズムとは、焚書戦争における狂気が由来とされてきた。

だが……

もし、があるとすれば?


真相は、炎の中だ。

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