第3話前篇 "炎の子供たち"

 俺はしがない小地主だ。

 だというのに、俺が王都の近郊に買ってある小さな家には、たまに信じられないようなお客が来る。

今玄関の前にいる、ライトハンド伯爵なんかがその例だろう……。

「閣下……?どうしてこんな所に……」

「孫娘の事で相談があって来ました。

話しても構わないですかな」

「あ、はい」

 何故俺にそんな相談を?そんな質問をすんでの所で飲み込み、俺は家に伯爵を招き入れる。

 ただ一つ確実なのは、俺に人望があるからこんな風に相談されてるわけじゃないって事くらいだ。



「閣下、それは本当ですか?

その、お孫さんがゲニウシズムに傾倒しているというのは」

「……」

 俺の目の前に座る老伯爵は、苦しげに頷いた。

「私も信じられないのだが……身の回りの世話をさせている侍女が、こんなものを見つけた」

 伯爵はそう言うと、安紙を使ったビラを取り出して、俺に見せた。

「『炎の子供たちの集い……傲慢な政府や窮屈な規範、カビの生えた普遍教会の教えから脱却しよう』……炎の子供たちか……」

 よりによって、『炎の子供たち』の名前が出てくるとはな。


「『炎の子供たち』と言えば、数年前にイスパニア領で反乱を起こした過激派の一団だ。もしそんな危険集団に孫娘が参加しているとなれば……亡き娘夫婦に何と言えばいいのか……」

 思い詰めた様子の老伯爵に、俺は出来るだけ冷静な声をかける。

「確かに『炎の子供たち』であれば大変な事です。王国に反乱を起こした過激派の残党がここアルビヨンで復活し、さらに伯爵閣下の御息女が加わっているとなれば、事態はより深刻でしょう……閣下はかなりの地位をお持ちですから。

……ですが俺の経験上、こういう集まりはただ昔の著名な活動の模倣をしているお遊びサークルに過ぎません。悲観しすぎなくても良いでしょう」

「そうか……それは良かった。とはいえ、そういう団体に所属しているというだけでも伯爵家にとっては大きな醜聞だ」

「では俺がやるべき事は、お孫さんを秘密裏にその団体から脱退させる事ですね」

「えぇ。出来れば、大きな揉め事は避けて頂きたい。謝礼は弾みます」

「承知しました」

「あぁ、それと……」伯爵は、幾分か表情を引き締めて言った。

「もしも団体に対しての調査が、士爵殿一人では足りないと感じた場合……調査を引き継ぐのは、星室裁判では無く諜報部であることが望ましいのです」

 星室官。この国の司法権の頂点にして、国内の治安や安定を力づくで維持する、秩序の権化だ。

「言われずともそのつもりです」

「それは良かった。星室官との介入は避けたいですから……ではよろしく頼みますよ、士爵殿?」

 頷きながら、俺は思案する。

 もしもその孫が既にゲニウシズムに陥っているのなら、無傷で引き離すのは無理だ。

──最悪の場合、彼女の遺灰を伯爵に届ける羽目になる。



 

1日後、俺は伯爵の孫娘が通うというセントレア大学の門の前にいた。

まだ昼で、出入りする学生の姿がちらほら伺える。

「騒がせちゃいけないんだよな……」

「あれ?叔父さん?おじさんではないですか!」

 見覚えのある声。次の瞬間、俺は細長い腕に抱えられて宙に浮いた。

「く、クレア……」

「私が通ってる大学にどうして!?

もしかしてかわいい姪に会いに来てくれたんですか!」

「クレア……」

「それとも、自分の子供を入れる大学の下見とか?あ、おじさんはそもそも結婚してませんよね」

「クレア!」俺は腕と手をばたつかせながら言った。

「とりあえず降ろしてくれないか」



「えぇ!あの子がゲニウシストなんですか?」

「声が大きい!……そういう疑いを、少なくとも彼女の祖父は持ってる」

「お父さんって事は……もしかして伯爵が?」

「そうだ。それが懸念事項だな」

 しばらく後、俺は(初めてここの大学に通ってると知った)クレアと、大学の中庭にあるベンチに腰掛けていた。

「伯爵の娘……リリーって名前だっけ?君は知り合いなのか?」

「はい!いやまあ、たまに話すってくらいですよ?リリーちゃんはその……おとなしい感じで、あんまり友達がいない子なので」

「ふーん……」

 それって貴族の娘として大丈夫なのか?引っ込み思案すぎると、パーティーの時に辛い思いをすると思うのだが。


 それから俺は、本題に入った。

「『炎の子どもたちの集い』に関しては何か知ってるか?」

 俺がその名前を出すと、クレアが

「あー!」と叫んだ。

「やっぱりあのクラブ、黒なんですか!?」

「声が大きいんだ君は!」手で声量を落とすように促しながら、俺は聞いた。

「その様子だと知ってるみたいだな」

「そんなに詳しくないですよ」

「又聞き程度で構わないさ。あまりゲニウシズムに深入りしている者の発言は信用できない。思考が汚染されてるからな」

「はあ、そうなんですか……オカルト好きの子たちの中で流行してるらしいですよ?火を囲んだりして儀式をしてるって」

「儀式に参加した学生の中に、君の知り合いはいるか?」

「あんまりグループが被ってないんですよね……それこそ、そのリリーちゃんくらいしか知り合いはいないっすね」

「なら、その子に話を聞くしかないな」

 それを聞くと、クレアはちょっと驚いたような顔をした。

「えっ、いきなり本命ですか」

「残念ながら、今回は他の証言者を見つけるほどの時間は無い。彼女がいそうな場所は分かるか」

「あー……図書館とかですかね」

「成る程。友達いなさそうだな」

 口に出してから、失言だったかなと思った。



 ステンズ伯爵の娘のリリー=ステンズは、クレアの予想通り大学併設の図書館の一角で、何かの本を読んでいた。

「あの子か?」俺が小声で聞くと、クレアは頷いた。

……前評判通り、大人なしそうな子だった。令嬢らしく髪は長く肩の下まで伸ばし、服も上品そうだ。内気そうな顔を隠すように、本に没頭している。

「まずいな……なんと言って話かければいいか分からない」

「おじさんは一応士爵でしたよね?パーティーで貴婦人に話しかけたりしなかったんですか」

「ああいう場には場に相応しいセリフっていうのがあるんだ!こんな風に年下の女の子に話しかける機会なんて無かったんだよ」

「はぁ……もういい年のくせに」

「それとこれとは関係ない……違うか?」


「あの……」

 振り向くと、そこに件のリリー=ステンズが立っていた。

「うわっ!!」

「リリーちゃんじゃないか。こんにちは。どうしたの?」

「クレアさん、こんにちは……そちらの殿方は誰ですか?クレアさんのお知り合い?」

「あぁ、この人は叔父さんのリチャードさんだよ」

「おじさんだと?」

「叔父さんですよ。私は貴方の姪なんですから、何も間違ってませんよね」

「あぁ、そっちの"おじさん"ね……」

 少し過剰反応してしまった……やれやれ。そろそろ年長者らしい所を見せなくては。

 俺は不安そうにこっちを見ているリリー嬢の方に向き、安心させるように笑顔を作った。

「胡散くさい……」クレアが横から何かを言った気もしたが、そんな事は気にしない。

「クレアから紹介を受けた通り、俺はリチャード=ブラックウェル。彼女の叔父だ。実は、ステンズ伯爵から言伝があって来た」

「お祖父様から……?」

 俺はそうしている間にも『湖面』を取り出し、彼女の波長を走査する。

「あぁ。実は──」本題に入る。

「君が最近出入りしてるっていうクラブについての事なんだ。お祖父様はとても心配されていて……」

 その瞬間、測定器である『湖面』に一瞬乱れが走った。だが、はっきりとした炎の兆候ではない。

「……私の事なら大丈夫だって、お祖父様には伝えておいてください」

リリー=ステンズは、それまでとは打って変わって、拒絶的な口調で言った。

「お祖父様は過保護すぎます。申し訳ありませんが、帰っていただけますか?」

「いや、そういう訳にもいかないんだ。俺は……」

「こういう事が何回目か知ってますか?教養学校でも、私が新しい友達を作ったら、すぐに人を雇って……」

「いや、今回はそういう話では」

 俺は話を続けようとしたが、不意に聞こえてきた足音の主によって、会話は中断された。

「やあリリー、どうしたんだい」

 

 怜悧な印象を与える女の声。

 中世趣味のドレスに身を包んだ若い女性が、そこには立っていた。

 その後ろには、何人もの邪教の崇拝者のような風体をした取り巻き達が控えている。

「何か怖い目に遭ったのかな」

 そう言って彼女は、鋭く、敵意を孕んだ視線を俺に向けた。

「……君は?ここの学生さんかな」

「私はダエナ。リリーさんが入っているクラブの会長を務めています。失礼ですが、貴方の名前をお聞きしても?」

「俺はリチャード=ブラックウェル。

士爵で、そこにいるクレアの叔父だ」

「そうでしたか。……彼女に何か用が?」

「ダエナさん……!」

 リリー嬢は素早く俺たちから離れると、ダエナの側に、隠れるように近づいた。

「どのような御用があったかは知りませんが、彼女は怯えています。

サー・リチャード、お引き取り願えますか?」

「……良いだろう」

 俺はあえて引き下がった。

「クレア、行くぞ」

「はい」

「私たちも行こうか、リリー」

 ダエナが言ったのが聞こえた。

「今夜は『炎の洗礼』だ」

「はい……」

 俺はダエナに向けて起動させた『湖面』を、こっそりと確認した。

 そこにはくっきりと、炎の形をした少女の紋章が浮かび上がっていた。




「どうしてさっき、ダエナをあの場で取り押さえなかったんですか?」

 図書館を出た所で、クレアが質問した。

「泳がせておけば、他のゲニウシストのところに案内してくれる。狙い目は集会だな。

ゲニウシスト集団がセントレア大学内に潜んでいる事が分かった以上、団体の処理は王国諜報部に引き継がせるが……俺はなんとかして、リリー嬢をゲニウシズムと逮捕の両方から救わなくちゃいけない」

「はーっ、大変ですね」

「君にも手伝ってもらう。しかし、あのダエナとかいう学生は何者なんだ?あんな奴がいる事知ってたか?」

「まあ、構内の有名人ですよ……私はあんまり詳しくないですけど」

「君、今回そればっかりだな……」

「学年違うし、付き合ってる層も違うもので」

「そういうものか」

 若者も複雑なようだな。

「まあ、一応クラブが何をしているかは目を光らせておいてくれ。

俺は一度王都に戻り、伯爵と諜報部に報告しないと」


 俺が大学から少し離れた宿屋に荷物を取りに戻ると、入口の前で馬車とステンズ伯爵が待っていた。

「閣下?どうしてこんな所に」

 俺が近づくと、伯爵は深刻な様子で話し始めた。

「リチャード殿、一大事だ……こんな事は予想してなかった」

「……?何があったのですか」

「どこから情報が漏れたかは知らないが……星室法廷に情報が漏れている。今週中にも奴らは動くぞ」

「………」

 そしてダエナが言うには、今夜にも何らかの儀式が開かれる。

 それらが意味するのは、俺は今夜中にカタをつける必要があるという事だ。


     

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