第18話 ファミリーレストランにて

 お昼時ではあったが、ファミリーレストランは空いていた。平日というのもあるが、やはり新型コロナウイルスの影響が大きいのだろう。俺と真由ちゃんは向いあわせに座ったが、透明のアクリル板で区切られていた。

 ウイルスの流行以前からは考えられない光景である。マスクを着けた店員の姿を見ていると、自分がSFやパニック映画の登場人物になったかのような気がしてしまう。


「さて、美味しいご飯を作ってもらったから、今日は俺がおごるよ。好きな物を注文してね」

「えっ、そんなの悪いですよ。朝からエアコンのことでお世話になりっぱなしで」

「気にしなくていいよ。部屋でごろごろしているより、よっぽど有意義な過ごし方だったからね」


 案の定、真由ちゃんは恐縮してしまったが、ここは「いいから、いいから」と強引に押し切る。エアコンの修理は残念な結果に終わったので、多少を良いところを見せておきたい。


「そ、そうですか。……ありがとうございます」

「うん。決まったら、店員さんを呼ぶけど」

「ええと、じゃあ、お願いします」


 手元のスイッチを押すと、マスク姿の店員が静かにやってきた。


「すいません。和風ハンバーグ定食を一つお願いします」

「わたしは、夏野菜のペペロンチーノで」

「それだけでいいの?」

「はい、あまりお腹が空いていなくて」


 さりげなくメニュー表を確認してみると、真由ちゃんは単品メニューの中でも安いものを選んでいる。しまった、せっかくだから美味しいものを食べてもらおうと思ったのだが、かえって気を使わせてしまったのかもしれない。ううむ、日曜日に出勤したときに水村主任が言っていた「おごる、と言ったら遠慮して安いのを頼むだろう」と。


「ご注文は以上でよろしいですか?」

「あっ、ちょっと待って下さい。……ええと、ブルーベリーをたっぷり使った甘酸っぱい夏のパフェを2つ追加で」

「えっ? あの……」


 真由ちゃんが何か言いかけたが、俺は手で制して注文を確定させる。店員は注文を復唱すると、丁寧にお辞儀をして戻って行った。

 

「あのう……」

「俺が食べたかったから、一緒にどうかなって思って。男一人でパフェを食べるのって抵抗があるんだよね。たまに食べたくなるんだけど、なかなか機会がないから今がチャンスだなって」

「そうだったんですか。でしたら、ご一緒に……ありがとうございます」


 ううむ、人におごるというのは意外に難しいものだ。相手の負担にならないようにスマートにやれるようになりたいものである。俺は、真由ちゃんに気づかれないようにため息をついた。




 メインを食べ終わったあと、パフェが2つ運ばれてきた。白いクリームと濃い紫色のブルーベリーの対比が鮮やかである。真由ちゃんは、小さく喜びの声をあげた。


「わあ、すごく美味しそう。それに、色合いがとってもきれいですね」

「ブルベリーソースがたっぷりだね。盛り付けもきれいだけど、俺は花より団子だから、早速いただいちゃうよ」

「ふふ、わたしもですよ。どこから食べようかな」


 スプーンを手にした真由ちゃんは、笑顔でパフェを見つめている。にこにこした彼女の表情は魅力的ではあったが、それをじっと眺めていると変な人だと思われかねない。俺は、スプーンでパフェを崩しにかかった。

 口の中に、甘酸っぱいさわやかな甘味が広がる。


「うん、久々に食べるけど美味しいな」

「はい、とっても美味しいです。ふあ、アイスの甘みにブルーベリーがすごく良く合ってます。ソースだけじゃなくて、果実もトッピングされてますね」


 真由ちゃんは、アイスとブルーベリーの果実を一緒に食べたりソースとアイスを絡めたりと色々な食べ方を楽しんでいる。ファミリーレストランのパフェでこれだけ喜んでくれるとは、おごったかいがあったというものだ。温かい気持ちになりつつ、俺もパフェを口に運んでいく。


「遠山さんは、ブルーベリーがお好きなんですか?」


 半分ほどパフェを食べたところで真由ちゃんが質問してきた。いつの間にか、俺も夢中になって食べていたらしい。パフェが食べたい言ったのは、彼女が遠慮しないようにするための建前だったが、予想外に美味しかったのである。


「んー、好きっていうか、昔にアニメかゲームなんかで低木になっている果物を食べるシーンがあったんだ。架空の果物だったと思うけど、見た目がブルーベリーに似てたんだよ。それを見て、すごく食べたくなったんだよね。あれって、どんな味がするんだろうかって」

「ああ、そういうのって何だか美味しそうに見えますよね。それで、実際に食べてみたのですか?」


 真由ちゃんは、スプーンで溶けかけたアイスとブルーベリーの果実を一緒にすくいあげた。


「うん、家族で出かけたときに農産物販売所で見かけて買ってもらったんだ。……美味しいといえば、美味しかったんだけど、想像とは違ったね。頭の中で、あれこれイメージしているうちにハードルがあがっちゃってたのかな」

「そういうことってありますよね。ブルーベリーってジャムとか加工品は甘いですけれど、果実は意外に酸っぱいですから」

「両親からは、熱心にねだるから買ってやったのにって言われちゃったなあ」


 幼い頃を思い出しながら語ると、真由ちゃんはくすくすと笑った。


「遠山さんでも、小さな頃はご両親にねだったりしたことがあるんですね。ふふ、想像するとなんだか可愛いです」

「可愛い、のかなあ。小学生ぐらいのときは、よく考えずに行動してたから、今になって思うと恥ずかしいことが多いよ」


 小さい頃は、自分の思ったことをそのまま口にしていた。幼いということなのだが、自分の気持ちを正直に表していたとも言える。ある程度大きくなると、相手の気持ちを推し量ることを覚え、我慢したり自分の思いとは違う答えをしたりするようになっていく。

 成長したとも言えるのかもしれないが、次第に打算とか人間関係なんて要素が加わってくる。自分の気持ちより、どう答えたら有利になるかが優先され、本当の思いがわからなくなってしまう。

 俺は、とりとめのないことを考えながらブルーベリーの果実を口に運んだ。あのとき買ってもらったブルーベリーは、結局どうしたのだろう。全部食べたのだったか。


「真由ちゃんは、さっきの話し方だとブルーベリーをそのまま食べたことがあるんだよね。買ってもらったの? それとも、スイーツにトッピングされてたやつかな」

「小さい頃、両親にブルーベリー狩りに連れて行ってもらったことがあるんです」


 真由ちゃんはスプーンを動かす手を止め、懐かしそうな表情になった。


「急に、お父さ……父が出かけようって言い出したんです。普段から家族で遊びに行くようなことは、ほとんどなかったので嬉しかったのを覚えています。父は仕事が忙しかったのでしょうけど、家族に申し訳なく思っていたのかもしれません」

「仕事と家庭の両立か、難しいだろうね。俺なんか仕事だけなのに、ヘトヘトって感じだよ」

「ふふ、そんなことはないと思いますけど。……あれは7月の初めぐらいだったかな、田舎の農園に連れって言ってもらいました。ここにあるブルーベリーを好きに食べて良いって言われて、はしゃいでしまいましたね」

「真由ちゃんって、意外に食いしん坊だったの?」

「ち、違いますから。意地汚くはないです。……その、見渡すかぎりブルーベリーの木があって、自由にできるっていうのが特別感があって嬉しかったんですよ」


 慌てて否定した真由ちゃんは、残り少なくなったパフェに目をやりながら思い出を語り始めた。懐かしい初夏の思い出、彼女の話に触発されたかのように、俺は過去のエピソードをいくつか思い出す。甘いものも、少し酸っぱいものもあった。


 二人で思い出話に花を咲かせていると、ふとテーブルの中央の仕切り板が気になった。感染予防、適切な社会的距離を保つための透明な障壁だ。今のご時世では人との距離を保たなければならないし、会社勤めの経験から、他人とはある程度距離をとった方がうまくいくことが多いことも知っている。

 ふと、真由ちゃんと俺との間にある透明のアクリル板が何かを象徴しているような気がしたが、慌ててその考えを打ち消した。変なことを考えてはいけない。俺は、あくまで困っている隣人を助けた良識のある社会人なのである。

 二人で楽しく会話をしながらも、心の中では気を引き締めることにした。何に対して引き締めるのかは、考えないことにしていたが。

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