第17話 エアコン修理ミッション

 俺は、アパートから近くにあるスーパーの駐車場の隅で真由ちゃんを待っていた。

 店から最も遠い位置に車を停めてあるので、目立つことはないだろう。しかも、平日で人が少ないのに加えて、暑さのため他の車は店の近くに集中している。わずかな距離であっても、熱気にさらされながら買い物袋をさげて歩きたくはないのだろう。


 エアコンの効いた車内で、外の景色を眺めていると、昔にプレイしたゲームを思い出す。あれは危険な惑星を探索する宇宙開拓のストーリーだったかな。建物の外で活動するのに制限時間があり、うまく拠点を活用しながら行動範囲を増やしていく必要があった。

 この地球でも、このぐらい暑くなると、体力が尽きないようにコンビニやらスーパーに立ち寄って冷房にあたりながらでないと、外で長い距離を歩けない。新型コロナウイルスといい、この惑星の環境は人間にどんどん厳しくなっている気がする。


 俺が地球環境を憂慮していると、真由ちゃんらしき女の子がやってきた。店舗ではなく、きょろきょろしながら駐車場の端を歩いている。彼女で間違いないだろう。

 窓を開けて軽く手をふると、彼女はトコトコとこちらへやってきた。


「すいません、お待たせしてしまいましたか」

「いや、大丈夫。それに、こちらはエアコンの効いた車でのんびりしてただけだから。ささ、暑かっただろうから、早く入って」

「はい、お邪魔しますね」


 助手席に乗り込んできた真由ちゃんは、青いロングスカートに着替えていた。海や水流をイメージしたのか、さらさらした感じの素材を使っているようだ。普段は年齢より幼く見える彼女ではあるが、今の格好だとハッとするような魅力があった。もちろん口には出さなかったが。


「へえ、お洒落してきたんだね。うん、夏らしくよく似合っているね」

「あ、ありがとうございます。……ええと、お洒落というか、電気屋さんだからスーパーに行くようなラフ格好はどうかなって思って。……あの、う、浮かれたりしてるわけじゃないですよ」


 大人びた格好になった真由ちゃんではあるが、中身の方はいつもの彼女である。別にお洒落をしてもいいと思うのだが。


「ひとまず、誰にも見つからないうちに出発しちゃおうか。この場所って目立たないと思ったけど、周りに他の車がないとかえって怪しい気がしてきた」

「ふえっ、怪しいのはいけないです。別に変なことは考えていませんけど、誤解は困りますから行きましょう」


 念のため駐車場を確認してから、車を発進させた。意識しすぎなのかもしれないが、誤解で大問題になっても困るのだ。

 道路へ出て、スーパーから離れると、真由ちゃんはリラックスした様子になった。


「これで、同じアパートの人たちには出会わないと思います。ふふ、不謹慎かもしれませんがちょっと楽しいですね」

「そうだね、ちょっとしたスリルってとこかな」


 真由ちゃんが言う通り、気がつけば俺も少しわくわくした気分になっていた。秘密、というものは魅力的なものなのだ。

 ふと、この車の助手席に女の子を乗せるのは初めてだったことに気づく。だが、口には出さなかった。世の中、正直になんでも話すよりも黙っていた方が良いこともある。これも秘密の効能の一つかもしれない。




 大型家電量販店は、商品のプロモーションとばかりに冷房がキンキンに効いていた。省エネとか地球環境的には良くないのだろうが、製品のプロモーションとしては有効である。思わず見に行きたくなってしまったが、まずはサポート窓口である。

 

「これは……うーん、調べてみますので少しお時間をいただけますか」


 サポート窓口の中年男性は、俺がエアコンのメーカー名と型番、症状を伝えると、困惑したような表情を浮かべた。彼は、腕組みをしたり首をかしげたりしながら、ファイルをめくったり手元の端末を忙しく操作している。手際がよく、仕事に慣れている感じだが、結果はどうなるだろうか。真由ちゃんは、期待と不安が半々といった状態で見守っていた。


「修理は……あまりお勧めできないですね」


  サポートの男性は、顔をあげると申し訳なさそうな表情で言った。


「お勧めできない、ということは修理することは可能ではあるんですよね」


 俺は、念のために確認してみる。


「可能です。ただ、このタイプは生産が終了しているので部品を取り寄せるのに時間がかかるんですよ。それに修理費用を考えると、余程思い入れがあるなどの理由がないともったいないですねえ」

「あのう、どのくらいの値段になるのでしょうか」


 黙って聞いていた真由ちゃんが、おそるおそるという様子で口を開いた。男性は少し考えたのち、近くにあったメモ用紙でなにやら計算し、それを俺たちに見せてくれた。


「ふえっ、け、結構というより、かなりかかるんですね」


 金額を見るなり、真由ちゃんは軽く後ずさりした。


「すいませんねえ。これは部品交換が必須になるんですけど、それが高いんですよ。ちょっとしたパーツに見えても、重要部品ですからねえ」

「そこに工賃やら出張料が加わるわけですよね。知人が基盤を交換することになったんですけど、すごくかかったと言っていました」

「ああ、そうなんですよ。修理はわりと早く終わるし、基盤も小さなものなんですけど、お金がかかっちゃうんですよ。お客様からしたら、この内容でこんなにかかるの? って思うかもしれないんですけど」


 俺が知人から聞いた話をすると、男性は我が意を得たりとばかりにうなずいた。予想はしていたが、エアコン修理は難しいようだ。真由ちゃんに視線を向けると、彼女はふるふると頭をふった。


「営業ってわけじゃないですけれど、このエアコンを修理するなら買い替えた方が良いですよ。今なら納品も早くできますし、長い目でみれば金銭的にもお得です。最新の機種は性能が良いし省エネですから、電気代を考慮すれば十分にもとが取れると思いますね」

「け、検討してみます。ありがとうございました」


 サポートの男性がカタログを差し出すと、真由ちゃんは受け取ってペコリと頭を下げた。男性もつられたようにペコリと頭を下げる。俺も同じようにしてから、その場を離れることにした。



 せっかく来たのだからと、なんとなくエアコンのコーナーを見に行くことにした。壁にびっしりと取り付けられたエアコンたちが壮観である。


「残念だけど、修理は無理そうだね」

「そうですね。もう少し……ではなくてもっと安ければお願いできたのですけど」

「買い替えにしても、ご両親に相談しないといけないよね」

「はい……ただ、今は……」


 とても相談できる状況ではない、ということか。金銭的な問題なら俺が立て替えても良いのだが、さすがにそれは差し出がましいだろう。それに、これだって両親に相談しなくてはならないし、下手をすると問題が大きくなりかねない。

 真由ちゃんは、真剣な目つきで「お買い得」と張り出されたエアコンの値段を見ていた。


「はあ、わたしのお小遣いではどうにもなりませんね」

「……念のために聞いておくけど、俺が一時的に立て替えとかするのは……」

「そ、それは申し訳ないですっ。それに、お母さ……母や父が慌てて戻ってこようとしちゃいますよ」

「だよねえ」


 真由ちゃんの祖母の入院であれこれしてるときに、これでは余計に迷惑をかけてしまうだろう。俺がうまく事情を話して説得できればよいのだが、そこまで話術に自信はない。目の前には様々な種類のエアコンが目移りするほどあるのに、うまくいかないものである。

 俺は雰囲気を切り替えるべく、あえて明るい声で切り出した。


「できるだけのことはやったわけだから、遠慮しないで俺の部屋のエアコンを使ってよ。明日からは仕事だから、俺はほとんど部屋に居ないからちょうど良いし。……ご両親に相談するのは、向こうが落ち着いてからでいいからさ」

「そ、それは……すいませ……あ、ありがとうございます。でも、いいんですか、今日だってお休みのところに付き合っていただいてしまって……」

「問題ないよ。最近はウイルスのせいもあって、出かけるのに理由が欲しかったっていうのもあるし。……そうだ、今度は俺の用事に付き合ってもらおうかな」

「いいですよ。何でもお手伝いします」


 俺の提案に、真由ちゃんは明るい表情になった。やる気を示すように、小さな手はきゅっと握られている。


「そろそろお昼だから、ご飯を食べに行こう」

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