Case.3 読めない手紙

File.1

 今日はなんて良い日なんだ。きれいに並んだ鱗雲を見て思った。

 むせかえるような濃い青をした夏の空よりもいくらか薄くなった秋らしい色になっていた。まだ空気は少しだけしっとりしているが時々思い出したかのようにからっ風が、びゅうっと吹いて緩んだ肌がピンと張る時がある。

「なにほくそ笑んでるんですか、毒島君」

 怪訝な視線を向けながらコーヒーカップを傾ける不動が言った。

「いやだなあ、ほくそ笑んでるだなんて。微笑んでるの間違いでしょう」

「どちらにせよ気味が悪い」

「聞いてくれます?」

「結構です」

 踵を返し聞かず姿勢をとるも時すでに遅し。毒島は意気揚々と話し始めた。

「実は同窓会のお知らせが届きまして」

「それはよかったですね」

 つい条件反射で口をはさんでしまい内心苦虫を嚙み潰す。

 そんな様子など目にも入らない毒島は止まらない。

「小学校の同窓会なんですが、タイムカプセルを開けようだなんて話がありましてね。年甲斐もなくワクワクしてしまいまして」

「ええ、それは本当に」

「不動さんは埋めました? タイムカプセル」

「いいえ。覚えていません」

 もうやけくそ気味に答えても問題ないだろうと不動は自席のチェアに腰かけた。

「私もそうなんです。タイムカプセルだなんて単語を言われない限り思い出せなかったんですよ。それを聞いた瞬間当時の記憶が、こうブワーっと、思い出されましてね」

「はあ」

「それから同級生たちと何を埋めたかだなんて盛り上がっちゃって」

 いつにも増して饒舌な毒島の声を背景音にしてクロスワードパズルに視線を運んだ時だった。

 インターホンもなしに事務所の扉が開いた。

 そら寒いというのに半袖短パン、ランドセルを背負った小学生がやってきた。

「ここにジェームズとネルソンがいるって聞いたんだけど」

「NBA選手か」

 すかさず「ホームズとワトソンだろう」と訂正し立ち上がった。自分で言うのもなんだか気恥ずかしいが、毒島の浮かれた話を聞き続けるのを阻止できるのならば恥も外聞もなんとやらだ。不動は軽快に立ち上がった。


 毒島は小学生男子に見合う飲み物はないかと物色したがここにはろくに客など来ないせいでストックがコーヒーか紅茶しかない。時々飽きたときに日本茶を飲む程度でジュースなんて洒落たものはない。

 若干不満げな津島奏汰はしぶしぶ出された湯呑に口を付けた。上品な茶器がだいぶ不釣り合いだ。

「それで、津島君はどうしてここに?」

 毒島が尋ねる。子供なんて来るような場所ではないのになぜ、という意味合いが濃く出ている。表情も困惑気味だ。

「お母さんに聞いて来た」

「お母さん?」

「ここでは事件を解決してくれるって」

 話を聞けば隣のマンションの子供らしく、風の噂でこの事務所の話を聞いたらしい。しかし小学生らしく自分の理解できる範疇のみの情報をつなげていったため内容に語弊があるようだ。

 居座られても面倒だと思った不動はここでじゃ何もできないことを伝えようと口を開こうとした時だった。

「死んだおばあちゃんの荷物に読めない手紙があったんだ」

「読めない手紙?」

 その一言は不動の耳をそばだたせた。

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