File.3
「その部屋は独特な臭いがしませんでしたか」
はい、確かに。その部屋の前に行くと、いつも酸っぱい臭いがしていました。それが苦手で近寄りがたい理由の一つでした。
「三枝さんのおじいさんの趣味は写真撮影ではないですか」
はい! その通りです。カメラをいつも持ち歩いて、よく写真を撮ってくれました。
※
「簡単な話です」
そう言って不動はコーヒーカップを持ちソファから立ち上がった。とことこと歩き自分の事務机の前で止まると腰を預け、コーヒーを一口含み嚥下する。
「その部屋は暗室にされていたんです。灯が入らないよう遮光処理され、独特の臭いは酢酸によるものでしょう」
「じゃあ、近所の人は何をしに来たんでしょう」
毒島が疑問を口にする。すると不動はさらに得意げに口を開く。
「簡易暗室でしょう。キッチンや風呂場で代用することも可能です。しかし、薬品を使うので食品を扱うキッチンや体を清める風呂場は嫌厭される場合もある。だからこそ、その部屋は作られたんでしょう」
三枝は深く感心したのか大きく頷くと不動を見上げた。
「確かに不動さんの言う通りだと思います」
ほっとしたのか、三枝は出されたコーヒーにようやく口を付けた。一安心できたのか大分リラックスしている。
「愛島さんから悩みを解決してくれるだなんて聞いたときはびっくりしたんですけど、本当に相談してよかったです」
「お力になれてよかったです」
毒島がそう言うと彼女は「ありがとうございました」と頭を下げた。二人も同じく頭を下げる。
三枝が事務所を後にするとしんと静かな事務所に元通り。
「……毒島君、かなり怯えていたろう」
「何を、そんな、馬鹿な」
狼狽えまいとすればするほど狼狽えてしまう。お前の考えていることなどお見通しだと言わんばかりに不動が言う。
「お祓いとか意味のわからないことを言わないでくれますか。うちはオカルト相談所ではないので」
冷めたコーヒーを飲み干すと「ではお先に」と帰宅準備を済ませてしまう。今日のカギ閉め当番は毒島。もし不動が帰ってしまえば自分ひとりになることを察知した毒島は、いつもより少しだけ急いで帰宅準備を始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます