File.3

「家族写真に写る女性より来店された女性の髪の毛の方が長くありませんでしたか」

 ええ、そりゃまあ。そうですよね。

「ひと月あたりに伸びる髪の長さはどのくらいですか」

 人にもよりますが、だいたい一センチくらいです。

「今は九月、その写真が七月末に撮られたと加味しておおよそ二センチ。彼女の髪はそれ以上長くありませんでしたか」

 ……確かにそうです。言われてみればそうでした。家族写真では鎖骨くらいだったのに来店されたときは胸のあたりまで伸びていました。

「最後に、写真に写っていた妹さんの髪型はショートカットではありませんでしたか」

 はい、そうでした。まさか、そんな……。


「不動さん、ありました。山陽自動車での横転事故。一家四人のうち一名が死亡、三名が意識不明の重体」

 毒島がその記事を印刷すると二人の前に持っていった。

 記事の名前を見た愛島は「あ……」とつぶやくと口を噤んだ。



「これは憶測ですが、彼女は今まで入院していた。そして、一年ぶりの美容室を評判のいい愛島さんのお店にした。……彼女は優秀な妹さんになりたかったんではないでしょうか」

 黙ったままうつむく愛島は何も言わない。

「愛島さんは腕のいい美容師として評判だった。腕を買われたんです。だからきっとクレームは来ないと思いますよ」

 不動はそう言うとコーヒーを嚥下した。


 気落ちしていた愛島はしばらくすると「まだ自分の中で消化できてないですが、あのお客さんがいいと言ってくれた言葉を信じたいと思います」と口を開く。愛島は謝辞を述べると事務所を後にした。

「なんだか悲しいお話でしたね」

「事情は人それぞれですからね。踏み込める範疇は限られている。理由はともあれ一人の技術者として頼りにされたことを誇るべきです」

 毒島は何とも言えない気持ちになってしまった。当事者である愛島はもっとやるせないだろう。

 窓の外はすでに真っ暗で月の形がはっきり見えるくらいにまで空気が澄んでいた。

 不動の言う通り今夜はぐっと冷え込みそうな空だった。

「不動さん、コーヒーのおかわりはどうされますか」

「……今夜はよく冷える。いただけますか」

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