ある日、天狗になったボクは・・・

アオヤ

第1話

 八月の突刺す様な日射しが今日も容赦なく俺を襲う。


『今日も生命の危機を感じる様な暑さになるでしょう。身体のダルさ等を感じたら・・・』

朝のニュース、天気予報のお姉さんは一週間毎日こんな言葉を投げかけている。


 冬は着込めばなんとかなるけど、夏は暑さからは逃げ切れない。

外回りの営業担当の俺にはこの時期の外室で、釜茹でにされた石川五右衛門の気持ちが分かる気がする。


 朝から少しだけ喉が痛かったけれど、ブラックな状況に置かれた俺にはそんな事ぐらいで仕事を休む理由にはならない。

汗でグショグショになりながら仕事をしていると突然、寒気がしてきた。

『暫く休んでいれば・・・』

俺はそんな重く考えてなかったが震えが止まらず、近くのクリニックで診察してもらった。

「コロナの陽性反応が出ていますね。後で保健所から連絡が入る筈です。自宅で10日間隔離療養してください。」

医師は事務的に状況を説明し、紙切れ一枚と解熱剤を俺に渡すとその場から去って行った。


・・・まさか俺がコロナに感染してしまうとは?


俺はなんとか自宅に辿り着き、会社に電話して10日間の有給をもらった。

普段有給なんて使った事が無いのでたんまり残っていたが、まさかこんな事で使う事になるなんて思いもしなかった。


 俺はパジャマに着換えて、医師からもらった解熱剤を飲み窓際のベッドに横になった。

暫くすると解熱剤のおかげか寒気だけは治まりウトウトしだした。


ボォ〜として夢現ゆめうつつの状態で窓の外を観ていると・・・

二階のベランダの手すりにカラスみたいな鳥が留まった。

俺はボォ〜と眺めていたら、それがカラスで無いことに気がつきゾッとする。


それは小柄な天狗だったのだ。

一本歯の下駄を履き、赤い皺だらけの顔で鼻だけが突き出て目立つ。

髪はボサボサでその眼は鬼の様にギョロとしている。


俺はその天狗と目があった。

そして『ウワッ』声をあげながら指を指してしまった。


「なんだ、私が視えるのか? 一般人には私は視えない筈なんだか・・・ さてはおまえ、第三の眼が開いたのか? 」

天狗が俺にむかって声をかけてきたので更にギョとした。


無視なんかしたら機嫌を悪くしてすぐに生命を持っていかれるのだろうか?

とにかく怖かった。

「あの・・・ どちら様でしょうか? ワタクシにどの様なご用なのでしょうか? 」

俺は恐る恐る天狗に声をかけた。


天狗はギョロッとこちらを睨むとプィとして、俺のことなどまるで興味がないかの様に話し始めた。

「まぁ大した事じゃない。この辺りでまた水害を起こして、沈めてみようと思ってるだけだ。」


・・・ハッ? またこの街は水害に見舞われるのか?

この街は平成、令和と二度も水害に見舞われ、広い範囲で建物や車が水没している。

当時の映像は俺の頭の片隅に焼き付いてる。

大切にしていたモノは水没して泥だらけになり、想い出の品も流され失ってしまった。

想い出を失う事は自分の過去を失う様な気がして、もう二度と起きてほしくないと思っていた。

・・・それがまた起こるというのか?


俺は上半身をベッドから起こして天狗に恐る恐る話しかけた。

「あの・・・ 天狗様? 」


「なんだ人間? 」

ギョロッとした鬼の様な目は紅く光って俺を睨みつけている。


俺は天狗の機嫌を損なわない様に気をつけながら話しだした。

「この街はもう既に2回も水害にあっております。天狗様は再びこの街の人々に試練を与えるのですか? 」


「そんな事、私の知ったことではない。人間は自分の欲望の為に暑いガスを出し続けている。それによって地上や海や空のバランスが崩れてきているのだ。その反動がココに現れてるだけであろう? 」

天狗が少し悲しそうな顔をしている様に見えた。


「言っている事は分かります。でも、わずか10年の間に3回もなんてあんまりではないですか? 」


天狗は今度は俺の方に顔を向けて話し始めた。

「人間よ、この街が好きか?」


「ハイ、この街で活きてきた想い出があるので・・・」


「ならば・・・ おまえが天狗となり、この街を土地神として護っていけばよかろう。」


「ハッ、俺が天狗に成れるんですか? 」


「たぶん第三の眼が開いておるオマエなら天狗になれるだろう。だか、その身体を生け贄として差し出さねばならない! 」


「えッ・・・ 生け贄ですか? 」


「そうだ! 覚悟は決まったか? 」

天狗は俺に覚悟を迫ってきた。

その眼は俺の考えてる事などと言ってるようだった。

熱が下がってないない為、朦朧としている俺は『まぁ、神様に生まれ変わるのも悪くないかも』なんて一瞬思ってしまった。

いやいや・・・

生け贄はダメだろう?

いくらブラックな環境で生きる事に疲れても・・・

それでは自殺するのと大してかわらないじゃないか?


俺の頭の中は熱で朦朧としてどうしていいか答えが出てこなかった。


そんな俺の想いを知ってか知らずか天狗がベランダの窓を開けて部屋の中に入って来た。

「何をグズグズしておる? 街を護りたいと言ったのはオマエであろう。さっさと覚悟を決めてついてこい! 」


天狗はベットの上でボォ〜としている俺の手を掴みベランダに引っばりだした。

勢い余った俺の身体はベランダの手すりを乗り越え真っ逆さまに落ちていく。

落ちていく俺の目には小さな庭木とゴツゴツしたでかい庭石が映っている。

庭石はスローモーションの様に俺の顔に近付いて来た。

アァァ、きっとこれが走馬灯というモノなんだろうな・・・

一瞬、頭を突き抜ける様な痛みが走った様に感じたが・・・


気がつくと俺は我が家のすぐ上を鳥の様に飛んでいた。

隣にはさっきの天狗が居る。

「どうだ、天狗になった気分は? 最高だろう。今からオマエは俺と同じ天狗だ。これで自然現象にまつわるチカラを自由に使える様になったのだ。」

天狗は誇らしげに笑っている。


「あの・・・ 先輩天狗様? 私が何をすればこの街から災いを遠ざける事が出来るのでしょうか? 」


「あぁそうだった・・・ 簡単な事だ。オマエが持っているウチワを『目的の場所に向けてあおぐ』だけでいい。サァやってみるがいい! 」

先輩天狗は俺に『はやくやってみろ』と急かすかのように睨みつけた。


「あのぉ・・・ 目的の場所って・・・? 」


先輩天狗はプィと横を見た後で俺の方に顔だけ向けた。

「知らんわ! エネルギーが貯まっているから何処かに放出せねばならない! ウチワをどこかに向けてあおぐのじゃ〜! 」


「あのぉ・・・ ウチワをあおぐと、あおいだ先では水害に遭うのですよね? 」


「あぁそうじゃ! それがどうした? 」


「どうしてもやらなきゃ駄目ですか? 」


「あまりグズグズしていると私がココに向けてあおぐぞ! 」

先輩天狗はなんとなくイライラしているように見受けられた。


「あのぉ失礼ですが、天狗は自然現象を自在に操れるんじゃないんですか? 」


俺の言葉に先輩天狗はふぅ~と息を吐き話し出す。

「いいか? 神様の世界だって階層がある。その頂点は天照大御神様だ。天照様は天地創造の神様で今回の災害は天照様が決めたこと。私ら下っ端の天狗はそれをドコにするか位しか決定権は無いのだよ。だから諦めてサッサとウチワをあおげ! 」

先輩天狗は俺を睨むと顎を突き出し合図をよこした。


俺は逃げられない事を悟ると『どうにでもなれ!』とウチワを大きくあおいだ。


その途端に遥か千km彼方の土地に雨雲が現れ大粒の雨が辺り一面を叩きつける。

みるみる川の水位は上がり、そして堤防が切れて道路だか川だか分からなくなった。

車や家々は泥水に呑み込まれその街は濁った泥水に沈んだ。


俺は最初こそ水害を起こす事を躊躇っていたが・・・

その凄まじいチカラを得られたことに興奮してくる。

「コレが俺の・・・ 天狗のチカラなのか? 俺がウチワをあおぐ事でこんな事が出来るのか? 」

眼の前の惨状を見て興奮している自分が居るなんて・・・

俺の心の何処かで哀しみがこみ上げた。



###

窓から西日が差し込み俺の顔を照らした。

俺は瞼を開けてベッドからやっと上半身を起こす。

熱のせいで身体の節々が痛む。

そして朦朧としていて、今まで見ていたのが夢か現実か区別がつかなかった。

「なんだ、夢だったのか? 」

俺は鏡を見て自分自身が天狗で無い事を確認し、なんだかホッとする。


間もなく部屋にも黄昏れがやって来て、全てを包み込んでいった。


テレビのニュースを点けると山形県で洪水が発生している事を告げている。

その映像を見て俺はハッとした。

「コレは俺が夢で見た景色じゃないか・・・」

・・・いったいアレは夢だったんだろうか?


俺の頬から一筋の涙がこぼれ落ちた。

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