第50話 幻妖宮の攻略法

 私達はぎょうに案内され、京の外れに向う。


 空から見る京は、ところどころに赤い血で染まり、検非違使達が犠牲者を一所に丁重に集め、死んだ鬼を焚き火に放り込んでいるのが目に入った。


 犠牲者の家族と思われる者達が亡骸の側で泣き喚き、鬼の燃やされる火に向かって石を投げつけている。

 淀んだ空気が京いっぱいに満ちていた。


 胸の中に重苦しい何かが落ちるような、ぐっと締め付けられるような気持ちになり、桔梗の背を掴む手に力を込めて握りしめる。


「彼らの為にも、平和を取り戻しましょう」


 桔梗が気遣うように私に言った。



 暁が下降を始めると、そこにはカミちゃん達、蒼穹達軍に加えて、検非違使達が集まっていた。


 私達に気づくと、全員が膝をつく。


 皆、血に塗れ、傷ついている。

 酷く負傷している者もいた。


 地上に降り立つと、カミちゃんが大仰に頭を下げる。


「お待ちしておりました。白月様。矢を受けられたと伺いましたが……」

「うん。でも大丈夫。それより、皆、お疲れ様。京をありがとう」


 私の言葉に、皆が一度、深く頭を下げる。


「カミちゃん、負傷している者は狐の村に運んで。紅翅がいるから。宇柳、蓮華の花弁は届けてくれてる?」

「ええ、事前に受け取っております。お心遣いに感謝いたします」


 蒼穹が頭を下げたまま返答した。


「白月様」


 私達のやり取りの区切りを待っていた瑛怜が進み出る。

 自分の体が少しだけ身構えたのがわかった。

 瑛怜はチラと目線を向けたが、気づかなかったかのように頭を下げる。


「京に軍を使わし、守ってくださったこと、感謝申し上げます」


 あの時とは違った恭しい態度だ。


「貴方達も、市井の者達の為に奔走してくれたと聞きました。ありがとう」


 私が言うと、瑛怜は顔を上げて私をじっと見つめる。


「……何か?」

「……いえ。京に二度しか来たことのない貴方が、京の者達にそのように心を寄せてくださるとは思わなかったので」


 瑛怜の言葉に、私は首を傾げる。


「有無を言わさず妖を食い散らかすような鬼が現れて暴れているのに、自分達と同じような者達を救いたいと思うことに何の不思議があるの?

 しかも、一人ではなく、共に戦ってくれる者達がいるのに」


 戦への恐怖はあるが、それを除けば自分としてはごく当たり前の感覚だったのだが、妖は違うのだろうか。瑛怜は目を僅かに見開いて、まじまじと私を見つめる。


 ……この人、一体何を考えているのかが分からないからこうやって探るように見られると怖いんだよね……


 ついっと視線を逸してカミちゃんに助けを求めると、カミちゃんは何も言わずにニコリと笑う。

 全然助けてくれそうにない。


 私が瑛怜に視線を戻すと、瑛怜は小さく息を吐きだして姿勢を正し、真剣な眼差しを私に向けた。


「微力ながら我らは貴方に御助力させていただきます。白月様」


 先程の間に一体何があったのかは分からないが、瑛怜は深々と頭を垂れる。それに合わせて、後ろに控えた検非違使達が一斉に、同じように頭を垂れた。



「それで、作戦は?」


 私が休んでいる間に色々状況を整えるために奔走してくれたと聞いた。


 幻妖宮の場合、空に結界があるため、当初の予定通り奇襲のような形で攻め入るのでもない限り、門を閉ざされ完全に引きこもられると、門を破る以外に方法がない。


 更に、門は一度に入れる人数に限りがあるため、待ち伏せされるとこちらが圧倒的に不利になる。


 妖には食事は不要なので、兵糧攻めも無意味だ。


 何か有効な策があるのだろうか。


「私の手の者は、宮中のあらゆる事象を掴むため、何処にでも間者を潜ませています。彼らに幻妖宮の結界を破壊させます。結界さえ壊せば、力技で制圧できるでしょう」

「でも、どうやって中と連絡を取るつもり?」


 私の言葉に、瑛怜はスッと地面を指差す。


「地中を通り抜けさせれば良いのです」

「地中?」

「地中を這う虫まで通せぬ門はありません」

「……もしや蚯蚓ですか?」


 蒼穹の予想に、人大の蚯蚓を想像してしまい、背筋がゾワッとする。


 瑛怜は明確には答えず、ただニコリと笑う。


「何時如何なる時も、状況に応じて情報を得にいかねばならぬ時があります。どのような者でも、使えるものは手元に置いておくべきです」


 言っていることは理解できるが、蚯蚓はちょっと生理的に受け付けない。今後接することがあるのなら、できるだけ人の姿で居てもらいたい。


「しかし、其方がこちら側についてくれて助かった。一体何を潜ませ、どのような情報を掴まれているかもわからぬ。それに、地中からとなれば、今後幻妖宮の守りも考えねば」


 カミちゃんは別の事に懸念を抱いているようだ。生理的に受け付けないとか、しょうもない事を考えて申し訳ない。


「ただ、あちらも愚かではありますが、馬鹿ではありません。結界の守りを固めている可能性もあります。その場合、こちらの手勢では手に負えません」


 瑛怜は歯に衣着せることもなく、眉根を寄せる。

 ……愚かって言ったね。この人。


「現在、あちらの状況を探らせていますが……」


と言ったところで、検非違使が一人、瑛怜の元に走りより、耳打ちをする。

 瑛怜はそれにわかりやすく顔をしかめた。


 皆の目が瑛怜に集まる。


「どうやら、厳重に結界石を守っており手出しができなさそうです」

「……やはりそうか」


 カミちゃんは残念そうに小さく息を吐く。


「お役に立てず申し訳ありません」

「いや。門をこじ開けて突破するしか方法はないと思っていたのだ。当初の予定に戻っただけだ」


 流石に、そんなに簡単には突破させてくれないよね……

 それにしても、結界石か……


 そう思ったところで、ふとある考えが一つ頭に浮かぶ。


「幻妖宮の結界って何で出来てるの?」

「基本は、複数名の気の力を結界石に込めて維持しています。白月様と違い陽の気を持たぬので、陰の気を凝縮するような形で結界を形作るのです」


 ふーん。気の力ね。


「ねえ蒼穹、ちょっとこっち来て」

「は?」

「良いから」


 私が手招きすると、一人だけ呼び出された蒼穹が、カミちゃんや瑛怜の視線に晒されながらおずおずと私の方にやって来る。


 カミちゃんも瑛怜も、不審な目を蒼穹にむけていて、かなり居心地が悪そうだが、仕方ない。

 知っている者にまずは話を通したい。


 私は蒼穹を連れたまま、皆からちょっと離れたところで声を潜めた。


「結界が気の力で出来てるなら、私、吸い取ることが出来るんじゃないかと思ったんだけど」

「は?」

「ほら、鬼界の入口を開けたことがあったでしょ? あの要領で」

「はぁ!?」

「ちょっと静かに!」


 シーっと指を口にかざすと、蒼穹が慌てたようにカミちゃんたちの方を見ながら自分の口を塞ぐ。


「いや、流石に、お止めになったほうが宜しいかと……あの時の璃耀の顔を見たでしょう」

「じゃあ、この手詰まりの状態で、蒼穹は他に何か妙案でもあるの?」

「いや……それは……ただ、万が一にも鬼界や人界への入口が開いたら……」

「そしたら、直ぐに閉じればいいよ」

「しかし……」


 いい考えだと思ったのに、蒼穹は全然賛同してくれない。


「蒼穹は一体何が不満なの?」

「不満というわけでは……」

「つまり、誰にもバレなきゃいいわけでしょう?璃耀も含めて」

「しかし、白月様お一人で行動させるというわけには……」

「あの時、見ていた者達がいるでしょう。一度も二度も変わんないよ。同じように口止めすればいいだけでしょ」

「……それはそうですが……」

「他に懸念は?」

「……」

「じゃ、決まりね! ぶっつけ本番で上手く結界を解けるかどうかわかんないから、状況を見て使いをだすね」


 私は、話が終わるとぱっと立ち上がる。


「え、あ、ちょっと! 白月様!」

「……何?」


 私が眉根を寄せて蒼穹を見ると、蒼穹はうっと小さく息を呑んだ。


「……いえ、何でもございません」



 皆の元に戻ると、カミちゃんがとてもキレイな笑みでこちらを見た。


「白月様、我らには教えてくださらないのですか?」


 私はそれと同じように、ニコリと笑みを浮かべる。


「知らなくても作戦は実行できるから問題ないよ」


 私が喋る気がないと見ると、カミちゃんはジロっと蒼穹を睨む。


 蒼穹はそれに顔を引き攣らせながら、宇柳の肩をぽんと叩いた。


「宇柳。悪いが、巻き込まれてくれ」


 その言葉に、宇柳は慄くように蒼穹の顔を見つめた。



 ひとまず、私は詳細は説明せずに、私が結界を何とかできる可能性があることだけをカミちゃん達に説明する。


「……方法は内緒ね。ただ、試した事がないから、上手く行きそうでもそうでなくても連絡する。ダメだったら、その場合は、カミちゃんが言ってたように、門を壊して中に入ろう」

「内緒の部分は教えてくださらないのですか?」

「うん。内緒だからね。出来たら凪を借りたいんだけど、いい?」

「何故凪は良くて私は駄目なのです」

「凪はもう知ってるからだけど」

「なら、私にも教えてください」

「ねえ、もう、カミちゃんしつこい!」


 私がたまらず声を上げると、カミちゃんの後ろから見かねたように暁が口を開く。


「内緒とはいえ、白月様と凪だけという訳には……」


 暁の言葉に大きく頷いて、カミちゃんはじっと私を見る。

 複数護衛が必要だったとして、何故自分が連れて行ってもらえると思うのだろう。


「凪、宇柳、桔梗、あと数名、蒼穹に選んでもらうから大丈夫」

「私も共に……」

「カミちゃんはここで蒼穹と軍の指揮」

「……承知しました」


 ……少しは不満顔を隠そうとしてもらえないだろうか。


「結界が解けたあとの動きは?」


 私が尋ねると、カミちゃんに代わって瑛怜が口を開く。


「蒼穹達が上空から総攻撃をかけるとともに、翠雨様が結界石へお連れします。結界石さえ押さえてしまえば、少なくとも結界の綻びを塞ぐことができます。その間、我らは京の警戒を続けます」

「宮中には、味方もいるでしょう? その人達は?」


 多分、まだ宮中にいるだろう桜凛が心配だ。椎だって、おそらく潜入したままだろう。


「叛意ありと疑わしい者達は、一角に集められているそうです。そちらも検非違使が逃しましょう」

「わかった。お願いします。それから、カミちゃん、椎については何かわかった?」


 私の問いに、瑛怜がカミちゃんにチラと視線を向けつつ眉を顰める。


「椎については信用なさらない方が宜しいかと。少し、不審な動きをしています」

「……不審って?」

「琥鳳や岳雷に近づくような動きがあります。」

「琥鳳っていうのは?」

「璃鳳殿の兄上です。」


 璃耀のお兄ちゃんか……


「……お兄ちゃんはあちら側なんだね?」

「もともと、琥鳳は璃鳳殿が優秀であるがために、弟に家督を奪われている状態だったのです。それが、璃鳳殿が先帝崩御の後、現帝に仕えることを放棄したため、琥鳳が現帝に取り立てられる形になりました。現帝でなければ出世できなかった男です」


 結構長く一緒に居るつもりだけど、璃耀は自分の事をあまり話さないので、知らないことがいっぱいある。

 本当の名前だったり、立場のことだったり、家族のことだったり。


 カミちゃんも璃耀も、実の兄弟と争うことをどう思っているんだろう。


 それに、椎だ。

 カミちゃんは自分のすぐ近くにいた腹心に裏切られた事になる。


 身内も腹心も敵となったら、一体誰を信じて先に進めばいいのか、疑心暗鬼になりそうだ。


「白月様の生存は、椎と凪には烏天狗に使わせるまで知らせて居ませんでした。

 常に璃耀と共にいた椎が、我らから離れた隙に裏切り行為を働いたとするならば、偵察と称して京に赴き、我らの動きが伝わったことで全てが一気に動き出したのだと説明がつきます」


 カミちゃんは悔しそうに唇を噛んだ。


「ここまで事が動いたら、あんまり気にしてても仕方ないし、椎のことは一旦忘れよう。一応、椎に注意してって、誰か狐の村にも伝えに行ってくれる?」


 私が言うと、蒼穹が直ぐに使いを手配してくれた。


「栃さん、烏天狗の皆さんは蒼穹に協力して総攻撃に加わってもらえますか?」

「承知しました」


 ひとまず、全体の流れは理解できた。


「じゃあ、結界を解けるか試しに行って来るね。一応総攻撃の準備はしておいて。

 上手くいってもいかなくても、ここに使いを出すから」


 私の言葉に、カミちゃんや蒼穹が頷く。


「宇柳、凪、結界に目立たず近づけるところに案内してくれる?」


 宇柳と凪は顔を見合わせたあと、気が進まなそうに返事をした。



 二人に案内された場所は、草木生い茂る一角だった。結界は意識すれば、薄いグレーの膜がかかっているのがわかる。

 言われないとわからないような薄さだ。


 その向こうには、等間隔で竹が地面に突き立てられていて、注連縄が渡されている場所が見える。


「……ここって……」

「死の泉の近くです。死の泉に近づきたい者など居ないので、ここが一番人目につきにくいのです。」


 宇柳の言葉に、なるほどと頷く。


 落ちれば死ぬような泉がある死刑執行場所になど、確かに誰も近づきたくないだろう。

 私にとっても、好んで近づきたい場所じゃない。


 私はすぅっと息を吸い込んで、ゆっくり吐き出した。


 それから、くるっと振り返り、共に来た者達をぐるりと見回す。


「さて。じゃあ、結界を解けるか試してみるけど、今から私がここですることは口外禁止ね。もし漏らしたら、ここにいる全員、蒼穹も巻き込んで、璃耀にスゴイ剣幕で怒られると思うから、そのつもりで」


 私が言うと、全員が顔を青ざめさせる。


 私はチクチクグチグチと説教する璃耀しか知らないが、皆はどれだけ璃耀を恐れているんだろうか……


 効果は絶大っぽいから、まあいいけど。


 私はもう一度結界に向き合う。

 あの時と同じ要領で、ただ、今回はしっかり吸い取ってしまいたいので、掃除機のようなイメージを持ってみよう。


 目を閉じて結界に手を触れると、ガラスを触れているような感触がある。

 ただ、結界は取り込めるというのは経験済みだ。手に触れた結界が掃除機にすわれていくようなイメージで掌に力を込める。


 頭に浮かぶ祝詞に言葉を這わせていくと、確かに自分の中に気が流れ込んでくるのがわかった。しかも、結構な勢いで。


 ……これ、このまま取り込み続けたら、風船みたいにどこかで限界が来たりしないだろうか……


 急に心配になり、結界から手をぱっと離す。


「……白月様?」


 凪の心配そうな声に、私はニコリと笑ってみせた。


「大丈夫。多分、結界は解けると思う。ただ……」

「ただ?」


 自分の掌を広げて気の状態を確認する。今のところは全然大丈夫そうだけど……


「込められてる気の力が結構膨大で、取り込み続けられるか心配で……」


 そもそも、ここで取り込む陰の気は、私には不要なものだ。一方で、気は空気中にも漂っていると聞いたことがある。


 固めてカチカチになった気の力が結界になっているのだとしたら、それを私が取り込んで、途中で空気中に霧散させていったら、風船みたいに破裂することはないだろう。


 ……ちょっと手間だけど、仕方ない。まずそうだと思ったら、一回捨てる作業をしよう。


「うん。大丈夫。ひとまず続けてみる」


 凪に答えてもう一度右手を結界に押し当てると、再び右手からすごい勢いで気が流れ込んでくる。


 ……さすがに限界値くらいわかるよね……? 自覚症状ないまま破裂したりしないよね……?


 不安になりながらも、体には特になんの異常もあらわれず、順調に吸い込んでいく。


 ただ、あるところまで来ると、急に私の周囲に、黒の光がポツポツと浮かび上がってきはじめた。

 いつも、結界の穴を塞ぐ時に出てくるあれだ。


 別に自分から意識して排出しているわけではない。


 一体どこから……?


と結界に触れたまま、体の周囲を見回すと、私の腰辺りから、次から次へと黒い光の粒が溢れ出て、周囲の空気に紛れて消えていくのがわかった。


 何だか意図せず漏れ出てくる感じが凄く恥ずかしい。


 何でそんなところから……と思ったところで、いつか見た自分の背にある刻印を思い出し、全身に悪寒が走った。


 今の今まで、すっかりそんな事忘れていた。


 よくわからないが、黒の光の粒はその刻印から出ているようだ。


 ……何だか思い出すと気持ちが悪くなる。


 気の調節をしてくれているならそれでいい。

 あんまり刻印のことは考えたくない。


 私はあの時と同じように頭の隅に無理矢理追いやって、目の前の結界に集中した。


 結界を形作る気を吸い込み続けると、触れているガラス板のような結界が次第に弱く脆くなっていくのが不思議とわかってくる。


 そして最後には薄い氷がパリンと割れるように、結界が消失した。


 私はハァと息を吐いてその場にしゃがみ込む。


「白月様!」


 凪がハッとしたように私にかけよる。


「大丈夫、疲れただけ。思ったより神経をつかってたみたい。宇柳、カミちゃんに使いを。」

「はい。」

「……もう気づいてるかもしれないけどね。」


 先程まで結界があった場所の向こうから、俄に騒ぎ声が響いてきていた。

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