第46話 救援の要請
私達は京へ向うことに決まった。出発は三日後。蒼穹達軍も一緒だ。
「鬼界の穴は閉じていただきましたし、争いになるならば、首領に兵を出してもらえるよう要請しましょうか?」
栃が私に問うと、カミちゃんがそれに頷く。
「烏天狗の援軍は心強いです。お願いしましょう」
「うん。じゃあ、お願いします。栃さん」
「承知しました」
私の言葉に、栃は一度頭を下げると、飛び立って行った。
「白月様、こちらの準備を整えている間に、念の為、京の動きを探らせましょう。翠雨様が離れている僅かな間に異変が無いとも限りません」
璃耀が言うと、椎がすっと進み出る。
「では、私が様子を見に行ってまいりましょう」
「カミちゃん、椎を借りてもいい?」
「ええ。京の偵察ならば、私の手の者が良いでしょう」
カミちゃんの了承が得られると、椎は大きな翼を広げて飛び立って行った。
そこから二日、カミちゃんからの情報を元に、軍議が行われた。
でも、私は基本お飾りだ。
幻妖宮と戦に詳しい者に全部任せて、自分の役割だけ確認する。
約束と言っても、凪に乗って先頭で幻妖宮の上空に飛来したあと、現帝を捕らえるまで後方に控えているだけだ。
もっと噛み砕いて言うと、安全なところに避難である。
自分だけ隠れているのがなんだか嫌で、せめて戦況の見えるところに居たかったのだが、変に戦場が見えてしまうと一人で飛び出しかねないと、その場にいる全員から反対された。
基本的には、蒼穹達軍が揺動。
私と共に飛来して、軍の正当性を示した上で、こちらに寝返る者はそのまま寝返らせ、敵対するものを宮中から引きずり出す。
宮中が手薄になるのを狙って、カミちゃん達が未だ帝の信用を得ている状態なので、宮中に侵入し、捕らえる作戦のようだ。
もし途中で気づかれたら、力押しで制圧するらしい。
烏天狗達には揺動に加わってもらうことになる。
被害が甚大にならないよう、上手くいくことを祈るしかない。
しかし二日後、状況は大きく一変した。
翌日の出発のために外に出て最終確認を行っていると、突然上空に、大きな鳶が飛来した。
「翠雨様!」
足に朝廷の使いの印をつけ、カミちゃんに叫ぶように呼びかけてこちらに下降してくる。
カミちゃんは側にいた私の目の前に袖をバサッと広げた後、そのまま覆い隠すように背後にグッっと押しこんだ。
「……このままゆっくり下がって、蝣仁の影に入ってください。姿を晦ますことができます」
カミちゃんは使者に視線を固定したまま、囁くようにそう言った。
言われたとおりに蝣仁の側まで下がると、ふっと自分の周りが、黒くて薄いベールのようなものに包まれた。向こう側は透けて見えている。
私が驚いていると、朝廷の使いはスッと地面に降り立ち、カミちゃんの前に跪いた。
「申し上げます。幻妖京に鬼が複数現れ、荒らし回っております。我らでは抑えきれません!直ぐに軍を率いてお戻りください!」
使いの必死な言葉に、心臓がドクンと脈打つ。
京には椎が向かったばかりだし、桜凛もいるはずだ。楠葉は今、何処にいるだろう?あの賑やかな京の街は、今どうなっているのだろう。近くにある狐の村は無事だろうか。
私が一歩踏み出そうとしたところで、蝣仁がピクリと反応した。
「抑えてください。まだ出てはなりません」
周囲には聞こえないような小声で窘められ、ピタッと足を止める。
皆が心配だ。
直ぐにでも様子を見に行きたいのに、この状況がもどかしい。
それに、近くに穴が空いているなら、急いで閉じなくては被害が拡大してしまう。
しかし、カミちゃんの次の言葉に、体が強張った。
「……其方、瑛怜の使いか?」
「はい」
……瑛怜。あの時の検非違使だ。私はぐっと拳を握り、奥歯を噛みしめる。
今は、怖がっている場合じゃない。
「何故、瑛怜からの使いなのだ。主上はどうしている」
「そ……それが、岳雷様に幻妖宮の守りを任せたまま出ていらっしゃらず……検非違使と警護に残された軍の一部で耐え忍んでいるのです。
ただ、数が多く、こちらが圧されている状況で……」
カミちゃんは怪訝な顔で、璃耀を振り返る。
「どう思う?」
「……以前仰っていた事が真実だとすれば、京を犠牲に鬼に渡りをつけようとした可能性はありませんか?
彼の方の野望からすれば、京の被害など些末なことでしょう。
ただ、彼の方の忠実な犬であった瑛怜が単独で京を守ろうとしていると言うのがどうにも……」
璃耀が眉を顰めると、使者は更に必死な形相になる。
「瑛怜様は、常にこの世と京の安定を心から望んでいらっしゃいます。今も最前線で指揮を取られているのです。どうか、加勢をお願いします!」
カミちゃんはさらに、考えを巡らせるように蝣仁と私の方に目を向ける
「椎が戻って来ぬのも気掛かりだ。そこまで大事になっていながら、報告に戻って来れぬ理由でもあったか」
もう一度、カミちゃんは使者に目を移す。
「瑛怜はいったい何を企んでいる」
「企んでなどいません!」
使者は叫ぶような声をだした。
それに璃耀が脅すような声音で問いかける。
「では使者殿。其方の知っていることをすべて話せ。瑛怜の動向も含めて、詳らかに説明せよ」
使者は一瞬口籠る。
しかし、意を決した様に口を開いた。
「瑛怜様は、すべてご存知でいらっしゃいます。軍に陽の気を持つお方が同行していらっしゃること。そのお方が軍の指揮権を握っていること。鬼どもと戦い、勝利をおさめていること。それから、璃耀様が仰った様に、主上が鬼と結託して京を襲わせていること。全てです」
使者の言葉に、周囲がざわめく。
「主上が瑛怜様に軍の動きを探るよう命じ、複数斥候を放っていましたが、瑛怜様は主上へのご報告を偽ってお伝えしていました。
それを証拠に、彼のお方がこちらにいらっしゃるにも関わらず、主上の手の者が現れることは無かったはずです」
確かに、この軍に来てすぐの頃に一人だけ栃に捕らえられたが、一人だけだったとは考えにくい。
ここまでのことを把握されておきながら、私達が鬼界の者に煩わされていただけだったのは、本当に瑛怜が情報を止めていたからなのかもしれない。
「瑛怜様は、鬼と通じてこの世を危機に陥れようとする主上を早々に見限り、あちら側に身を置きながら、密かに、陽の気を持つお方の助けになるよう立ち回って来られました。
主上の狙いを翠雨様に知らせるよう、わざと斥候に情報を漏らし、動向を監視しながら主上への報告を最小限にし、翠雨様や璃耀様が動きやすくなるよう調整されてきたのです」
璃耀は、使者の言葉に眉を顰め鋭い声を出す。
「蛍観の宴の日、我らを捕えたのは瑛怜ではないか。」
「あの状況下で主上の命には逆らえません。ただ、岳雷様ではなく瑛怜様が動くことで、救い出す道を探られようとされていました。
結局、翠雨様にすべてを託されることにされたようですが……」
私は、あの日に会っただけなので、瑛怜という人物が実際にはどのような者なのかは分からない。
こちらに裏で協力しようとしていたと言われても、俄には信じがたい。
皆も、不審な目で使者を見ているところをみると、恐らくさほど印象は違わないのだろう。
ただ、先程からの使者の必死な様子だけが気にかかる。
「これまで、あの方が表立って陽の気を持つお方に協力するような動き方をしてこなかったため、こちらの方々が、御自分を良く思って居ないだろうことも、協力を得ることが難しいことも承知の上で、瑛怜様は私を遣わしました。
ただ、それだけ事態が緊迫しているのです。
瑛怜様は、今も京を守り戦っていらっしゃいます。
どうか、お力をお貸しください」
使者は必死に頭を下げている。
信用出来る者からの使いでない以上、見切り発車で軍を動かすことは出来ない。
ただ、それでもこの使者は瑛怜の使いだと正直に明かした上で、助力を乞うている。
欺いて京に連れて行こうと思えば出来たはずだ。それをしないというのが、この使者の話に真実味を帯びさせている。
もし、使者の話が本当だとすれば、放っておいて良い事態ではない。
「あ! お待ちを!」
蝣仁が私を止めようと手をのばす。
でも、私はそれをすり抜けて黒の膜から進みでた。
どうせ、私がここにいることを知られているなら、隠れていたって無駄だ。
「蒼穹、誰か信用できる者、複数で様子を見にいかせて。椎のことも心配だし。」
私が蒼穹に指示を出すと、カミちゃんと璃耀は同時にこちらを向いて、溜め息をつく。
「申し訳ございません。翠雨様」
頭を下げる蝣仁に、カミちゃんは軽く首を振って見せた。
「良い、蝣仁。使者殿の訴えを聞いた時点で白月様が黙っていられるとは思わなかったからな。良く持ったほうだ」
……よく持ったほう……
「そうですね。想定以上です。ただ、次からは早急にこの場から引き離すくらいのことを考えたほうが良さそうですね。迂闊な事はしないと約束したハズなのにこれです。いつ飛び出して来るか気が気ではありませんから」
……うぅ……ぐうの音も出ない。
「ねえ。二人とも喧嘩ばっかりなのに、そういうどうでもいいところだけ意気投合するのやめてくれない?」
私が言うと、璃耀は出来の悪い子どもでも見るような顔をする。
「どうでもいいことではありませんよ」
「後先考えずに何にでも突っ込んでいく貴方に振り回された者にしか解らぬことです」
カミちゃんも、あの頃を思い出した様に苦笑を漏らした。
私は、上手く状況を飲み込めていなさそうな使者の前にしゃがみ込む。
「ひとまず、様子は見に行ってもらうけど、今の
状況を教えてもらえる? 使者さん。準備だけはしておこう」
使者は私を驚いたように見つめたあと、ガバッと深く頭を下げた。
「承知いたしました。ありがとうございます!」
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