第36話 烏天狗の遊戯大会
結局、手を抜いた一戦以外には私に勝てずじまいだった栃が、見張り交代で恨めしげに下っていくと、交代のお兄さんも程なくリバーシに夢中になった。この世界、よほど娯楽が少ないのだろうか。
栃の時と同様に、私の経験者優位は変わらず、子どもに負け続けのお兄さんは先攻後攻を代わりながら次々と勝負を挑んできた。
次の交代が来ると、次の見張りの時間に紙を持ってくるから同じものを作ってほしいと言われる始末だ。
それから、栃やその後のお兄さんから話が広がったのか、交代で来る者達が次々とリバーシの相手をしてくれるようになった。
ただ、夜間を除き、ずっとリバーシをすることになってしまい、私は完全に飽きてきてしまっている。
でも毎回、期待に満ちた顔で、「さあ、遊んでやるぞ」と言われると、やめましょうとは言えない。
早々に別の遊びを考えた方が良さそうだ、と思っているうちに、何故か交代で来る者達に加え、非番の者までやってくるようになった。
紙を持参して来るので、私はせっせとリバーシを量産し、その間に見張りの者たちが対戦を始め、私の手があくと再戦を挑まれる。それの繰り返しだ。
見張りの最中にこっそりやるならまだしも、こんな風に集まりだしたらさすがにマズイのではなかろうか。
しかもその中に、かなりの高頻度で作務衣姿の見覚えのあるおじさんが交じり始めた。もはや、見張りの者ですらない。
誰だっけ、と首を捻っていると、開け放たれた襖の向こうから、一人の男が焦ったような顔で、駆け寄ってきた。
「首領! 一人で勝手に出歩かれては困ります! それに、まだこなしていただかなくてはならない仕事が残っています!」
首領!?
何やってんの!?
見張り達の中に何食わぬ顔で混じっているから、全然思い至らなかった。
どおりで他の者たちが、チラチラと様子を伺っているわけだ。
「何を言っている。これも仕事だ。捕らえた怪しげな兎が、怪しげな遊びを兵の間に広げ始めたのだ。実際に足を運んで見極めが必要であろうが」
「そのようなこと、他にお任せください。それに、一度だけならまだしも何度も足を運ぶような事ではございません」
それはそうだ。
こちらから見ている限りでも、このおじさんは確実にサボりに来ている。
「堅いことを申すな。領地の流行りごとを首領が知らずにどうする。其方もやってみよ。なかなか面白いぞ」
ほらね。
「仕事を優先してください!」
この首領は、なかなかの自由人だ。従者が可哀想になってくる。
「あの、差し出口で恐縮ですが、お仕事に戻られた方が良いのでは……?」
「其方が広げ始めたことだろう。こちらの味方をせずにどうする。りばーしとやらを禁止するぞ」
首領の謎な脅しに、私は首を傾げる。
「はい……まあ、それならそれでも……私もそろそろ飽きてきましたし、駄目なら駄目で他の何かを考えますし……」
「なぬっ!? 他にも愉快な遊びがあると申すか。それは一体どのような……」
「首領! お控えください!」
従者は、もはや涙目だ。きっとこの自由人のせいで仕事が終わらないのだろう。
「分かったわかった。ならば、仕事にすればよいのだろう」
はい?
「この、りばーしとやら、相当頭を使う遊びだ。これで知略を競い、優秀者には相応の地位を用意しよう。これは立派な人事戦略であるぞ」
「そのような思いつきで事を起こすのはお止めください!」
……烏天狗の領地は、こんな首領で本当に大丈夫なのだろうか。本気で心配になる。あと、本格的に従者が可哀想だ。
「其方、名は何と申す。」
「……白月です。」
「よし、白月、競技会の運営に協力せよ」
「は? いや、私、質にとられているのでは……?」
「領地内に居るものを有効活用して何が悪い。どうせ暇なのであろう。協力するなら褒美をとらせるぞ」
……褒美か……
「何が良いかは準備をしながら考えておけば良い。どうする?」
その申し出はなかなか魅力的だ。
万が一、宇柳が泣き寝入りしなくてはならなくなった時の為に、保険として残しておけると良いかもしれない。
「わかりました、お手伝いします」
私が頷くと、首領は満足そうに笑った。
さて、大会をするにしても、リバーシの道具が足りない。今まで作ってきたものは、それぞれ個人の所有物になっているし、何人参加するかはわからないが、余裕を持って準備しておいたほうがいいだろう。
私が紙を用意してもらい、大会用のリバーシを量産しようとしたところで、首領が私の手元にあるリバーシを覗き込んだ。
「白月、これは紙ではない方が良いのではないか? 何度も触るから、駒がすぐに駄目になってしまうではないか。少しの風で飛んでいくし」
まあ、確かに紙の欠点ではある。簡単に作れる分、だいぶ脆いうえに、盤の上を駒が動いて崩れやすい。
「本来は紙ではなく、プラ……じゃなくて、木の板など、固いもので作りますからね。暇つぶしの使い捨てのつもりだったので紙で簡易的に作りましたが」
「なんだ。それならそうと早く言え。きちんとしたものを作らせよう」
なんと。ちゃんとしたものを作ってくれるらしい。それは有り難い。
「職人を呼んでやる。数はいくつ必要だ?」
「何人参加するかに寄ります。参加定員と大会の日付、申込み締切日を決めて周知して、締切日までに名乗り出るようにさせましょう。定員があるので、参加希望者多数の場合には、先着順です。首領の方で絶対に参加させたい者がいれば、事前に定員からその分の席数を除いて告知しましょう」
私はそう言いながら、紙を数枚もらう。
リバーシ大会開催!挑戦者求む!
と紙の上部に記載する。
「この場で決められる事は決めてしまいましょう。まず、大会日はいつにします?」
「三日後にしよう」
三日後!?
「……準備、間に合いますか?特にリバーシの盤と駒の……」
「複数の職人にやらせれば良い。」
さすが首領。権力を行使して強引に進めるつもりらしい。
「定員は何名にしますか?」
「30名もいれば良かろう」
「場所は?」
「ここでやれば良い」
ここで!?
確かに広い部屋ではあるが、30人も入ればギチギチになりそうだ。
「入りますかね……?」
「入らなければ順番にやらせれば良い。」
まあ、そうかもしれないが、別のもっと広い場所は無いのだろうか……
「受付はどうしますか? 参加者の管理をしなければなりません」
「それは其方がここですれば良かろう」
……完全に大会運営を私一人に丸投げする気だ……
その後も、細々したことを決めていき、告知事項は手元の紙にわかりやすく記していく。
このまま張り出し、ポスターにしてもらうのだ。
「其方、手際がよいな。やはり、嫁入りしてこぬか? 事務処理に重宝しそうだ」
大方のことが決まった頃、首領が感心したように言った。
「能力を買って頂いたのは大変うれしいのですが、そうならない為に、うちの梟が決死の覚悟で京まで行っていますからね」
「それは残念だが、決死の覚悟とはまた」
「怒ると何を言い出すか分からない者たちがいるのです……」
私は思い当たる二人を頭に浮かべて溜息をついた。
それから毎日、首領は私の部屋を訪れた。表向きは大会運営の確認だが、ほとんどの時間をリバーシについやしている。
従者はすでに諦めの境地だ。
私は大会準備におわれ、参加希望者の受付と取りまとめで大童になった。
いつの間にか烏天狗の領地ではリバーシが一大ブームになっていたようで、そこにさらに大会勝者には役が与えられるとあって希望者が殺到した。
翌日の夕方前には席が埋まり、そこから先はお断りをしなくてはならないほどだ。
時々、申込みに遅れた者が悪態をついてきたりしたが、頻繁に訪れる首領のおかげで大事にならずに済んだ。首領のサボりも役に立つものだ。
ただ、
「白月はリバーシが強い。大会の如何によっては其方の上役になるかもしれぬのだぞ。態度に気をつけろ」
などと出し抜けに言い出すのはやめてほしい。
それに、準備の途中で何度かこの領地へ嫁に来いと勧誘も受ける。
なし崩し的にこの領地に留まることになりそうな気配を感じとり、その度にお断りをしていたのだが、納得してくれた様子は終ぞ見られなかった。
そして、リバーシ大会当日はあっという間にやってきた。三日後なんかに設定したのだから当たり前だ。
当日、私の部屋には参加を望むたくさんの烏天狗がつめかけ、埋め尽くされていた。
部屋には木製のリバーシがしっかり並んでいる。
私は事前に設定しておいた対戦表に基づいて、そこへ参加者達を座らせていった。
今回の大会は勝ち抜き戦とした。30名いるので最初は15組だ。
当初、シード枠を二つ作ってくじ引きで決めようと思っていたのだが、当日になって首領も参加表明をし始めた。そのため、くじ引きを無くして首領一人をシードに据えた。
「これでは、私だけ一回少ないではないか」
負ければ一回少ないも何も無いのだが、勝ち抜くつもり満々の首領が不満をこぼした。
当日の忙しい時にいちいち相手などしていられないので、
「これは、強者だけが就ける特別枠ですよ」
とニコッと笑いかけると、満更でもなさそうな顔で納得した。チョロイものだ。
「白月は参加せぬのか?」
と言われたが、私は大会運営だけで精一杯だ。それに、万が一勝ち抜きでもしたら、そのまま役を与えられて本格的に嫁入り話が進行しそうだ。参加しないのが無難だろう。
対戦が始まると、私は対戦中の者たちの間を巡回していく。終わった組を把握して、対戦表に書き込んで行くためだ。
二回戦に上がる者が次々と決まっていく中、シードの首領との対戦がきまった者だけは、顔色が悪い。
こうなるから上位の者は参加しない方が良いのだが、首領がリバーシをやりたいが為に言い出した大会だ。致し方ない。運が悪かったと思って諦めてもらおう。
二回戦、三回戦と大会は順調に進んでいく。首領も順調そのものだ。
忖度なのか、実力なのか、相手が緊張で本来の力を発揮できないのかはわからない。ただ、どの対戦でも首領が圧勝だった事は間違いない。
もちろん、首領は弱いわけではない。暇さえあれば……というか暇なんてなくとも、従者を泣かせながらリバーシをしているほどだ。
しかし、全く相手に手応えがなかったことが気に入らなかったらしい。
準決勝で残りが首領を入れて4人になったところで、首領はついに怒りを爆発させた。
「どいつもこいつも手応えがないではないか! 勝者に相応の役を与えると言っておるのに、何故本気でかかって来ぬ! 知力も上にあがってやろうという野心もないのか! それで烏天狗の兵を語るなど片腹痛いわ!」
首領に負けた者達は、立場をなくしたように青ざめているし、それ以外の敗者達も体を小さくさせている。
しかし、それ以上に恐れ慄いたのは、これから対戦する予定の者だ。
これで本気で対戦せねばならなくなったし、無様な負け方をすれば、首領の逆鱗に触れることがほぼ確定した。
「では、準決勝を始めてください」
と呼びかけると、今までにないほど、ピンと張り詰めた空気が周囲を覆った。皆が固唾をのんで盤上を見つめる。
もちろん、首領がいる方の、だ。
もう一方の組は、可哀想なほど誰も見ていない。むしろ、対戦中にも関わらず、首領達の戦いの方が気になるようで、なかなか先に進まない。
「早く終わらせた方が良いんじゃないですか? 無様な戦い方をしたら叱られますよ」
とこっそり声をかけたら、慌てたように二人揃って目の前の盤に集中を初めた。
どちらの盤も白熱そのものだ。さすがここまで残ってきた者たちだけあって、実力も拮抗している。
二つの対戦が終了したのは、ほぼ同じ時間帯だった。
プハっと誰かが息継ぎをする。それだけ空気が張りつめていたということだ。
そして、盤上を見ると、どちらも僅差で決着していた。
首領は準決勝敗退。
勝者は心の底から安堵しているようだった。
圧勝でもなく、無様に負けたわけでもない、丁度いい塩梅だ。
「其方、なかなかやるな。私の負けだ。決勝で負けるでないぞ」
首領は、必死に力を尽くした対戦相手に激励を送る。好敵手に出会えて満足そうだ。
一方、対戦相手の方は死力を尽くしたかのようにヘトヘトだ。領地のトップとの真剣勝負だ。精神的な疲労は相当だったろう。
そうして迎えた決勝戦。
首領の激励を受けて負けるわけにはいかなくなった首領の対戦相手がそのまま勝利を得ることになった。
勝者には何か証があったほうが良いと、準備しておいてもらった表彰状を首領から授与してもらう。
すると、ただのリバーシ大会なのに、優勝者は涙ぐみながらそれを受け取った。
首領からのお褒めの書状は家宝にしても良いくらいに貴重なものなのだと、後で栃がこっそり教えてくれた。
ちなみにその栃は、三回戦で首領に当たって無様に負けて、他の者の対戦が終わるまでの間、首領にグチグチ説教されていたのだが、それは見なかった事にしておいてあげよう。
そして、大会優勝者に送られる役職はというと、娯楽大臣という謎の役どころだった。まるで宴会部長のような響きだが、概ね方向性は間違っていない。
つまり、こういう催しを率先して行って、兵の指揮を上げていくリーダーということらしい。もちろん、通常の職務と兼務だ。
先程まで、書状をもらって涙ぐんでいた優勝者は、顎が外れるくらいあんぐりと口を開いて固まってしまった。
皆も私も唖然として発表を聞いていたが、重要な役どころが与えられなくて良かったと、心の中ではほっとしていた。
リバーシ大会が烏天狗の領地に混乱を招くことにならずに本当に良かった。
表彰が終わって首領が私のそばまで戻ってくると、首領はさっと従者に手を差し出した。
従者が一枚の紙を首領に手渡すと、首領は私に呼びかけ、それを丁寧に差し出す。
何事かと思いながらそれを受け取り目を通すと、それは首領からの感謝の書状だった。
思いもしないサプライズに目を瞬く。
「其方のおかげで、思いの外楽しめた。感謝するぞ。白月。」
私が目を丸くしていると、首領はいたずらっぽくニっと笑いかけた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます